きっかけはロリータ少女から ~マリリンと僕~ #創作大賞2022
11月も終わりが近づくと、いよいよ吹く風の冷たさは厳しいものに変わる。
深夜に差し掛かる22時過ぎ、レンタルビデオ店でのアルバイトを終えた僕は、自販機で買ったホットコーヒーをダウンジャケットのポケットに入れ、肩をすくめながら歩き、自宅近くの公園のベンチに腰を掛けた。
27歳、独身。彼女もいない。
高校卒業後、役者を目指す為に、俳優コースのある専門学校に入学した。
「夢追い人」と言えば格好良いが、特別に努力をするでも無く、なんとなく授業に参加し、周りに習ってワークショップに参加したり舞台を観たりして、時々エキストラでドラマや映画の“その他大勢”をやったくらいだ。
「何かきっかけさえあれば」
そんなことを考えながら、そのきっかけを作る為の行動を起こすわけでも無く、専門学校を卒業し、同じような環境の仲間と傷を舐め合いながら、気がつけば25歳を迎えていた。
日中はコンビニ、夕方からはレンタルビデオ店でバイトを掛け持ちしているから、生活には困らない。逆に言えば、演劇に打ち込んでいてアルバイトに割く時間が作れないような、そんな本気さとも無縁の、夢追い人風のフリーターでしかない。それは自分が一番わかっている。そのはずだった。
時間は比較的コントロールしやすく、収入はぼちぼち。ルックスだけは悪くないから、何人かの恋人を、こちらも掛け持ちしていた。
冷静に、客観的に自分を見る事を避けていた僕は、モテない人間を下に見る事で、空虚で不毛な優越感を持ち、それだけをアイデンティティとして生きていた。
でも、現実はそんなに甘くは無い。25歳を過ぎてもそんな暮らしをしている僕に、数人いた恋人達は、一斉に愛想を尽かして去っていった。
そして僕は、役者という夢(夢と言うのもおこがましいが)を、本格的に諦めることにした。それから2年間が経ち、今はただのフリーターだ。
缶コーヒーを飲み干し、ゴミ箱に捨て、ブランコに移動。暗く静かな公園のブランコに揺られながら、1人不満を吐き出した。
「ふざけんじゃねえよ」
バイト先では経験の長さもありリーダーポジションだったが、最近着任した新しい店長と考え方が合わず、楯突いた結果、シフトの大半を削られた。自分が間違っているとは思えないが、所詮は27歳のフリーターだ。25歳の店長よりも、社会では格下なのだ。就活も1回失敗しただけで挫折するような僕に、意見をする権利は無いのかも知れない。
「ほんまやで」
誰もいないはずの隣のブランコから、幼い女の子の声が聴こえた。
「ほんまに世知辛い世の中やなぁ」
隣を振り向くと、おそらく10歳前後くらいのお世辞にも可愛いとは言えない、ぽっちゃり体型であまりにも似合わないロリータ系のファッションに身を包んだ女の子が、ブランコを揺らしながらこちらを見ていた。
「兄ちゃんも嫌なことあったん?」
僕に問いかけて来た。
関わりたくない。関わるべきじゃない。
「いや、別に」
そう言いながら立ち上がろうとする僕を気にせず、女の子は話を続けた。
「ほんまにやってられへんわ。オカンの食べ掛けのハッピーターン、勝手に全部食べたくらいで、なんであんなに怒られなあかんの?考えられへん」
まくしたてるように言い放つ。
「おかしいと思わん?」
僕に聞いているようだ。心からどうでも良いと思ったが、大人の対応をする。
「いや、やっぱり勝手に食べちゃうのは良くないと思うよ」
相手にしてしまい、しまったと思った。が、もう時すでに遅し、だ。女の子はあからさまに不服そうな顔をしている。
「いやいや兄ちゃん、ハッピーターンやで?オカン40過ぎやで?大人やん。そんなに怒ること違うやん。カステラちゃうで?」
まぁ、確かに。大人気ないかも知れない。カステラなら怒られても仕方ないという、その尺度もよくわからないが。
「で、兄ちゃんは何があったん?」
話しても仕方がないのはわかりきっていたが、話さずにここを離れることは叶わないだろうと思い、一部始終を話してみた。役者を目指していたことも、バイトで上手く行っていないことも。
「大人も大変やなぁ」
夜空を見上げながら、しみじみと言った。
「ウチな、名前な、真里凜言うねん。マリリンやで?純日本人やで?この見てくれやで?拷問やろ?ウチ、見た目花子やん?絶対キラキラネームあかんやん?こんな服着たら、あかんに決まっとるやん?」
自分で言うか、と思ったが、確かに酷い。
「子供には選択の権利があらへん。服だって与えられた物着るしかない。そらたまには抵抗するで。でもな、嫌なら裸で歩け言われたら、もう着るしかないやん」
どんな家庭だよ。そう心の中で呟いた。
「それ考えたらな、兄ちゃんなんか全然マシやと思うで」
「え?」
思わず聞き返した。
「だってな、兄ちゃんは自分のこと自分で決められるねんで。役者やバイトや言うて、全部自分で決められるねんで」
心の核の部分を突かれたような、瞬間的に呼吸が止まったような、そんな気持ちになった。言っている相手が相手だから釈然としないところもあるが、反論の余地は無かった。
「役者になりたい」
初めてそう両親に話した時は、本気でそう思っていた。だけど、授業で叱られ、オーディションは箸にも棒にもかからない。そんな日が続くにつれて、何かあれば“夢”を言い訳に使うようになってしまった。
他の誰でもない、自分への言い訳だ。
負けることが怖くて逃げてばかりで、本気で勝負しようとしない。そういう選択をしてきたのは、間違いなく自分なのだ。
「もう1回やってみたらええんちゃうの?」
女の子が言った。
「本気でやるって、自分で決めてみたらええんちゃうの?」
僕は本気で泣きそうになっていた。
「あ、あかん。そろそろ帰らんと、ほんまに家入れてもらえんくなるわ」
女の子はブランコを降りた。
「勝手なことばっか言うてごめんな兄ちゃん。堪忍やで。兄ちゃんイケメンやし、たぶん大丈夫と思うわ」
そう言って、女の子はドタドタと走って帰って行った。僕の言葉を待たずに。
翌日僕は、劇団に所属している友人に連絡をした。
もう一度、今度こそ、本気で夢を追いかける為に。
完
※応募規定に合わせて記事を作り直しました。
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