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アストラル体と陛下と美術家

「北さんか…」
作家の森茉莉さんが、同じく作家の北杜夫さんをメディアで見かける度つぶやいてしまうという話を書いていましたが、私ならさしずめこんなところでしょうか。
「横尾さんか…」

横尾さんとはむろん現代美術家の横尾忠則さんのことであり、私がそうつぶやいたのは、数日前の夕方です。
テレビのニュースで園遊会の映像が流れ、そこに天皇皇后両陛下と、横尾さんご夫妻の姿が映し出されていたのです。
両陛下は迷い猫を育てていらしたそうで、猫たちの写真を手に、横尾夫妻と親しく歓談しているという場面でした。


以前の園遊会参加の折、横尾さんがその感想として、こんな一文を書いていたことを私は鮮烈におぼえています。
「両陛下の透明感はとても同じ人間とは思えぬほどで、お二人はアストラル体そのものだった」

魔術師エリファス・レヴィの唱えた説を基とし、人智学では"純粋なる感情体"としての"宇宙的エネルギー"を意味するアストラル体。
"星のような"星の世界"の意味も持つその言葉が、両陛下のお姿を拝見するたび脳裏に浮かびます。


私の友人の一人は、とある国の大使館が主催するコンサートにて、両陛下の表敬訪問に立ち会いました。
お二人がホールに見えた瞬間、一斉にその場が静まり返り、お身体の悪い方を除く全員が、示し合わせたように起立したそうです。
両陛下は口許に笑みをたたえて会釈をしつつ着席し、その一連の流れはまるで映画のようであったといいます。


もしも皇室の存在に異を唱える人物がいたとしても、あの場での両陛下のお姿と、そこにある表現し難いものに打たれ、すくんでしまったに違いない、と友人は断言します。
あのホールに満ち満ちていた空気感はとても言葉では伝えられない、とも複雑な表情で語るため、残念ながら私にはその様を想像するほかありません。


そして、横尾さんの"アストラル体"の一文について、世間では驚きを持って受け止められたようでした。
世の中での横尾さんのイメージはあくまで美術家であり『腰巻お仙』『』『Y字路』『タマ』などの作品群が有名だからでしょう。

ところが私は横尾さんのもうひとつの顔である神秘主義者としての活動にも惹かれているため、アストラル体発言について、ああ、いかにも横尾さんらしいとしか感じませんでした。


もう古い話になりますが、私は横尾さんのトークイベントに参加したことがあります。
それは宝塚歌劇団の公演との連動企画で、当時絶大な人気を誇ったタカラジェンヌと横尾さんの対談という会でした。

招待された百名ほどのお客の目当てはほとんどがタカラジェンヌであり、横尾さんのファンといえば、私ともう一人の青年だけだったと断言できます。
「めちゃくちゃ浮いてますよね、僕ら」
不安げにつぶやきながら、彼も周囲を取り囲む華やかな装いの女性たちを見渡していました。


私たちは元々の知り合いでもなく、入場待ちの列でたまさか前後になったという間柄です。
それでも、場の雰囲気にすっかり気圧されていた私たちは、お互いを同類だと即座に見抜き、どちらともなく話を始めていました。

彼は横尾さんの画集まで持参するほどのファンで、大型本のページを繰りつつ横尾作品を熱心に語る私たちに、華麗なマダムたちは胡乱うろんげな視線を向けていました。


ところが、彼が画家としての横尾さんの信奉者なら私は神秘家としての横尾さんのそれであり、そこに幾分のズレがあったことは否めません。
私が横尾さんのオカルト話をすると彼は目を丸くし、自分にはその類の話はよくわからないけれど面白い、とおそらく半分はサービス精神から口にしてくれました。

私は物事にのめり込む気質のため、ある芸術家の作品が好きになると、その人の人生や性格、交友関係などありとあらゆることを調べたくなります。
けれども、画集を携えて肩身の狭いトークショーにまで参加するにも関わらず、芸術家本人には一切の関心のない人がいるという発見は、感慨深いものでした。


横尾さんはつい最近も、朝日新聞掲載の〈語る─人生の贈りもの─〉という連続インタビューで、まるまる一話を使って不思議な体験に触れ、ホテルの部屋からUFOに攫われたこと、宇宙人とコンタクトを取ったこと、体内に監視装置を入れる是非を尋ねられたことなどを赤裸々に語っています。

「天下の朝日新聞、それも朝刊全国版で?保守派の読者はどう思うんだろう」
私からその話を聞いた友人は大笑いしていましたが、横尾さんがそれらの出来事を事実と語るならば、新聞社もそのまま掲載するだけであり、他に仕様もないでしょう。


両陛下をアストラル体と表現した横尾さんですが、狭いホールで二時間ばかり同じ空気を吸った私の目からすれば、ご本人もまた十分にその言葉が似つかわしいように思われます。

トークのお相手のタカラジェンヌも、さすが舞台人といった素晴らしい存在感をお持ちでしたが、横尾さんが放つとらえどころの無い空気感は他に類を見ないものでした。

私が直接お目にかかった有名な人の中では、そんな浮世離れした雰囲気を纏う人は岡本敏子さんと、ダンサーのウラジーミル・マラーホフさんだけです。


一心に何かに打ち込み、自らの魂を捧げるくらいの活動を行っていれば、そんな人は存在自体をアストラル体にもなぞらえられるような、不可思議な透明感を得るのかもしれません。

園遊会のニュースは週末にかけても流れそうで、私が「横尾さんか…」とつぶやく日々はもう少し続きそうです。




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