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マリリンと僕16 〜不穏な夢〜

東京に帰る電車内で、バタバタと過ぎて行く日々を振り返っていた。

劇団の公演後、芸名をもらった。打ち上げから帰宅して、実家に帰って新しい名前の報告をした。そしてさっきまで、マリリンとその母である城山真里亜と共に昼食をとり、ロールスロイスで実家に送ってもらった。

真里亜さんはデザイナーというよりモデルや女優のような美しさとオーラを持った人で、真里亜さんの母はマリリンとそっくりな人だった。そして、真里亜さんは何らか複雑な想いを母に抱いていた。もしかしたら、真里亜さんが時折マリリンにキツく当たるのは、そこに理由があるのかも知れない。考え過ぎだろうか。

僕の家は相変わらずの安アパートなのに、日常とは呼べないような日常が続いている。 

そして明日はオーディションだ。これまでにもオーディションは少なからず受けて来たが、大半は書類選考で落とされたし、書類が通ったとしても二次選考の実技や面接で落ちていた。前回出演したドラマもコネだったし、結局のところ実力でオーディションを通過したことは、ほとんどない。ちゃんと台詞の有る役柄となると、皆無だった。

それなのに、今回はいきなり最終選考なのだ。他にも数名の指定された候補者がいて、その中から主演が選ばれる。僕が急に成長したのか、それとも何か見えない力が働いているのか。僕自身にはよくわからない。わからないけれど、今は歩みを進めるしかないのだろう。そのことだけは、なんとなくわかっている。

そんなことをぼんやりと考えている間に、車窓から見える景色は、海と田畑や森林からビルや高層マンションに変わり、やがて夜のネオンに彩られた東京に着いた。

自宅に戻り、携帯を開くと着信の通知があった。表示されているのは「萱森さん」という名前だ。一瞬頭の中にクエスチョンマークが浮かんだが、間もなく担当マネージャーの名前であることを思い出した。留守電が入っているので聴いてみると「明日のオーディションの台本、データでお送りします。台詞を覚えてイメージ作っておいて下さい」そう吹き込まれていた。スケジュール管理がされていることを知り、初めて事務所に所属している自覚を持った。

台本を覚えるのは、僕の唯一の特技と言って良い。公文で鍛えた暗記力が役者の仕事に役立つとは思ってもみなかった。

少し悩んだが、小山さんに電話を掛けた。
「お、珍しいな。月野陽太くん」
自分の付けた芸名を、これ見よがしにフルネームで呼んだ。
「相談があるんですけど、今お時間大丈夫ですか」そう僕が聞くと「おぅ」と返事が返って来た。
「明日のオーディションって、台本通りにやるべきですか。アドリブ入れるべきですか」
通常のオーディションならアドリブは入れない方が良いが、普段とは少し違う。こういう時は、経験豊富な小山さんしか頼る相手が僕にはいなかった。
「んー、自分で考えろ」
何の答えも返って来なかった。
「自分で…、ですか」
「あぁ、最近お前さん、いろいろ上手く行き過ぎだろ。勿論月野陽太本人の力が有ってこそなのは間違いないよ。でもな、ちょっと周りの力が動き過ぎてる感は否めないよな」
勝手に事務所に所属させて、芸名まで付けておいてよく言うよなぁとは思ったが、その実言われた通りだと僕も思っている。マリリンとの出会いをきっかけに、実力とは関係無く物事が進んでいて、地に足が着いている気はしない。
「思うようにやってみて、失敗しても良いんじゃねぇか?前より間違いなく良い演技してるし、最終的には運だからよ」
結局また運か、と思う。だが、元々降って湧いたような飛び級のオーディションの話だ。小山さんの言う通り、失敗しても自分らしさを出してみることにしよう。そう僕は心に決めた。
「運って言うとどうにも聞こえは良くないけどな、成功してる人間は大体そう思ってるはずだぜ。但し、努力しない奴にはその運はいつまでも回っちゃ来ないんだ。覚えとけ」
小山さんが付け加えるように言った。僕は礼を伝え、電話を切った。

帰り掛けに買っておいたコンビニ弁当を食べ、シャワーを浴びた。その後、台詞を頭に入れてから演技のイメージを作る。安アパートで大声は出せないから、声は抑えめに、でも感情は出せるよう意識して練習をした。ある程度納得出来るイメージが作れたところで、寝ることにした。

その夜、僕はおかしな夢を見た。

マリリンとマリリンにそっくりな祖母の真里子が、舞台の上で漫才をしている。二人とも虎の顔を全面にあしらったデザインのワンピース。祖母のボケに、マリリンがツッコむ。そして客席には、マリリンの母である真里亜さんが、哀しげな表情で座っていた。その表情から真里亜さんの想いを読み解くことが僕には出来ず、その映像を遠くから傍観しているのだ。そして、汗だくの状態で目が覚めた。時計の針はまだ深夜3時を指していた。

オーディションの集合時間は午前11時だから、起きるにはさすがに早過ぎる。とは言え、そのまま寝るには心が落ち着かない。どう捉えて良いのかわからない、ふざけているようで、不穏な夢のせいだ。

汗をかいた体に水分を補給することと、心の乱れを整える為に、ウォッカトニックを作って飲んでからもう一度ベッドに潜り込んだ。そのまま僕は夢を見ることも無く、深い眠りに落ち、朝を迎えるのだった。

つづく

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