右手にスプーン、左手に文庫本。
「なんでバターチキンカレーなんですか?」
ブックカフェをオープンして2年目のこと、当店のメニューにバターチキンカレーが突如登場してから、お客さんからよく尋ねられるようになった。
珈琲を中心としたドリンクメニューとスイーツが2種類しかなかったオープン当初、周りの人の認識では“喫茶店”というイメージがあったと思うので、トーストやピラフ、カレーライスやナポリタンなど軽食も何種類かあると思われていたのだろう。
現に、年配のお客さんが来店すると同時に、メニューも見ずに入口付近で「アメリカン!」と言葉を発した。喫茶店にはアメリカンがあって当たり前だという認識があるのだ。
ちなみにオーブン当初はメニューにアメリカンはまだ無かった。。
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いざ来店してみると、ドリンクとスイーツしか無く驚かれた方もたくさんいた。若いお客さんはネットで情報を知っているのでそれを分かって来ていると思うけど、特に地元の年配の方たちは驚いていたと思う。
これだけのメニューでやっていけるのかと心配されたりもした。
もちろん僕自身もこんな田舎で珈琲とちょっとしたケーキだけでやっていけるかどうかは不安ではあったが、カフェの他に、本の販売と貸しギャラリーの運用もしているので、しばらくはその三本柱でなんとかやってみようと意気込んでいた。
しかし、本の売上げなんて微々たるもので、薄利多売の世界なので相当力を入れないと十分な収入を得るのは難しいし、ギャラリーもなかなか使ってくれる人が頻繁にいるわけではないので、貸しギャラリーの収入もあまり望めないともうすでに1年目で感じていた。
2年目に突入して、相変わらずお客さんから「何か他に食べる物ないか」、「食事をしたい」などと言われたいた。
よく聞く話だけど、周りの意見やリクエストを聞きすぎて、無理がたたって閉店を余儀なくされたお店があることを知っていたが、僕は実験が好きなので、作業も慣れてきたことだし、何かフードメニューやってみるかと決意したのです。ダメだったらフードメニューやめればいい。とにかくチャレンジしてみよう。
さて、フードメニューをするにも何を出すかが問題である。
ご飯物は出さないほうがいいと言った話も聞いたことがあるので、廃棄が出なさそうなパスタがいいかなと考えたが、このお店は一人でやっているのでパスタを作るのは時間がかかりすぎる。ただでさえ待たせてしまっているのに、これ以上お客さんを待たせてしまうのはちょっと心が痛む。
朝に仕込んでおけて、注文が入ったら温めてサーブするだけのカレーがいいと思った。これなら一人でもできる。カレーが嫌いな人は少ないだろうし、栄養満点だし。
よくよく考えてみたら、これまでに巡った小さなカフェではカレーのみのランチというお店がたくさんあることを思い出した。こういった小さなお店の皆行き着くところはやっぱりカレーなのだろうか。
***
東京の古本屋さんの街で有名な神保町では、実はカレーのお店も多く存在するとか。
そんな話をちらっと聞いたことがあったので、調べてみると確かに古本屋さんと並んでカレー屋さんもたくさん存在していた。
“右手にスプーン、左手に文庫本。”カレーを食べながら読書することを「神保町カレースタイル」と言うらしい。
古本の聖地、東京・神田神保町はカレーの聖地でもあり、食べながら読書するには片手で食べられるカレーが適していたことからこの言葉が誕生したといいます。
本を読みながら片手間に食べられるメニューとしてカレーが人気になったというのはあくまで説ですが、ブックカフェである僕のお店にはピッタリなメニューなのではというのもカレーを出そうと決めた理由でもあります。
サラダも付けようと思い、インドのサラダである「カチュンバーサラダ」をお皿に添えてみた。このサラダはタマネギ、人参、キュウリ、トマトなどをサイコロ状に小さく切ってあるのでスプーンですくうことができ、スプーン一本で食べきることができるのだ。
ご飯もちょっとオシャレに見えるように古代米を加えてみた。
種類が「バターチキンカレー」になったのは、妻の好みだ。
売れ残っても家の食卓に並ぶことになるから、好きなカレーが良いだろうとバターチキンカレーになった。
こうして今尚、毎日バターチキンカレーがメニューに存在する。
買い出しや仕込み作業が増えた分、仕事が大変にはなったが最近ではバターチキンカレーを求めて来てくれるお客さんも増えてきたので嬉しい限りだ。
まだまだ少ないが、必ずバターチキンカレーのセットを注文してくれる常連さんも存在している。
何度かカレーの種類を変えようかと考えたことがあったが、バターチキンカレーのファンができてしまった以上、しばらくはまだ続けて行きたいと思うようになった。
是非ともいろんな人達に、文庫本片手に(もちろん単行本の場合は重たいのでテーブルに置いてもらってもかまわないですよ)バターチキンカレーを食べて過ごしていただき、「神保町カレースタイル」ならぬ「野原カレースタイル」を体験していただきたいと思う。
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