見出し画像

トーテムそれともアセンダント

「それは、完全にトーテム化されてるよ!」

いくらか楽しげに、私に向かってそう断言したのは、精神科医の友人です。

私たちは、“世の中にはなぜやたらと人から秘密を打ち明けられる人がいるのか”という話の流れで、お互いの体験談を披露しているところでした。

友人は、診察室で人からありとあらゆる秘密を打ち明けられます。
けれどそれはあくまで職業上の話であり、プライベートで誰かから打ち明け話をされることはほぼ無いそうです。

本人いわ
「人の話を聞くのが下手すぎるから」

それは水泳選手が「私は泳ぎが苦手なんです」と言うようなものではと思うものの、傾聴が苦手な精神科医は珍しくもない、それは診療とはまた別の問題なのだ、と説明されれば、そんなものかと納得するほかはありません。


一方の私は、かなり人から秘密を打ち明けられる率が高い気がします。

「今まで誰にも言ったことないんですけど」
「初めて人に話すんだけど」
「ちょっと変な話ですが」

こんな枕言葉から始まる誰かの内緒話を、これまで何度聞いたことか。


メコン川を下る船のデッキでは、同年代の女性から、結婚が決まった途端に別の男性が現れ、このまま式を挙げるか逃げるか迷っている、という難問を。

バイト先の飲食店のバックヤードでは、エリアマネージャーの男性から、ずっと弟がねたましくてたまらなかった、という告白を。

習い事の帰り道では、年下の男性から、母親ほどの既婚女性と深い仲になり進退極まっている、という悩みを。

最も変わった例は、特急電車で乗り合わせた見知らぬマダムと話し始め、10分後にはその人の健康状態、家族関係、全資産とおおよその住所まで把握していた、ということもあります。
 

皆、こうもあっさり自分の秘密を話して良いものか、もし私がそれを悪用したり、よそに喧伝けんでんするタイプだったらどうするのだろう、と少々心配になるほどです。


なぜ私がそんな打ち明け話の相手として選ばれやすいのか、考え得る二つの説があります。

一つめは〈アセンダント〉
私は〈アセンダント魚座〉だから。

これだけで破顔するなり深くうなずいてくださる方とは、ぜひ親しく星座談義をしたいところですが、何のことやらという方のために説明すると、これは占星術の話です。

普通「自分は射手座だ」などと言う時は、誕生日の日付だけで判定できる〈太陽星座〉を指しますが、出生時の詳細な情報さえあれば、全ての星座を記した、自分だけの天体地図ホロスコープを導き出せます。

アセンダントもそうして得られる情報であり、これはその人の本質と、人に与える印象とを司ります。
私はそのアセンダントが魚座にあり、特に珍しいこの組み合わせは、〈無意識、超越、秘密、夢、曖昧、境界線の消失〉などの象徴です。

これが当てはまるなら、相手がほとんど構えず私に秘密を話したくなるのも、不思議ではないような。


二つめの仮説は、読書のし過ぎ。
さすがに現実と創作の区別はついていますが、実は私の中でそれらは曖昧模糊とし、ほとんど優劣がありません。

人から何を打ち明けられても驚かないのは、物語の中で先天的アプリオリにあらゆる事象に触れているのと、この世界ではなんでもありだと信じているからです。


そのため、年下の男性との複雑な恋愛に悩む女性の話にコレットの『シェリ』を連想し、仕事先で保身のため無能なふりをしているという苦労話に幸田文の『流れる』を、親族間の金銭的ないざこざの不幸にバルザックの『ペール・ゴリオ』そのものだ、などと思います。

話を聞く間もまるで物語を読むような気分であり、反論や意見なども一切しません。

そのせいで
「人に話して、お説教も批判もされなかったのは初めて」
と、複雑な身の上の女性に感謝されたこともあります。


そんな話を聞いた友人の見立ては私とはまた異なり、やや興奮気味な「トーテム」発言となったわけです。

「何、トーテムって。心理学用語?」

尋ねると、友人は首を横に振ります。

「どっちかといえば民族学かな。トーテムって、あらゆる民族が持ってる依代よりしろのひとつでしょ?
人類はみんな、シンボル化されたトーテムや偶像に秘密を打ち明けてきたけど、普通の人間の中にも、そういうタイプの人が存在するんだよね。どこか現実感がないっていうか、透明で、自分のイメージを投影しやすくて、信頼できて。
めったにいないけど、あなたもその一人なんだと思う。容姿からして外国人っぽいし、ちょっと浮世離れしてるから」


そういう発想はなかった、と言うと友人は笑って私に尋ねます。

「話した後、ほとんどの人が自分で驚いてない?」
「うん、なんでこんなこと、とか、すみません、つい、とかいつも言われる」
「だろうねえ。無意識に触発されてるんだから」
「それ、やっぱりアセンダント魚座のせいもある?」

私が神秘主義者なのを知る友人は、あり得る、と笑い、結局のところ原因は不確かです。
けれど、これも個性のひとつであるなら、誰かから打ち明けられる秘密の話に、これからも淡々と耳を傾けたいと思います。

ちなみに、私は人に大きな秘密を話した経験が無く、そんな時の心情を知らないままです。
私の周りにもアセンダント魚座、あるいはトーテム的な誰かが現れてくれれば良いのですが。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?