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ライブゲーム 第1話(修正版)前半

この記事は、週刊少年マガジン原作大賞で投稿した、https://note.com/ca110/n/nf4655ace1958を修正したものである。

本編

 夢を見た。その世界は、不思議の国のアリス症候群にかかったかのように、普段小さいものが大きかったり、大きいものが小さかったり、とにかくめちゃくちゃな世界だった。そこで僕は大きなカブトムシに殺されそうになった。カブトムシは周りにいる人をいともたやすく薙ぎ払って殺しながら僕の方に向かってきた。逃げようにもなんだか地面がフラフープくらいの大きさの穴だらけの変な感じで、すぐにつまずいて穴の中に落ちてしまった。何か大きい音がカブトムシの方からして、振り返ると、さっきまでのカブトムシが消え、カブトムシがいたあたりに、同い年くらいの子が一人立っているのが見えた。くっきり見える距離のはずなのに、なぜかその顔を思い出すことはできない。その子は顔に生気がなく今にも死んでしまいそうだった。大丈夫?と声をかけると、その子はこちらに気づき、泣きそうな顔をしたように見えた。でもそれは一瞬のことで、瞬きもしないうちに、こちらまで近づいてくると、そのまま僕は上下に真っ二つにされてしまった。形容しきれない痛みと、薄れゆく意識の中で、なんで、なんで、と声にもならない叫びをあげながら、さらに真っ二つにされるところで目が覚めた。目覚まし時計を見ると、9/1 12:01と表示されていた。

第1話「9/8」

「また後でな」

 公園で朝から遊んでいた僕たちは、一回お昼ご飯のためにそれぞれの家に戻ることになった。家までの道のりが僕が一番長い。集合に遅れないように小走りで家に向かった。残暑が厳しい九月中旬の正午前、汗が身体のそこら中から噴き出てくる。公園から一つ目の交差点にある信号で捕まると、後ろから呼び止める声が聞こえた。公園のすぐそばに家がある花岡が追いかけてきていた。

「お前、俺のカギ知らねえ?」

 花岡は、焦ったように聞いてくる。

「知らないけど」

「おかしいな。公園に落としてきたのかな」

 12時のチャイムが鳴る。チャイムと言っても学校のチャイムではなく、市の放送を知らせるチャイムだ。いつもこの後には不審者がどうのこうのだの、振り込め詐欺に気をつけろだの、自分にとってあまり関係のない連絡が流れる。ただ、今日のチャイムはいつもと少し違う気がした。なんというか少し音割れているような、音が低いような。

「ちょっと俺公園に戻って探してくるわ」

 そう言ってこっちの返答も聞かずに走りだそうとした花岡の顔に妙なものが刺さっているのが見えた。

「花岡、それなんだよ?」

 僕が頬を指さしながら聞くと、花岡は自分の頬をこすった後、きょとんとした顔でこっちを見返す。何もないぞと言いたげに。でも確かに赤い線が花岡の右頬に刺さり、左の肩から伸びているように見える。狙撃手のレーザーライトみたいに。

「なんもないけ……

 花岡が僕に返答しようとしたとき、赤い線が黄色に変わった。そして……花岡が消えた。
 消えたとしか表現できない。さっきまで花岡がいた場所には黄色の線だけ残っている。そしてその線も、しばらくすると幻覚のように消えてしまった。
 呆然と立ち尽くしていると視界にまた赤い線が見えた。その線は近くの地面から伸びて真っすぐ自分の脇腹を貫いている。ゾクリと背中に冷たいものが走る。気が付くと自分は走り出していた。信号を見ている余裕はなかった。
 花岡はどうなったんだ。こういう時には交番とかに行った方がいいのか。訳も分からず、ぐるぐると考えだけが空回りしていく。自然と家へ足が向かう。とりあえず母さんに話して、どうすればいいか聞こう。混乱した頭で絞り出したのはそれだけだった。
 目の前、胸の高さくらいの位置に黄色い線があるのが見えた。ちょうど道路を横切っている。慌てて止まる。気づくのがあと少し遅れていたら……そう考えた瞬間急に足が震え出した。怯えのせいか急に止まったせいか、やけに心臓が激しく動いて息をするのも苦しい。線が消えるまでの時間が永遠にも感じられた。
 しかし、線が消えた瞬間、足は思うよりスムーズに前に出た。考えるより先に本能で動いているようなそんな感覚がする。二つ目の信号のない交差点を抜け、家まで四つある交差点のうち、三番目に辿り着いたとき、また、急に視界に赤い線が現れた。何本も。そのうち一本は、自分の腰あたりの高さで、道路を横に走っている。線に行く手を阻まれるような形で立ちすくむ。恐る恐る線を眺めでも本当にただの細い赤い線だ。糸っぽくはないし、やっぱり光線のように見える。だけど光線なら物は貫通しないはずで……ぐるぐる考えても何も分からない。
 線の色が黄色に変わる。車が一台、自分の横を通り過ぎていった。気づいて声を上げる間もなかった。車は線に当たったはずだが、消えずにそのまま走り抜けていく。その光景を眺めて僕は全身の力が抜けていくのを感じた。なーんだ。別にあの線に触ってもなんもないじゃん。そうなると花岡がいなくなったのだけが心配だ。まああいつなら、ドッキリでしたとか言いながらどっかから飛び出てきそうな気もするが。
 ドーンと鈍い衝撃音がした。驚いて音の方へ眼を向けると、先ほどの車が一個先の交差点を超えたあたりの道路わきの電柱に激突していた。
 線はもう消えている。車の方へ恐る恐る歩き出す。何が起こったのか。訳も分からず車へ近づいていく。中に人がいるようには見えない。車は消えずに中の人だけ消えたのか?
 もっとよく車内の様子を見ようと首を伸ばした瞬間、再び赤い線が目の前に現れる。真っすぐに、僕に向かって、僕を刺すように。
 ヒッ、っと情けない声を出し転がるように駆けだした。これ以上車の様子を確認する余裕はなかった。ただ一刻も早く家に帰りたかった。安全オニの安全地帯のように、そこに行けさえすれば助かると盲目的に信じていた。

 線が黄色になる前に家に滑り込む。冷房の効いた涼しい風に包み込まれる。

「ただいま」

 返事はない。いつも聞こえるはずの声が聞こえてこない。家の中そこかしこを走る赤い線だけがやけに視界に入ってくる。そしてそれらが一斉に黄色い線に変わる。
 線が消える。リビングまで駆ける。そこには誰もいない。ただ僕の大好物のオムライスが乗った皿が床に落ちて割れているのが見えた。
 なにが起きたのかを理解したくなかった。全身から力が抜け、、その場にへたりこむ。もうどうすればいいのだろう。母さんまでいなくなってしまったのか。赤い線が現れる。
 脱水症状になったのか、視界が白みはじめガンガンと叩くように頭が痛い。ふらふらとキッチンに行き置いてあった麦茶をがぶ飲みした。頭の痛みは全然取れず、その場に座り込む。ふと目の前に赤い線を見つけた。驚いて慌てて後ずさる。そのまま、線が黄色に変わるのを息をのんで見守るしかなかった。もうどうすればいいのだろう。また、同じことを自分に問いかける。
 命を守るための行動を。ふと、防災訓練で校長先生が言っていた言葉が頭に浮かんだ。
 この線の意味も分からない。誰に助けを求めればいいのかも分からない。ただ、生き残るための行動なら何となく分かる。あの線が黄色いときに触らなければいいだけだ。
 急いで周りをきょろきょろと見回す。室内だと狭くて、物も多くて線を見つけづらい。ここにいちゃだめだ。赤い線が現れる。どこに行けばいい。頭の中にふとさっきまでいた場所が思い浮かんだ。
 公園に戻ろう。あそこなら、グラウンドもあり見通しも良い。知っている人も何人かいるかもしれない。自分の周りに触れそうな線がないことを慎重に確認し、線が消えるのをじっと待つ。線が黄色に変わる。
 そして、線が消えたのを合図に、すぐさま走り出す。玄関を飛び出し、道路を駆けていく。外はまだ暑い。午前ずっと遊んでいたこともあってすぐに息が上がる。
 赤い線が現れる。目の前に何本も。慌てて自分の身体を確認すると、一本右太ももに刺さっている。右足の位置を少しながら、目の前の光景を眺める。おかしい。増えている。線の本数が。そう言えば最初に現れた時、花岡に刺さっていた一本しか視界に入っていなかった。
 どんどん線の数が増えているのだとしたら、いつか避けきれなくなってしまうんじゃ。と考えて首を振る。線が黄色に変わる。いつかのことなんて考えずに、一回一回避けることだけを考えればいい。線が消える。
 公園まであとちょっとのところで再び赤い線が現れた。家から出たのは正解だった。外の方が視界が広く赤い線がどこを通っているか分かりやすい。この光景に慣れ始めたのもあって、線が出現していても色が赤いうちは避けつつどんどん進んでいく。線が黄色に変わる。足を止めると一気に汗が噴き出てくる。公園の入り口は目の前だ。中から人が騒ぐ声がする。公園の中は今どんな状況なのだろう。足踏みをしながら線が消えるのを待つ。
 線が消える。公園の中に駆け込む。さっき遊んでいるときに見かけた人も何人かいる。一番見晴らしの良いグラウンド方面に走る。赤い線が現れる。そこら中から悲鳴のような声が上がる。グラウンドでは野球クラブの人間が数人いた。

「おい、三島、大丈夫か。」

 僕が声を掛けるより先に青柳が気づいて声を掛けてくる。線を念入りに避けつつ三島の元に寄る。
 
「僕は何とか。そっちは。」

 青柳が何かを言おうとした瞬間、線が黄色に変わる。お互いに息を呑みしばらく何も言えずに固まっていた。
 線が消えると、太い溜息と共に青柳が喋り始める。

「もう何人かいなくなっている。助けを呼びにいった奴もいたんだけど、何人も帰ってこれてないし、正直どうしたらいいか分からない。」

「とにかく下手に動かず、一回一回を乗り切ろう。」

 なんどか自分自身に言い聞かせてきたことを、もう一度自分にも言い聞かせるように、青柳に対して伝える。青柳は静かにうなずき、お互いの間に沈黙が流れる。次に来る線に備えるように集中力を高める。
 赤い線が現れる。自分の周りを確認しようとしたとき、右手前に縦に走っていた線が音もなく動き始めた。さっきより多くの悲鳴が聞こえる。青柳の顔が恐怖で固まっている。多分僕も似たような顔だ。人が走るより速い速度だ。こうしている間にも何本もの線が目の前を通過していく。自分の身体を1本2本と線が通過しているのを見てしまう。どうすればいい、という問いかけだけが頭の中をぐるぐるめぐり、考えがまとまらないまま赤い線が通り過ぎていくのを眺めることしかできない。

「誰かと互いに近寄ってきている線がないか確かめ合うんだ。一人で全方向見ることはできないから誰かと向かい合って声掛けをしよう」

 青柳はできるだけ多くの人に届くようそう叫ぶと、僕の方に向き直って、

「俺の分は頼む。二人で絶対に切り抜けるんだ」

 からからに乾いた喉でかすれながら、うんと返す。互いに見やすいように、青柳と少し距離を取る。青柳に向かう線はない。線が黄色に変わる。また悲鳴が聞こえた。青柳の方には危なそうな線はなく、このままいけば何とか切り抜けられそうだ。ほっと肩をなでおろそうとした瞬間

「三島、右後ろ!」

 突然、青柳が叫んだ。反射的に右を向く。何もない。

「そっちじゃない。反対だ!」

 振り返ると目の前に縦の線が迫っていた。線が目の前で消える。僕はバランスを崩し、地面に倒れこんでしまった。

「ごめん、大丈夫だったか」
 
 青柳はそう言いながら、真っ青な顔してこっちに駆け寄ってきた。僕の手を取り、立つのを助けてくれた後も、青柳はパニック気味だった。赤い線が現れる。

「大丈夫だ。次はそっちからみた左右で教えるから」

「自分で見た方からにしよう。聞いた方が逆を向けばいい」

「それだとさっきと同じことになる」

 無理だ。この状況で、とっさに相手から見た左右なんて言える自信は僕にもない。どうすればいい。赤い線が迫ってないか確認するように左右に視線を送ったときに、偶然ベースが目に入った。

「左右じゃなくて、一塁側、三塁側で言い合おう」

 僕の提案に青柳はちょっと驚いた後うなずいた。すぐに青柳の右後ろから線が迫っているのが見えた。

「一塁側後ろ」

 青柳は右後ろを振り返ると、少し右にずれた。その動きは落ち着きを取り戻しているように見えた。

「両方の後ろ!」

 青柳が慌てて叫ぶ。僕は振り返る。確かに斜めの二本の線が左右から迫ってきている。じゃあどっちに逃げれば。

「三塁側からも!」

 線が黄色に変わる。三塁側の線はほぼ横で胸くらいの高さ。少し前に進んで左右から来る線を避けた後、しゃがめば右側くる横向きの線も避けられると思う。前に進もうと顔をそちらに向けた瞬間、青柳の後ろから、低い位置でほぼ横の線が迫っているのが見えた。

「青柳、後ろ!」

 青柳は気づいて飛ぼうとする。僕は自分のことだけを考えた。しゃがんでちょっとまって、最後ジャンプでよけなければならない。しゃがむ。二つの線が左右前方に離れていくのが見えたあと、頭上を音もなく線が通り過ぎそして最後の線が目の前に迫る。ジャンプする。線が消える。一つ一つは大したことではないのにプレッシャーのせいで体力の消耗が激しい。喉の渇きも頭痛もひどくなってきた。あと何回こんなことを繰り返せばいいのか。
 考えるのは後だ。とにかく今は線を避け続ければいい。顔を上げた。
 青柳に向けて、励ますような言葉を掛けようとして口があいたまま固まる。
 目には風で舞った砂埃しか映らなかった。さっきまで僕と青柳の他に数人いたはずだが、周囲を見渡してももう誰もいない。
 赤い線が現れる。悲鳴一つ聞こえず、ただ炎天下の広いグラウンドの下、線が狂ったように交差していくのを、僕は黙って見ていることしかできなかった。

後編へ続く

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