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ライブゲーム 第1話「白昼夢」(修正版)後半

この記事は、週刊少年マガジン原作大賞で投稿した、https://note.com/ca110/n/nf4655ace1958を修正したものである。

前半

https://note.com/ca110/n/n95aaf310e365

本編

 飛んで行った自分の右脚がぼーっとぼやけた自分の視界に入ってくる。痛みは思った以上に小さい。痛覚は上手く抑えられているのかな。それよりも寒気がひどい。自分の腕の先に流れた血の感覚と色が想像以上に生々しくて、身体に力が入らなくなる。早く立って避けないと。残った左脚だけで立ち上がろうとしたが、バランスが取れない。両手を地面から離すことができない。地面すれすれを走る光線が迫ってくる。
 素早く首を振る。まだツナガリが弱いかもしれないが、誰かと目が合えば可能性はまだ残る。開けたところにいるが、地平線の彼方まで見渡しても、誰も見つけられない。ここまでなのか。三本の手足でもジャンプすることはできるが、アンバランスなジャンプをしても多分別の線に当たって終わる。せめて最後にお別れだけでも言えれば良かったのに。
 地平線の彼方よりかはかなり手前、1人の男の子がうずくまっているのが見えた。覚えがある。前回私が殺した子だ。試してみるには十分の関係性。でき得る限りの大声を出す。「こっちを見て」って言ってる余裕はない。ただ反射的にこちらを向いてくれればそれでいい。ほとんど叫び声のようなものを、遥か遠くに向かって飛ばす。
 首だけまわしてこちらを向いた、目が合った。

 飛んだ一瞬、痛みの制御も止血もままならなくなった。マグマに片足を突っ込んだような痛みが襲い掛かり、地面をのたうち回る。飛びそうになる意識をギリギリ引き戻して、痛みを抑えにかかる。まるで夢だったかのように痛みも血も止まっていく。
「何とかなった……」
 あともう少し遅かったら光線に触れて、今度こそ消えていただろう。私を繋げてくれた男の子の方を向く。驚いて目をまんまるにしている。何か喋ろうとしている。
「誰?どういうこと?」
 男の子は私に問いかける。そりゃあ答える余裕があるなら、質問に答えたいけど、また当たりそうな光線が迫ってきている。ちゃんと説明していられる時間はないと思う。心苦しいけど、必要なことをお願いするしかない。
「あの……、公衆電話に連れて行ってくれない?今、足が無くて」
 さっきまであったはずの右脚がないのを眺めながらお願いする。脚さえあれば、公衆電話まで行くのなんてへっちゃらなのに。
「大丈夫なの!?」
 男の子が慌てて両手をフラフラ動かす。
「大丈夫だから。とにかく私を公衆電話に連れて行って。お願い」
 強く言いすぎてしまっただろうか。でも色々説明している余裕が本当にない。男の子は心配そうというかかなりドン引きに近い顔で私の右脚を見ながら手を差し伸べてくれる。捕まって経つと肩を貸してくれる。
「いや…… あの」
「あの?」
「その……できればおんぶを」
 言ってしまってから、かなり子供っぽいお願いをしていることに気づく。顔から火が出そうになるが、でもしょうがないのだ。文字通り2人3脚してたら多分どこかで光に当たる。あぶってもらった方がどうにかなる気がする。
「できるだけ軽くなるから……」
 男の子はしゃがむと大きく背中を広げてくれた。ゆっくりとその背中に身体を預ける。
「もう立って大丈夫だよ」
「今、乗ってるの?」
「うん。だから大丈夫。急いで前に進んで。光線が当たる」
 男の子が慌ててひょいっと立ち上がる。思わずふわりと浮きそうになるがなんとか両手でがっちり男の子の首に巻き付いて耐える。そのまま歩き始めた
「光線は見える?」
「うん。全部見えてる。一回止まって」
 男の子がピタッと止まる。線が消えなくなってから15分以上経っている。多分この子もそろそろ限界だろう。なるべく負担にならないように指示を出さなきゃ。目の前を線が通過していく。
「大丈夫。動き出して。前に見える3本を連続でジャンプしながら避けて。公衆電話はどっちの方?」
「あっち」
 男の子は顎で公園の入り口の方を指したトイレの横にあるのが見える。うまく普通に走っていれば止まらずに公衆電話まで辿り着けるタイミングはないか測ってみる。多分そのまま進めばジャンプだけでたどり着ける。指示通り、軽やかにジャンプしながら、公衆電話の元へ突き進んでいく。あぁ、こういうときの男子ってやっぱり頼りになる。公衆電話に辿り着くと男の子はゆっくりと私を地面に降ろす。そのまま片方の肩を私に貸して立たせてくれた。ポケットに入れていた10円玉を取り出し投入口へ入れる。受話器を持ち上げ慎重にボタンを押す。多分間違っていないよねと不安になりつつもコール音に耳を集中させる。
「堀田だ。何かあったか」
 声が聞こえた瞬間泣きそうになる。だけど入れたのは10円。最低限のことしか伝えられない。
「朱莉です。もう無理そうです。今まで本当にありがとうございました」
 後半からほとんど涙声になっていて届いたか分からない。堀田さんからの返答が聞ける前に電話が切れた。さよならの挨拶ですら、まともにできないなんて。残された者の辛さは自分がよくわかっているのに。受話器を置いて、男の子の方を向く。
「ごめんね。ありがとう。もうここまでで大丈夫だから」
 無理に笑顔を浮かべる。もう泣いているのはごまかせないけど、せめてもの強がりで。
「これからどうするの?」
 その質問には答えられない。あの光にあたりに行くと言ったら、多分全力で止められてしまう。私にはこの子をもう一度殺すことはできない。だとしたら、この子は恐らく生き残ってしまう。手を引っ張って無理心中した方がいいのか。いや、そんなことはできない。だったらせめても自分が知っていることをできるだけ伝えるべきだろうか。
「そうだよね、これからどうするかなんて答えられないよね」
 この子にとってはそうだろう。たった今、目の前で何人もの人が消えていくのを見てしまったに違いない。とても辛くて先のことなんか考えられない、いま生き抜くので精一杯なのだろう。でも伝えるべきだろうか、本当に辛いのは今ではないことを。
 考えて、考えて、で伝えられる言葉がまるで思いつかなくて伝えるのを諦めてしまう。ここにいるのが私じゃなかったら、多分もっとうまく言葉にできたんだろう。この子のおかげで最後堀田さんと電話できたのに、私からこの子に対してしてあげられることがなにも思いつかない。
「ごめんね」
 気が付けば涙と共に言葉が零れ落ちていた。
 結局、1人責任から逃げるのが卑怯で。助けてくれた人に何も返せないのが情けなくて。結果的に生き残らせてしまって殺す判断も生かす判断もできないことが申し訳なくて。そして、ここでの記憶すべてを失うのが悲しくて。 
 何度もごめんねを繰り返す。男の子は慌てながら、いいよ、気にしてないよと繰り返してくれるが、私のごめんの本当の理由を知ったら絶対に許してはくれないだろう。そのとき私は無責任にも全くなにも知らずにのうのうと生きているのだろう。
 色々考えているうちに、一層涙が止まらなくなる。このまま消えてしまいたい。その願いを叶えるかのように、お迎えが迫ってくる。動かなければこのまま……
 目をつぶる。
「さよなら」
 そう言って、突き飛ばす。


「さよなら」
 そう言って、その子は僕のことを突き飛ばした。切り裂くように僕の目の前を黄色い線が通過していく。瞬く間もなく目の前からまた人が消えた。目の前で起きていたことが全て信じられなかった。突然同い年くらいの女の子が現れたと思ったら、片足がなく、しかも背負ってもまるで何もないかのように軽い。暑さによる幻覚のせいで幽霊でも見たのだろうか。でも幽霊が公衆電話をかけるのか。いや、公衆電話をかける幽霊のイメージはあるけど、あれは全部くらい山道とかだ。幽霊は真夏の公園で公衆電話で電話をかけて号泣したりなんかしない。
 それでも目の前で起きたことが信じられない。もっとずっと前、花岡が消えたときから、なんだかなかなか醒めない悪夢を見ているようだ。正直、黄色い光の線のことはどうでもよくなっていた。見て避けきれるものではないし、生き残っていても多分みんな消えてしまっている。頑張ってでも光線を避ける理由がどこにもない。さっきまで消えていた頭の痛みがまた戻ってきた。たまらずしゃがみ込む。地面からの照り返しが脳を突き刺すようだ。
 早く僕も消してくれ。しかし、いつまで経ってもその時が訪れない。意識が朦朧としてきたところで、音が耳に入ってきた。大きなチャイムの音。いつもより音が割れていて、少し低めの。なんで今鳴っているのだろうと疑問に思いながら意識が落ちていくのを感じた。


……て探してくるわ」
 気がつくと目の前に花岡がいた。何かしゃべり終わるとそのまま公園に向かい走っていった。しばらく呆気にとられる。なぜか公園の外に立っている。さっきまでトイレの近くで倒れたはずなのに。自分の身体を見つめる。多少の疲労感はあるが、頭痛は幻のように消えている。喉も乾いていない。
 はっとして後ろを振り向く。見渡しのいい直線道路。かろうじて見える遠くの電柱に、ぶつかったはずの車がない。自分の横をその事故を起こした車と同じような車が通り過ぎて行く。
 まさか……。考えがまとまる前に走り出していた。息が切れ、肺が裂けそうになるのを構わず、ただ家に向かって走った。決して短い距離ではない。でもただ無我夢中で走る。家のドアを開ける。涼しい風に包み込まれる。

「ただいま」

 いっぱい走ったせいか、倒れこみながら言葉を吐き出す。

「おかえり」

 いつもの声が聞こえた。泣き出しそうになりながら、リビングに駆けていく。オムライスが乗った皿を持った母が驚いた顔をしてそこにいた。

「どうしたの。そんなに慌てて」

 言葉が出てこなかった。ただ泣きながら駆け寄った。良かった。本当に良かった。誰も消えてなんかいなかったんだ。


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