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「国境の夜想曲」…中東の哀しみの歴史を静かに奏でるドキュメンタリー

中東には、常に太陽が照りつけ、乾いた灼熱の土地だというイメージがおそらくある。それも事実ではあるが、特に冬は、雨や雪が降り、どんよりとしたくもり空が続く地域もある。イラクの北部や、シリア、レバノンといった地域もそうだ。

イタリアのドキュメンタリー映画監督、ジャンフランコ・ロージ監督の最新作「国境の夜想曲」で映し出される中東も、そうした冬のうす暗い風景が基調となっている。中東を蹂躙したISが、イラクやシリアの拠点を次々と失い、衰退していったここ数年のイラク、シリア、レバノンの風景を、情感を込めた映像という形で表現していく。

ナレーションやテロップを使っていないため、ここがどこなのか、誰なのかが分かりにくい。だが、この作品は、そうした具体的な情報からいったん距離を置いて、映し出される風景や、人々の表情などから、「ポストIS」時代の中東の空気を感覚としてつかみとるためのものなのかも知れない。

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息子が拷問を受けて死亡した現場である牢獄の中に立ち、息子の「影」を感じながら、泣き崩れる母親。ISに拉致されて乱暴を受けた少女が、カウンセリングのために描いた絵には、戦闘員が首を切断するシーンがあった。

精神科病院の患者たちが、稽古を重ねる演劇作品は、中東で続くの戦乱を生き抜いてきた人々の哀しみが表現される。長い歴史の中で蓄積されてきた悲しみ、哀しみが、作品を貫いている。

エンドロールなどに流れる歌は、イブラヒム・トゥーカン作詞、ムハンマド・フリーフィル作曲の「我が祖国」。トゥーカンはパレスチナ人。1930年代に創作され、パレスチナ民族解放の象徴のように歌い継がれ、国を持たないパレスチナの「国歌」のような役割を果たした時期もあった。一方、サダム・フセイン政権崩壊後の2004年、新生イラクの国歌に採用された。

♬我が祖国よ、栄光と美しさ、崇高さと壮麗さ…生命と解放、歓喜と希望。
それがあなたの空にある…

この歌を作品に使った監督の意図はなんだったのだろうか。混迷を続けている中東で、懸命に生きている人々の姿や、変わらぬ美しい風景を映像として示すことで、未来に希望があるということを示したかったようにも思える。

作品は、2022年2月11日(金・祝)から、東京・渋谷の「Bunkamuraル・シネマ」、「ヒューマントラストシネマ有楽町」などで公開開始、その後、全国各地で順次上映される。

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