【向上心】という呪いを【好奇心】で煽る

「向上心」という概念が、苦手である。
その言葉を聞くだけで、なぜか不安になる。

「そこは単なる通過点だ、もっと高みを目指せ。その程度で満足できるお前は、半端な未熟者だ。もっと上を見ろ。もっと、もっと、もっと…」

向上心という呪文を唱えられると、現状の自分を否定されているようで、身がすくんでしまう。皆の励みになる言葉は、私にとって呪いと同じ効果がある。

●向上心を疑う

「向上心」とは、何とポジティブで、耳触りの良いフレーズなのだろう。擬人化すれば、負けず嫌いの頑張り屋。ひたむきに前向きで、誰からも愛される(昭和の)少女漫画の主人公タイプだ。

しかし、実は私、(主人公タイプの)彼女が大の苦手だ。彼女の笑顔の裏に、巧妙に隠されたダークな何かを感じてしまう。

以下、向上心溢れる二人を例にして、私が感じる「向上心」の闇を説明したい。

一人目は、仕事熱心なシェフだ。
至高の美味しさを追究する。

二人目は、飽くなき美を求める美容家だ。
完璧な美を追求し、美容整形を繰り返す。

闇①健康被害

両者の原動力は、崇高な向上心である。
それは、止むことを知らない。
シェフは過労で、美容家は整形のし過ぎで、
いつか健康を害するのではないか。

闇②排他的で攻撃的

両者は、一切の妥協を許さない
譲れない価値基準を持つ者は、それ以外の価値基準を認め、理解することが困難になる。また、向上心の動機が劣等感にあった場合、必要以上に競合に拘る傾向がある。

闇③たどり着く先は、絶望

日々精進して登り詰めた矢先、老化による衰えが必ずやってくる。シェフは味覚や体力を、美容家は肌のハリを失う。最上のものをどんなに求めたとしても、追い続けることが絶対的に不可能になるのだ。それは、向上心を捨てられない者にとって、絶望以外の何物でもないだろう。

闇④搾取のほう助

両者は、現状に決して満足しない。満足とは自分の限界を意味するからだ。しかし、料理も美も、ある一定のレベルを超えれば、個人の好みに依る所が大きい。
にも関わらず、「際限なく上を目指せ」と向上心を推奨するのは、生産性や需要を自動的に生み出し、労働力を搾取しつつ、消費を枯渇させまい、とする経済側の欲望が優先されるからだ。労働市場において、向上心と搾取は共犯関係にある。

闇⑤厚かましい

えげつない向上心のある人間が、よく使う言葉がある。「自己実現」だ。それを聞いて、「社会貢献という体裁で、自己承認欲求や金銭欲を満たそうとしてるだけでは?」と感じたことはないだろうか。
向上心とは、個人が任意に求めるものであり、突き詰めれば「自己満足」だ。それを、誰にでも同等の(社会的な)価値があるものとして、無条件に評価を要求するのは、明らかに品がない。


●向上心を無心する

【向上心がある=普通】とする環境では、向上心の価値が下がる(普通のものを、誰が評価するだろうか)。だからといって、求められないわけではない。むしろ、常に求められる(普通のもの、だからだ)。なのに、評価はされず、当然、対価も支払われない(普通のものに、評価や対価は不要だ)。

つまり、向上心(努力)を、有るべき絶対的なもの(デフォルト)とした結果、本来は有償で高品質のものが、たたき売りされる状態になるのだ。

●向上心はヤバイ

モルヒネを安全に有効活用しようと試行錯誤を重ねた結果、ヘロインが生まれた。同様に、向上心を精製し純度を高めると、個人や労働者にとって、明らかに有害なものになる

それでも、弊害は無いものとして無心されるのは、(ヘロイン同様)他人に勧めるだけの人間にとって、向上心(の副産物)は堪らなく魅力的だからだ。

●向上心に用法容量を求める

毒にもクスリにもなる向上心を、勧められるだけ煽られるだけ、何の疑問を持たずに求め続けてはいけない。

第三者から向上心を求められた場合、細心の注意が必要だ。目標が明確に設定され、その達成には相応の対価が保証されているか、見極めなくてはならない。

それを有耶無耶にする会社は間違いなくブラックだ。また、向上心を手放しで称賛する奴は、無意識にやりがい搾取を正当化する、無自覚の詐欺師だ。

●好奇心を追い求める


え?   ホントに??
それ、ヤバくない?
すっごく恥ずかしいよ??

不安を煽る。羞恥心に訴える。合理的な必要性を説明せず、ただ個人の負の感情に訴えて、何かを勧める(正当化する)人間に辟易する。また、「向上心を煽る」すべての存在を毛嫌いする。努力を含むあらゆる動機とは、向上心ではなく、好奇心から生まれるべきである、と私は考えるからだ。


向上心ではなく、好奇心に突き動かされる人間は、きっと排他的ではなく協調的だ。

目標の達成や、理想の実現は、あくまで強力なモチベーションでしかなく、例え、努力が結果に結び付かなくとも、その過程の意義を存分に味わえるだろう。

また、他人と共に在ろうとする人間は、仮に、理想の道半ばでつまづいたとしても、自分が無し得なかったものを、積極的に誰かに託し、社会の発展に建設的に関与するはずだ。

そして、自己完結に無頓着なその姿勢は、最盛期と現在の自己ギャップに幻滅することなく、老いのソフトランディングを可能にするのではないだろうか。


●無敵の素敵な人

社会は、私たちに向上心を求める。
経済的成功をチラかせながら、
「もっと、もっと」と際限なく。

しかし、
人生を豊かにするのは、
「好奇心」だ。

圧倒的な「好奇心」を前にした時、
失敗も、挫折も、
敗北も、絶望も、諦観も、

何もかも、すべてが、
「好奇心」を煽るスパイスに変わる。

好奇心を煽られた人間は、
無敵だ。

ハコフグの帽子を被った方を見ていると、
なぜか、無性に、そう思う。


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