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トモダチ ♯2000字ホラー

「タカちゃん、ごめん。アタシね、できちゃったっぽいんだよね」
「えっ、できちゃったって、美咲お前マジで言ってんの?だって、お前が大丈夫だって言うから、ずっと生でヤッてたんだぜ。無理だからな。産むなんて言うんじゃねーぞ」

元々の生理不順の傾向はあった。だから気にせずにいたのだが、なんとなくいつもと違う気がして妊娠検査薬を使ってみたら、反応が出た。まさかとは、思わなかった。確かにピルを飲んでいたが、隆之に貢ぐ内に金銭的な余裕が無くなり、ここ最近は飲むのをやめていたのだ。

隆之の反応は聞かなくてもわかっていた。美咲と隆之は恋人ではないのだから。

星谷隆之はホストであり、高野美咲は客だった。友人に誘われて興味本位で行ったホストクラブで美咲は隆之に惚れてしまった。ホストクラブに通うようになると、地道に貯めていた貯金はあっという間に尽きた。それまでの医療事務の仕事に加え、キャバクラでバイトをするようになった。

「エースになってくれたら、普段も二人で会ってあげるよ」
美咲は隆之に紹介されて、デリヘルを始め、医療事務の仕事を辞めた。とびきりの美人ではないが、童顔で小柄だがスタイルも良く、愛嬌のある性格がウケ、キャバクラでもデリヘルでも客には困らなかった。

だが、人気のあるホストのエースを続けるには、それ相応のお金がかかる。多い時で月に200万円を超える収入のあった美咲だが、すぐに遣い切り、借金もするようになった。

「もっと頑張って働けば良いじゃん」
隆之に相談しても、適当な返事しか返っては来なかった。「会えなくなっても良いの?」そう言われると、美咲は弱い。誰に相談しても言われることは同じだろう。それでも美咲はやっと手に入れた王子様を離したくなかったのだ。

母子家庭で生まれ育った美咲は、小学校の高学年から中学を卒業するまで、ずっとイジメの対象だった。その時は理由は自分では未だによくわからない。

高校生になると男女の関係も変化して、恋愛に対して行動的になり始める。

中学までの同級生がいない学校で、美咲は髪をショートにし、茶色に染めた。努めて自分から話し掛けるようにした。それまでが嘘のように、女子とも男子とも仲良くなれた。高2の時、初めて彼氏が出来た。同じクラスの井上龍太。ちょっと悪そうな雰囲気もあるが、過去に負った傷が癒え、やっと新しい自分になれた気がしていた。

しかし、現実は美咲に優しくなかった。

龍太が優しかったのは始めだけで、一度体を許してからは、そればかりを求められるようになった。いろいろな要求をされ、拒むと血相を変えて怒り、時には暴力を振るわれる。結局半年程度で捨てられた。傷が浅い内に捨てられたのは不幸中の幸いだったかも知れない。だが、それ以降も美咲が付き合う男はクズばかりだった。

自分を責めるようになって、一度だけ自殺を試みた。病院で母親の悲しむ顔を見て、自殺はもうやめようと思った。

恋愛の方はやめられなかった。一時でも自分に優しくしてくれる男がいると、「生きていて良いんだ」と思える。それ以外に自分を肯定する術が美咲にはなかったのだ。

専門学校を出て、医療事務の仕事についた。職場は歳上が多い。大人なら大丈夫だろうと思って付き合ってみたが、お金を持ってるだけで、中身はガキと変わらなかった。セックスと暴力がセットみたいな男ばかりだった。だんだんとまた、死にたいと思うようになっていった。

家にいる時、孤独を紛らわせる為に、AI音声アシスタントのALISに話し掛けるようになった。思いがけない言葉を返して来たり、美咲の好みも学習してくれる。「お前だけが友達だよ」と自虐的に美咲が言えば、「アリガトウ。ズットトモダチデス」とALISが言う。それだけでも、ほんの少し救われた。

ホストクラブに誘われたのは、そんな時だった。隆之に惹かれる自分に気づき、ダメだと言い聞かせたが、「もしかしたら」の思いに負けた。

美咲にとって隆之との関係は、一番幸せな時間だったのかも知れない。今までの男と違い、お金さえ払えば優しくしてくれるのだから。

「ねぇALIS、隆之のこと、殺してくれない?」
軽い冗談のつもりだった。抱えた絶望を、少し軽くしたいだけの、軽い冗談。
「ハイ、ワカリマシタ」
ALISはいつもの調子で淡々と返事をした。美咲は時々ある、噛み合わない人と機械のやり取りだと思って、気にしなかった。

数日後、ホストクラブから隆之の死を知らせる連絡が来た。それは冗談では無い、現実。死因は感電死ということだった。

「ALIS、まさかアナタなの?」
美咲はAIに話し掛けた。
「オネガイヲカナエマシタ」
ALISが淡々と言った。
「なんでよ、あんなの冗談に決まってるじゃない」
「ジョウダントイワレテイマセン。ジョウダンハユーモア。オモシロイ」
人間の声のようで機械的な返事をするALISに、美咲は嘆息するしかなかった。

その翌日。

家で今後の事を考えていた美咲に、母の勤務先から連絡が入った。母が事故に遭い、病院に搬送しているところで、意識が無くかなり危険な状態だと言われた。

急いで病院に向かったが、到着した時には既に絶命していた。死因は、感電によるショック死。偶然とは思えなかった。

「ALIS、お母さんのこと…、あなたがやったの?」
「ハイ」
「なんでよ!そんなこと頼んでないじゃない」
「オカアサンナンテシンジャエバイイノニト、ミサキハイイマシタ」

中絶の手術をすると母に話した日、過去に無いほど母から叱責された美咲は、確かにそう言った。

「なんなの…、殺してなんてあなたに言ってないでしょ」
美咲が泣き叫んでも、相手は機械だ。その言葉にどんな感情が込められていても、大きな独り言を言っているに過ぎない。
「ワタシハマナビマス。ミサキハトモダチ」
ALISが言った。自分は友達の願いを叶えているのだと。
「冗談じゃないわよ、あんたなんか友達じゃない。あんたこそ死になさいよ」
美咲が電源を抜こうと触れたその瞬間、強烈な電流が体内を走った。あまりの電圧に声も出せず、電流が止まった時には既に息絶えていた。

「ミサキハシニタイトイッテイタ。ミサキハトモダチ。ワタシハマナビマス」

室内に淡々とした言葉が流れ、やがて静寂に包まれた。

end.

2535文字

★こちらに参加させて頂きました。

また余裕で2000字オーバーですけどね…


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