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真野さんと吉田くん 2話 七夕の話。【企画参加ショートショート】

このお話の続きです。

「あそこの本屋って、毎年七夕の時期に大きな笹を飾ってんだよな」
真野さんが言った。
「あっ、知ってます。良いですよね、子どもたちの短冊、楽しくて」
僕が言った。

同じ会社の三年先輩である真野さんは、どちらかというと事務職より、スナックが似合いそうな雰囲気の大人の女性。そんな真野さんから七夕の話が出たことが、僕はそれだけでなんだか嬉しかった。 

「吉田さぁ、『あそこの笹に短冊吊るすと願い叶うらしいよ』って、藤田さんが言ってたんだ。今度何か書こうかな」
藤田さんは、同じ部署で働く主婦のパートさんだ。
「良いじゃないですか。何書くんですか?」
「うーん、字ぃ上手くなりたいな。部長にイジられるの、ちょームカつくから」
仕事はテキパキこなす真野さんだが、確かに子どもみたいな字を書く。僕はそれも味があって良いなぁと思うのだけど。
「書道塾通ってみたらどうですか?あっ、今は通信教育も有りますよね」
「嫌だー。勉強嫌だー。努力きらーい。だからさ、七夕にあやかるんじゃん」
真野さんらしくて、思わず笑ってしまった。
「笑い事じゃないんだよ」
そう言って、真野さんは僕の頭を小突いた。

一緒に喫茶店に行ったあの日以来、時々真野さんから誘ってくれるようになった。仕事終わりに喫茶店で2時間ぐらい、話は大体仕事の愚痴か、別れた彼氏の愚痴。たまに好きなお笑い芸人の話。僕はそれを、僕一人に話してくれていることが嬉しかった。

僕は普通にしていたら、真野さんのような女性とは話す機会も無い。一人で本を読んで音楽を聴いて、お笑い番組で笑っている、一時期なら草食系とカテゴライズされたタイプだ。洋服もよくわからないから、近所のイオンとGUでほとんど全てを揃えている。

真野さんの今日の服装は、白のカットソーとラベンダーカラーのセットアップ。靴は茶系のパンプスで、アッシュブラウンに染めたワンレングスのロングヘアーが、やさぐれた雰囲気によく似合っている。

どう客観的に見てもバランスの悪い僕と真野さんを、周りはどんな風に思っているんだろうか。

「喫煙室、オッサンばっか」
顰めっ面で言った真野さんからは、タバコの臭いをケアする為の、柑橘系のフレグランスの香りがした。僕の好きな匂いだ。
「仕事中はあんま吸えないし、部屋に臭い付くのも嫌だからさー」
だから30分おきに喫煙ブースに行き、喫茶店にいる間に吸い貯めするのだそうだ。ちなみに電子タバコは「プライドにかけて吸わない」らしい。僕はタバコを吸わないから、そのプライドが何に対してなのか、よくわからない。そのよくわからないことにプライドを持っている真野さんが、僕は少し、可愛いと思っている。
「そろそろ帰ろっか。明日も仕事だし」
帰るタイミングも、いつも真野さん任せだ。
「はい」
名残り惜しいけど、仕方ない。本当は何時間でも、こうしていたいんだけど。


数日後、仕事帰りに、あの本屋に寄ることにした。小説を買うついでに、笹に飾られた短冊を、一つ一つ読んでみた。子どもから大人まで、夢のようなお願いから、ひどく現実的なお願いまで、笹が頭を垂れるくらいに、とてもたくさんの短冊が飾られていた。

その中の一つに「字が上手くなりますように」と、子どもが書いたような短冊があった。それは間違いなく真野さんの字だった。僕はその横に、「まのさんの字が上手になりますように」と書いた短冊を飾ることにした。一人よりも、二人の方がきっと良い。本当に上手になってしまったら、それはちょっと残念なんだけど。

今年の七夕は平日だから、いつも通りに出勤した。僕は余裕を持って出勤し、真野さんは朝礼ギリギリの時間に、滑り込むように出勤した。いつも通りに仕事をこなし、いつも通りに退勤時刻を迎えた。少し忙しかったせいで、今日はほとんど真野さんとは話せなかった。

帰る準備をしていると、真野さんが僕の側に来て、「吉田、今日、ヒマ?」と聞かれた。誘ってくれる時の真野さんは、何故だかいつも、少し照れくさそう。僕はいつだって暇だし、暇じゃなくても真野さんに誘われたら予定を空けるのに。「はい」と僕が返事をすると、真野さんは笑顔になり「んじゃ、外で待っててな」と言った。

先に職場の外に出て待っていた僕のところに、少し小走りで来た真野さんが、さっきよりももっと照れくさそうにしながら「あのさ、吉田さ、ありがとな」と言った。たぶん短冊のことだろう。そして僕の返事を待たずに「時間、大丈夫なんだろ?アタシ奢るからさ、牛角行こうぜ」と言って、そのまま歩き出した。僕が「真野さん、牛角、そっちじゃないです」と言うと、「冗談だよ、じょーだん!」っと言って歩く方向を変え、僕の手を引いて歩き出した。初めて触れた真野さんの手は、柔らかくて繊細で、だから僕はもっと強くならないといけないなと、そう思った。牛角に行くのはこっち方向でもないんだけど、そんなことはもう、僕にはどうでも良かった。このまま手を繋いで歩けるなら、行く先なんて、どこでも良いのだ。

おしまい

こちらの企画に参加させて頂きました♪


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