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岩手を「日本のクルディスタン」と呼びたい理由

中東あるいは中近東と呼ばれる地域で有数の山岳地帯であり、しかも豪雪地帯。トルコからイラン、シリア、イラクなどにまたがるクルディスタンと、日本の岩手県には、何か相通ずるものが感じられて仕方がない。

昨年秋に岩手に暮らし始め、夕暮れに河原を散歩していた時。ひんやりと澄んだ空気に、イラク最北の地・ドホークの空気を連想した。遠くにみえた奥羽山脈や北上山地の山々も、ドホークの平原から見るクルドの山々を思わせた。気候、景観といった自然条件だけでなく、歴史や文化でも結構、共通点があるのではとも思ったりもする。その辺については、今後、少しづつ掘り下げて行きたいと思っているが、まず今回は、「食」で岩手とクルディスタンが通じるところを探ってみたい。

もちろん、日本とクルディスタンの食文化には、相当の違いがある。海から遠い山岳地帯に位置するクルディスタンでは、海産物が食卓に並ぶことは、冷凍食品をのぞけばまずないだろう。

ただ、「岩手とクルディスタン」ということでいうと、山の幸が豊富という共通点が浮かんでくる。残念ながら私は味わった記憶はないのだが、クルディスタンでもキノコや山菜が食材として使われている。もちろん、キノコや山菜は、岩手の食文化の中核をなすといっていい素材だ。

さらに、クルディスタンで欠かすことができない食材、羊肉にも、岩手との接点が浮かびあがる。以前、岩手でかつて盛んだった羊の飼育が復活しつつある、という話を書いた。

耕作されなくなった田んぼの荒廃を避けるために羊を放牧する農家が増えてきて、その羊から刈った羊毛や、羊肉を岩手の特産品として広めようという動きが出ている。

羊毛については、岩手県産で作った毛糸などが作られ始めている。岩手県と、「岩手めん羊研究会」、「まちの編集室」の3者で取り組む「いわて羊を未来に生かす-アイウールプロジェクト-」は、2020年度のグッドデザイン賞を受賞した。羊毛はクルディスタンでも衣服やラグなどの材料に使われる生活になくてはならないものだ。

少し脱線してしまった、本題の羊肉のほうに戻ろう。岩手県奥州市や一関市に、食肉出荷の拡大に取り組む組織があり、首都県や岩手県内のレストランなどに販売され始めている。ただ、流通量はまだ少なく、値段もかなり高価。目をこらして見つけて、かなり思い切らないと食べる機会を持てないのが現状だ。

とはいえ、せっかく岩手に住んでいるのだから、食べずにいるのはもったいない、と意を決して、岩手県産羊肉を食べてみることにした。

おじゃましたのは、北上市にある「ときよじせつONODERA」という店。岩手の四季折々の旬の素材を使った洋風料理をカウンターで食べられる店だ。

岩手県奥州市江刺梁川で飼育された子羊の肉を仕入れているという。ちょうど、岩手県当局が企画した「旬彩ごほうびフェア」という地元料理店利用拡大キャンペーンが開催中だったので、そのメニューの「岩手県南の季節の食材をふんだんに使った10皿のコース」というのを頼んでみることにした。

コース全体で見れば、クルディスタンの食文化とは重なるとはいえないが、羊料理だけでなく、海の幸料理も含めトータルでどんな料理が出てきたか、せっかくなので紹介してみたい。

前菜。フルーツをふんだんに使ったサラダ。イチジク、柿、シャインマスカットに生ハム。果物は確認はしなかったが、すべて岩手のものではないかと思う。柿は、秋には中東でもよく見かけた。ブドウ、イチジクは中東でもっとも一般的な果物といっていいかも知れない。

魚料理1。三陸・釜石産の「泳ぐホタテ」の刺身に海水のジュレが添えられている。かなり身が締まっている。

魚料理2。ウニ入りバーニャカウダソースの上にマダイの刺身がのせられ、上からすりおろしたカラスミがかかっている。ウニとカラスミの濃厚さと鯛の淡泊な味わいがからみあう。こんな食べ方もあるんだな、という感心した。

サンドイッチ。フォアグラ、渋皮栗の甘煮、ハンガリー産スイートトリュフをすり下ろしたものを、トーストした竹炭入り食パンをはさんだもの。スイートトリュフは確かに甘いが、あのトリュフの香りはしっかりと漂っている。

肉料理は4皿も出た。まず、今年は大豊作だというマツタケを南部鉄瓶蒸しにし、花巻市特産のキジ科の「ほろほろ鳥」のグリルと盛りつけ、オカヒジキをかけたもの。マツタケは岩泉町産だという。

北海道のヒグマのタタキ風。料理が先行していた隣のお客さんに「牛タン」とだといって出されていたが、小野寺シェフがひと切れ味見して、「あれ、これクマだ」と認めた。確かに、コリコリして牛タンを思わせる食感ではあった。黒ニンニクとベーコンを炒めて作った細かいそぼろのようなものをつけて食べた。なんとも表現しにくい味。

岩手短角和牛のステーキに「コウタケ」というキノコを合わせたもの。そのコウタケを使ったリゾットも添えられている。

そして、羊。奥州市江刺梁川地区産の子羊肉のグリルにナラタケというキノコがそえられていた。肉は北上市口内地区で栽培されている九条ネギを焼いたものの上に乗っていた。ちなみに、出された料理の順番で言うとこの羊は、ほろほろ鳥の後でヒグマ肉の前だった。

中東には羊を使った料理がいろいろあるが、印象に残っているのは、ミンチ肉を棒状にして焼いたケバブ、あばら肉をヨーグルトやニンニクのつけだれに漬けて焼いたシシリク、ゆでたスネ肉にトマトベースのソースをかけ、ご飯を添えたクージーあたりだ。

【ケバブ】

【シシリク】

【クージー】

そうした中東の豪快な羊料理と比べると、岩手県産羊は「繊細」ともいえる味わいといえるものだった。写真を見てもらえれば、よく分かると思う。肉の肌のキメがとても細かく、さらに言うと、いわゆる「乳くささ」ともいわれる羊の風味も中東で食べたものに比べると、マイルド。日本でよくジンギスタンにして食べられているニュージーランド産ラム肉に比べても繊細でマイルドといっていい。正直に言って、好みは分かれるのかも知れない。

いずれにしても、こうした肉質の違いは、どうして生まれるのか、ちょっと気になるところではある。念願かなって、日本の、しかも岩手の羊肉を味わい、その違いを確認したことは、クルディスタン、岩手、それぞれの食文化を考える上でも有意義だったと思っている。類似点と相違点、それを観察することが新たな発見につながるかも知れない。

それにしても「ときよじせつ」で食べた料理には、羊以外でも、野生キノコ、シンプルに焼いたネギといった野菜など、クルディスタンの野趣あふれる食と共通するものがあった。岩手を「日本のクルディスタン」と呼ぶことに、食文化というジャンルだけを取り上げても、そう違和感はない。それが今回の岩手の羊肉体験で得た結論だった。

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