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指導者の肖像を集めたユニークな自宅ミュージアムを訪ねた
「自宅ミュージアム」という言葉がある。自分の家で、自分が所有するコレクションを博物館のように展示してみんなに見てもらおうとというものだ。日本では、東京のあきる野市で、レコード、ビデオ、書籍などを制作する自主制作レーベル会社「さるすべり」を経営する中野純さんと大井夏代さんが提唱したことでその概念が知られるようになった。両氏は同市で、「少女まんが館」を運営している。
その「少女まんが館」の中野さんに鼓舞され、各国指導者の肖像コレクションを自宅マンションに展示したのが、映像作家のヒロケイ氏。東京・板橋にある自宅ミュージアムの名前は「ギャラリー・レーニン」。2014年から毎年11月にコレクションを一般公開する日を設定している。今年で6回を数え、来場者は年を追うごとに増え続けている。
中野純さん提唱の自宅ミュージアムを世に広めるためと、世界の国々やプロパガンダをちょっと変わった視点で見つめる”ゼロ”プロパガンダン展。今年は、記念すべき第5回です。トークは招待制ですが、展覧会は私と面識ない方でも無料でご覧になれます。興味ある方は是非!https://t.co/EP0E3WSAIN pic.twitter.com/MEH8HzMKeN
— Hiro Kay (@hirokay) November 19, 2018
私が初めておじゃましたのは2017年。今年は11月17日に行われ、これまで3回鑑賞したことになる。展示されているのは、ヒロさんが25年にわたり世界各地を旅行して集めたり、知人などから寄贈してもらった各国・組織の指導者の肖像画。2部屋の壁や棚などに、さまざまな人間の顔が並んでいる様子は壮観というほかない。
展示のタイトルは、「"ゼロ"プロパガンダン展」。ヒロさんによれば、指導者の肖像画を一堂に並べて展示することで、個々が持つプロパガンダ性を無化しようという狙いがあるという。無化しようとするから冠に"ゼロ"をつけているのだろう。
自宅なので、ヒロさんはこの部屋で寝起きしている。独裁者や暴君ともいわれた人物も多い無数の肖像画の視線を矢のように浴びて、果たして熟睡することができるのか、人ごとながら心配ではある。
フリーの映像作家ヒロケイ氏が25年かけ、現地で集めた世界各国指導者の肖像画の数々。都内の自宅マンションに開設した博物館。中に入ると無数の視線に取り囲まれた感じで妙に落ち着かない。その名も“ゼロ”プロパガンダン展。肖像画を集めることで、その政治宣伝効果を無化する試みだそう。 pic.twitter.com/Tc55bPmu87
— カフェバグダッド (@cafebaghdad) November 19, 2017
年に1度の展示日には、展示内容に沿ったトークイベントも開催している。トークの内容に応じて、毎年展示も変えるという。2017年のトークは、ヒロさんがその年の夏に訪れた、米ミネソタ州のモン族、ソマリ人コミュニティ、シカゴ周辺のセルビア人コミュニティ、デトロイトのイラクのキリスト教徒コミュニティなどの写真や映像を紹介するものだった。
ヒロさんはその後、そうした映像を編集して、Youtubeにアップしたりもしている。
もう2年もたってしまいましたが、デトロイトのアラブ人街を紹介しています。英語のみですが、興味ある方是非! https://t.co/gM6KoXz5qD @YouTubeさんから
— Hiro Kay (@hirokay) November 13, 2019
トークの後、ゲストを交え、ヒロさん手製のひよこ豆のペーストなどを肴にワインなどの酒を飲む懇親会が開かれる。ヒロさんは、旧ソ連諸国、東欧、中東などの「レア」な国・地域を多く旅行している。自然と「同好の士」が集まるようになり、彼らが、日本ではめったに手に入らない酒を手土産に持ってくる習わしが生まれた。ヒロさんらは、それを「珍酒」「珍酒会」と呼んでいる。最近では、展示もさることながら、ここでの珍酒テイスティングを楽しみにやってくる人も少なくない。
ロシアやシリアなど少数の国が承認するコーカサスの「未承認国家」アブハジアの赤ワインをいただく。すっきりした飲み口。香り高い。他にアフリカの島国カボベルデの赤、米テキサス州の赤、南米ペルーのブドウで作った蒸留酒ピスコ。"ゼロ"プロパガンダン展会場でスピンオフ開催された車座珍酒会で。 pic.twitter.com/8czy1pDXYF
— カフェバグダッド (@cafebaghdad) November 18, 2019
2018年11月の「"ゼロ"プロパガンダン展」トークショーのゲストは、「未承認国家」に関する著書がある廣瀬陽子・慶応大学教授。ヒロさんとのかけあいで、廣瀬教授が主な研究対象とする、ナゴルノ=カラバフ(アゼルバイジャンから独立宣言)をはじめ、アブハジア(ジョージアから独立宣言)、沿ドニエストル共和国(現モルドバから独立宣言)などの未承認国家の状況・事情について、写真スライドとともに解説した。
この回には、トランプ米大統領の全身をかたどった「ピニャータ」を割る、という余興もあった。ピニャータは、メキシコなどの祭りの余興に使われる、日本のくす玉のようなもの。中にはアメやお菓子が入っているものだ。
そして今年のゲストは、ジャーナリストの安田純平さん。安田さんは、ルポルタージュ執筆のため、内戦下のイラク南部のイラク軍施設の調理人として働いた「出稼ぎ」体験や、イラク南部のメソポタミア湿原を訪れた時のエピソードを映像や写真を交えて語った。
晩秋の風物詩、ゼロプロパガンダン展。今年のゲストは安田純平氏。主宰者ヒロケイ氏が構築した摩訶不思議な自宅ミュージアムを会場に、安田氏が、イラク内戦下での出稼ぎ体験や、メソポタミア湿原取材のエピソードを語った。トーク後は、アブハジアやカボベルデなどの珍酒ワインで大宴会。 pic.twitter.com/V5WpYoeXLy
— カフェバグダッド (@cafebaghdad) November 17, 2019
安田さんの話の中で、外国からイラクに入ってくる肉とイラク産肉の違いの話が特に興味深かった。ついこの間のことなので、少し詳しく説明する。
外国肉は血の量がすごく、切って少し置いただけで、血がしたたって来る。一方イラクの肉は、イスラムの流儀にのっとり、血抜きをしっかりとしているので、まったく血がでないのだという。安田さんがイラク出稼ぎ体験をまとめた著書「ルポ 戦場出稼ぎ労働者」に、イラク人スタッフたちは「輸入肉を総じて『米国肉』と呼んでいた」とある。
イスラムの流儀にのっとった屠畜がなされておらず、血抜きが十分にされていない「米国肉」にイラク人たちが嫌悪感を抱く状況について、安田さんは、宗教の違いを超えた価値観の違いの表出だと指摘した。以下、著書から引用する。
「彼ら(イラク人)にとって、『米国』とは価値観の違うものの象徴である。イラク戦争は、これを支える仕組みと精神において、グローバル化社会と地域社会との戦いであるとも言える。米国が受けている抵抗とは、人間のあり方という根本的な部分における異質な価値観によるものなのではないだろうか。イラクの肉のこの忘れられないほどのうまさから、その力強さを感じさせられた気がした」
米国肉を食べる人々とイラクの肉を食べる人々は、単なる食習慣の違いにとどまらず、もっと大きな視座での「価値観」を異にするのでは、というのが安田さんの見方だ。イラクやシリアの紛争についても「国と国の戦いというより、世界中から集まった人々が、それぞれの価値観に分かれて戦っているようだった」と感想を語っていたのが印象的だった。
とにかく、今年の盛況ぶりはすごかった。ギャラリー内の着席できるスペースはさほど広くはないため、トークの定員は20人限定、しかも招待制だったが、フェイスブック上での予約申し込み受付開始から数時間でいっぱいになった。トーク後の懇親会ではさらに人が増え、ギャラリー内の移動に苦労するほどだった。
回を重ねるごとに、内容が充実していく。一言では言いにくいが、思索性と祝祭性を増しているということだろうか。ユニークな自宅ミュージアム、「"ゼロ"プロパガンダン展」は今後どうなっていくのか、目が離せそうにない。
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