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書評:妻がマルチ商法にハマって家庭崩壊した僕の話。~マルチ商法とニセ医学とスピリチュアルと陰謀論と~

ズュータンさんが書籍を刊行されたとのことで、早速購入して読んだ。

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ズュータンさんはnoteでマルチ商法被害者の声を連載している。その中に「環境」被害者も含まれていたことから、筆者も勧誘を受けていた当時から記事を拝読していた。このようなテーマの内容が書籍化されるのは、実際に時間と大金を失ってしまった声を聞いている身からすると、大変に意義のあることだと思う。

・マインドコントロール手法を駆使し会員を染め上げるマルチ商法

本書は前半がズュータンさんの実体験、後半が被害者の体験を元にした記事となっている。

この、ズュータンさんの実体験が想像以上に凄惨なものであった。きっかけは何と民生委員。民生委員の女性と「白砂糖は麻薬である」「薬はリスクである」「農薬まみれの野菜を買ってはいけない」といった「自然派」な話題で意気投合したのをきっかけに、奥さんは疑似科学やニセ医学にハマってしまう。「経皮毒」や「布おむつ」といった、日頃疑似科学・トンデモ界隈をチェックしているとよく見る言葉も登場する。

この民生委員がマルチ商法の販売員であり、奥さんがX社の空気清浄機を借りてきたのをきっかけに、洗剤やサプリメント、鍋セットに浄水器と、家中がX社製品に埋め尽くされる。気づけば奥さんは消費者から販売員になりママ友を勧誘、しかし拒絶されて孤立していた。さらに頻繁に上位会員と連絡を取っており、明らかに根拠のない疑似科学への信仰もそこで増幅されていた。X社以外の人に「それはおかしいんじゃないですか」と言われても上位会員の前では褒められる上、「自分達だけは『真実』を知っている特別な人間である」と思えるからだ。この精神状態になってしまうと、外部からの批判は意味がないどころか逆効果になってしまう。ついには自己啓発セミナーまで受けさせられ、奥さんは別人になってしまった。限界に来ていたズュータンさんと口論になった結果、奥さんは娘を連れて家を飛び出し、マルチ商法の会員と共に暮らし始めた。ズュータンさんの家庭は崩壊した。

このように、「選民思想を植え付け批判を無効化する」「勧誘させ、周囲から孤立させる(否定されるのは織り込み済)」「会員と共同生活させて外部から生活を切り離す」のはマインドコントロールの典型的な手口である。さらにここでは、より直接的な手法である自己啓発セミナーまで利用されている。

自己啓発セミナーとは一定人数を密室に閉じ込め、非日常空間を演出した上で精神的な動揺を誘うワークを繰り返し行い人格改造を狙うものだ。精神的な負担が過剰なことと、会員に強引な勧誘を行わせていたことから80~90年代に社会問題になった。これがマルチ商法で利用されるのは不思議ではない。この形式のセミナー自体がもともとはマルチ商法向けだったためである。その歴史と系譜についてはこちらの動画で説明した。

こうしたズュータンさんの体験を読んでいき、想像以上に多く登場したのが自然派や疑似科学である。

・自然派志向とニセ医学で不安を植え付ける

本書では、疑似科学・ニセ医学言説がマルチ商法への入口となっており、「コーヒー浣腸」や「反ステロイド」、さらには世界的にも問題視されている「反ワクチン」といったトンデモが多く登場する。そして、これらの言説とマルチ商法が密接に繋がっているというのがズュータンさんの指摘である。

マルチ商法にハマることと、「トンデモ」を信じることは別ではないか、と思うかもしれない。しかし、このふたつは密接につながっているというのが僕の実感だ。― 第一章より

理由としてはマルチ商法ではサプリメントや空気清浄機、浄水器といった健康に関する商品が多く扱われることと、それらの価格設定がやや高いために納得させられるセールストークが求められることが挙げられている。

筆者もマルチ商法と自然派の相性の良さは感じており、ズュータンさんが挙げる理由にも納得する。その上で付け加えたい理由が、「マインドコントロールに便利だから」というものである。

・マルチ商法と自然派スピリチュアルと陰謀論の共通性

前述したように、マルチ商法は一般的にイメージが悪く、反対されることも多いため「このマルチ商法をやっている私達は数少ない『真実』を知っており外部者こそが間違っている」という価値観を植え付ける必要がある。こうすれば批判をされても「これだけの反対を受けても真実に向かって努力する自分」像を描かせることができ、反対意見をむしろ活動のエンジンにできるからである。

この時非常に便利なのがトンデモなのだ。例えば「野菜は無農薬に限る」「添加物は体に悪い」という言説は一般的に健康志向で「良いもの」というブランディングが長年されている。このため一見望ましい考え方に見えるが、一歩間違うと「コンビニ弁当を食べているような一般人とは違って『真実』に目覚めている自分」という優越感に目覚めかねない(ちなみに余談であるが筆者は工学系出身で、「工業製品は人類の英知であると考え、わざわざ人工甘味料を選んで摂取する」タイプであり、疑似科学やニセ医学を持ち出されると激怒してしまうためかマルチ商法の勧誘ターゲットから外れてしまった。それでも様々な声を聞いた今では、自分も一歩間違えば入会してしまいかねないと思っている)。

この優越感に目覚めてしまうと、科学的根拠は関係なく「特別なことを知っている自分」という感覚を求めるようになってしまう。この志向と健康不安が合体すると、反ワクチンまであと一歩である。

そして、この「世間一般では知られていない、特別なことを知っている自分」という快楽を追い求める姿勢は他の界隈でも見られる。陰謀論である。

ぶっ飛びすぎ!?スピリチュアル系コロナウイルス陰謀論。でも触れたが、特にQアノン系の陰謀論では宇宙人や闇の勢力といったスピリチュアル系の内容が多く見られるようになっており、スピリチュアルは癒やしを通じて自然派と相性が良い。さらに直接的なのが下記である。

毛皮とツノのトランプ支持者に、拘留所でオーガニック食品を提供へ「オーガニックでなければ体を壊す」

チャンスリー容疑者の母親マーサ・チャンスリー氏は「息子は1月8日以来、食事をしていません。彼はオーガニック食品を食べなければ、とても体調が悪くなってしまいます。文字通り体を壊してしまうのです」と説明している。

議会突入事件で何度となくその姿が取り上げられた"Qアノンシャーマン"が実はオーガニック信者であり、拘留所で食事を取っていないというのだ。

「ていねいな生活」をしていそうなオーガニックと、議会突入までやってしまうQアノンは一見対極の存在に見える。しかし、「大企業は体に悪い食品を生産して流通させており、私達は『正しい』オーガニック食品を食べなければいけない」というオーガニックの志向を考えれば、「大企業は闇の勢力に支配されており、一般市民を陥れようとしている」という陰謀論が、近いどころか背中合わせなのが分かって頂けるだろう。単に無農薬野菜が好きなだけであれば問題ないが、大企業批判を始めてしまうと陰謀論と一体になってしまうのだ。

筆者はよく陰謀論者のツイートを観察しているが(結局3月4日には世界緊急放送もなかったしトランプが大統領になることもなかったが、今度は3月14日に延期されたらしい)、「銀河連合」「光の勢力」などといったスピリチュアル色の強い人のホームページを見たところ、「遠隔ヒーリング」や「前世ヒーリング」を行っているスピリチュアルヒーラーの方であり、さらにアロマ系マルチ商法の販売員という例があった。当然ながら自然派であると推測され、そうなるとスピリチュアル・自然派・陰謀論・マルチ商法のフルセットになるが、この界隈を見ているとこういう人は珍しくはない。筆者のマルチ商法に関する連載初期に登場したマルチ商法販売員も、あの後見てみるとスピリチュアルカウンセラーになっており(マルチ商法も継続しているようだ)、さらには都知事選で「コロナはただの風邪」と訴えていた候補の手伝いに行った様子を、嬉しそうに投稿していた。

一見好ましく見える自然派志向はマルチ商法や陰謀論への入り口の一つになっており、マルチ商法・ニセ医学・陰謀論・スピリチュアルは繋がっている。指摘されることは少ないが、これについてもっと知られて良いのではないかと思う。



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