ゾンビと美の世界


何年か前にジョージ・A・ロメロ監督のホラー映画「ランド・オブ・ザ・デッド」を観た。
普段ホラー映画は避けているのだけれど、偶然見つけたブログで作中のとあるシーンが紹介されていて、なんとなくそこから興味を持って深夜にひとりで鑑賞することにした。

ゾンビ映画なので、一貫してショッキングな映像が続く。B級映画によくある良い意味の滑稽さもあまり感じない。でもホラーと言ってもライトなほうではあるし、所々で切ない気持ちにもさせられるいい映画だった。ただ、私は個人的に好きな作品ではあるけど、ゾンビ好きの人以外にはお勧めしないかな。

ブログで紹介されていたのは作中で花火が打ち上げられるシーンだった。元記事のURLをなくしてしまったのでそこに書かれていた詳しい感想はほとんど忘れてしまった。でもやっぱり私も同じシーンで心が何かにくっと引っかかる感じがした。

私はゾンビの生態には詳しくないけれど、たぶんどの映画でもゾンビは往々にして人間よりも遥かに知能が劣る存在として描かれている。(ちがったらごめんなさい)

この「ランド・オブ・ザ・デッド」に登場するゾンビたちも、一見するとウーウーと唸りながら無目的に歩いて、ただ食欲や外部からの刺激に応じて反射的に動いているだけに見える。でも彼らは花火に惹きつけられたり、他のゾンビがひどい目にあっていると怒りや哀しみで咆哮したりと、やたら人間らしい一面もあって、見ていてとても不思議な存在なんだよね。


冒頭で人間がゾンビの気を逸らすために夜空に花火を打ち上げると、ゾンビはふと動きを止めてうっとりとした表情で空を見上げ、その隙に人間がゾンビを殺戮していくという場面があった。それを見た時に、あーこれはちょっと悲しくなる映画かもしれないなと思った。


それはただ花火の光に反応しているだけじゃないのかと言われたら、私はこれ以上語ることがなくなってしまう。だからその線は今は置いておくことにする。それに花火を見上げるゾンビの表情は、私にはやっぱりどこか恍惚としているように見える。

そして生きていた頃の習慣に無意識に従っているのか、演奏家らしきゾンビは楽器を演奏しようとチューバを吹き鳴らしたり(もちろん上手く吹けていない)、恋人同士だったと思われる男女のゾンビは手をつなぎながら歩いたりしていて、それを見た人間たちは「もう一度人間に戻ろうとしてる」「人間のふりをしている」と言葉を交わす。


この不思議な気持ちはなんだろう。


美しさや怒りや哀しみを感じる心があるのに、もう人間とは言えない。人間と言うより、どちらかというと心を持った獣に近いゾンビ。


それはどういう存在なのかと考えてみたとき、ゴジラやフランケンシュタインの怪物を思い出した。そして川上弘美の「光ってみえるもの、あれは」の中に、こんな台詞があったことも思い出した。

「ゴジラっていう存在の美しさ哀しさも、どうせあなたたちにはわからないんだろうし」

フランケンシュタインがつくった怪物も、自身の醜さや存在意義に悩み、「自分の伴侶としてもうひとり怪物を作ってほしい。それを叶えてくれたらもう人前には現れない」と博士に頼み込む。それは怪物にとって、儚く切ない心からの願いだったんだろうな。

「美女と野獣」「シュレック」「もののけ姫」など、怪物と言える生き物が出てくる作品はたくさんあって、私はそのどれもがとても好きだ。

先日見たピクサーの「ソウルフル・ワールド」にも、あるキャラクターが自己否定や恐れから怪物のようになってしまうシーンがあった。助けてくれようとする人たちに牙をむきながら、怯えた顔で逃げ惑うそのキャラクターの姿にずきずきと胸が痛んだ。


そうやって哀しみや怒りで破壊的になり、怪物に姿を変えてしまった存在たちには、たしかにある種の美しさがある。


美しさを感じたり、哀しみや怒りを抱く心を持っているということは、愛を知っているということと同じ。愛を知っているのにもう人間には戻れないゾンビも、怪物と呼ばれ恐れられる存在たちも、とても美しくて哀しい存在だと思う。

そういう存在たちが人間に憧れ、人間になりたいと望む作品も多い。それも愛や美を求め、断絶された神とのつながりのようなものを取り戻そうとしているということなのかもしれない。

生きた人間でもゾンビやゴジラや怪物、野獣、タタリ神、人間になりたがるホムンクルスのような存在になる人はたくさんいると思う。人間の世界に憧れて心から求めていながら、同時にその世界を憎んで恐れたりする。私もそんな頃があったような気がする。


彼らを救うのは自分自身か他者か、神か時間か、それはわからないけど、そういう存在を美の世界へとつなげているのは愛なんだという根拠のないこの持論を、私は自分のために忘れないでいたい。

というか、そもそもゾンビの世界と美の世界、どこが同じで、なにがちがうんだろう。


そういうことを考えていた数日だった。

映画はいいなあ。




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