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マリリンと僕12 ~年始公演と木製バット。その先に~

年始公演は盛況の内に幕を閉じた。

毎年正月休み明け、1月4日と5日の恒例公演で、映画や小説、漫画やゲームなど比較的認知度の高い作品を舞台化する為、劇団創立当初からそこそこ人気のある公演だ。今回の演目は『イエスマン』。洋画作品を桜井が日本風にアレンジして、脚本を書いた。

劇団主宰の小山春樹にある程度の知名度があるからそれだけでも一定の集客はあったが、やはり必ずしも毎公演満席とはならない。所属団員による友人知人への働きかけは必要で、それがあってようやく採算が取れる。団員に支払われるギャラは交通費程度であり、後は会場の使用料を払って終わりになる。団員はアルバイトで生計を立てていて、衣装だってそれぞれの自腹か、小山がどこからかくすねてきたらしき物。厳しい世界なのだ。

しかし、今回の公演は創立以来初めて一般販売だけで完売した。元々僕が主演を務める予定だったことで話題になり、出演を取りやめても小山さんがいることで、劇団そのものに興味を持ってもらえたようだった。結果としてほとんどキャンセルも無かった。

「お疲れ様でした。急に代わってもらって申し訳なかったです」
公演後の楽屋で、僕は菅原に急に主演を交代してもらったことを詫びた。歳下だが劇団の中では先輩だから、菅原に話し掛ける時はいつも敬語だ。
「それ、良くないっすよ」
さっきまで笑顔だった表情が、曇った。
「自分の劇団の公演で主役張って、嫌なわけないじゃないっすか。嬉しいに決まってるでしょ。満員の劇場で主役やって、お客さんも喜んでくれて。それなのに謝られたら、気分台無しっすよ。まるで自分、嫌々代役やらされたみたいな感じでしょう」
またやってしまった。桜井にも指摘された僕の謝り癖が、菅原の気に触ったようだ。
「ありがとうで良いじゃないっすか。ウチじゃ確かに自分のが全然長いけど、歳上だし、今じゃ劇団内での序列が上なのも団員みんなわかってるんだし、普通にありがとうで良いんすよ」
呆れたように、菅原が言った。
「すみません。桜井にもとりあえずで謝るなって言われたばかりだったんだ。直そうとは思ってるんだけどね」
「そう言いながらまた謝ってるしぃ。それ、わざとやってるんすか?そういうボケっすか?」
菅原の表情が少し和らいだ。
「まぁでも…今回はこちらがありがとうございます、ですよ」
意外な言葉に少し戸惑った。桜井も言っていたが、僕が入ったことで一番割を食っているのは菅原だし、普段自分から声を掛けてくることもほとんど無い。悪い印象を持っていて当然だと思っていた。
「主役やらせてもらえたのも勿論そうだし、何より友だちとか知り合いにチケットの話するの、やっぱみんな本当は嫌っすから。気い遣いますし。チケット代だってそこそこするし、名前も知らない劇団の公演なんて、なかなか興味持ってもらえないじゃないっすか。同じ金額払えば、もっと有名な舞台だって普通に観られるんだから。でも、今回はそれが無いから公演に集中出来て、しかも満員で反応も良くて、めっちゃ嬉しかったんす」
そう言うと、菅原は初めて心からの笑顔を見せた。

菅原は180cmの長身で、祖父がイタリア人のクォーターだ。少し長めの髪には緩い天然パーマが掛かっていて、瞳は薄い茶色。『木製バット』と仇名される細身で足の長い体型も含めて、俳優と言うよりはモデルの方が似合う。小山さんからは「お前、なんでここにいるの?」といつもイジられる、整ったルックス。それでいて、笑った顔はとても優しい。
桜井からすると「格好良さが非現実的だから、菅原は似合わない役も多いんだ。ハマり役はガッチリハマるけどさ。必要以上に特徴が無いお前の方が、汎用性が高くて使いやすい」ということになる。

「遠慮せずにドラマやるならやって下さい。劇団の名前売ってもらえれば、俺らにもチャンス回って来るかも知らないっすから。」
菅原が出した色白で大きな右手を、僕も握り返した。
「正直に言うと、注目され始めた頃はマジふて腐れてたっす。自分はずっと小山さんに憧れてここでやって来たんで。少し前まで真剣に演技と向き合って無かったって聞いてたから、余計にふざけんなって思って」
自分が逆の立場なら、同じように思うかも知れない。
「でも、小山さんがみんなに対して言ったんすよ。『お前らにも運が回って来たぞ。アイツが売れれば劇団が注目される。劇団が注目されればファンが増えるし、テレビ関係者も観に来る。主演クラスはタレント俳優が使われやすいけど、脇は演技派で固めたいって監督や演出家は多いんだ。アイツを妬んでふて腐れてる暇があったら、自分のこと磨いてチャンス掴む準備しとけ』って。珍しくめっちゃ真剣な顔でした」
小山さんがそんな話をしたなんて、僕は知らなかった。桜井は知っていたのだろうか。あと、珍しくは、ちょっと余計だと思う。
「みんな雰囲気変わったと思いません?前は観客も内輪が多かったけど、最近初見のお客さんも結構来るから、より観られることを意識するようになってて。気持ちも前向きだし、めっちゃ雰囲気良いんすよ。それって誰のおかげかわかります?」
話の流れ的に僕なのだろうけど、自分からそれは言えない。
「あ、な、た…ですよ」
菅原が、今日演じたの役の口調でおどけて言った。
「口には出さないけど、内心感謝してんじゃないっすかね、みんな。前は自分みたいに思ってる奴も何人かいましたけど、たぶん今はみんな感謝してると思うっす。ウチの大将は小山さんですけど、若頭って感じですか」
若頭…。クォーターの言語センスとは思えないが、菅原の面白いところでもある。
「いや、ボケっす。ツッコミどころっす」
微妙過ぎて、わかりづらいよ。
「自分も本気でチャンス掴みに行くんで、これからも宜しくお願いします」
そう言って、菅原は頭を下げた。
「そんな、頭を上げて下さい。こちらこそ宜しくお願いします。僕もみんなと一緒に頑張りたいんです」
僕も率直にそう伝えた。

話終えた後、桜井に声を掛け、菅原との話の内容を伝えた。
「そんな話、俺も知らん」
小山さんの話のことだ。
「なるほどねぇ。さすが小山さんだな。そう言われて嫌な気持ちになる奴もいないだろうし、向上心を焚き付けられるもんな。その上、お前に対する嫉妬心も抑えられる」
本当にその通りだ。でも、そのことで小山さんに感謝を伝えても、またイジられるのだろうから、心の中に留めることにする。
「じゃあ、お前も今度のオーディションに集中出来そうだな」
「あぁ、頑張るよ」
「仲間の運の面倒まで見なきゃいけないなんて、大変だな、チャンスメーカーさん」
また新しい仇名が増えた。
「そういや小山さんがお前探してたぞ。芸能事務所の人と一緒にいて、お前に話があるんだって言ってた」

桜井がそう言ったとほとんど同時に、スマートフォンが鳴った。液晶に表示されたのが小山さんの名前だったから、直ぐに電話に出た。
「ちょっと打ち上げ前に話したいことがあるんだ。近くの喫茶店にいるから、今から来てくれるか」

まだ楽屋や通路で団員が公演後の余韻に浸り、ガヤガヤと話す中、僕は会場のあるビルを出て、小走りで小山さんのいる喫茶店に向かった。

喫茶店の名前は『クロスロード』。如何にも小山さんが好みそうな、昔ながらの喫茶店だ。店内に入ると、一番奥の席に小山さんは座っていた。初老の男性と、僕より若そうな女性と共に。

つづく

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