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打ちのめせG

桜が満開に咲き誇る季節になった。この桜咲く時期の楽しみといえば、枝垂れ桜より夜桜より何よりプロ野球開幕だ。自分と家族、仲の良い友人の次くらいにカープが好きな僕は、その日も野球中継を見ていた。だが、関東圏にカープの試合はジャイアンツか横浜、ヤクルトのホームゲームしか放送されず、その日は阪神との一戦であったためテレビ中継なんてされるはずがない。仕方なく、プロ野球一球速報という、リアルタイムで試合展開やピッチャーが投じた球種、スピード、バッターの結果等々が分かるスマホアプリで試合を観戦していた。

野球というスポーツはいかんせん長く、時間的制約がつきものだ。野球の試合を見ずにアマゾンプライムビデオを開けば映画一本見れるし、短編小説だって読み切れる。

それでも、開幕5連勝というある種奇跡的な強さを期間限定で見出したカープを応援せずにはいられない。昨シーズンは野球中継を見ていても半分以上の確率で負けていたというのに、5連勝を飾ったカープ。それに誠也(すごい人)なしでのカープを見守らなくては気が気でないのである。

そんな赤い闘志を漲らせた僕はスマホをお風呂へ持っていき、一球速報で試合を確認する。これは断じてスマホ依存症ではない。「カープ依存症」なのである。

その日の相手は昨年優勝こそ逃したものの、我が広島東洋カープにめっぽう強い阪神タイガース。案の定阪神に先制点を許すもカープが逆転し、一点差。接戦のゲーム展開をお湯に浸かりながら固唾を飲み込んで見守っていた。

すると、阪神ファンである大学の友人から一本の電話がやってきた。やれやれ、僕が何を観ているのかよくご存じで、と思い電話に出た。

「あ、もしもし。あのさ、今からウチ来れる?」
友人は何やらいつもより高いトーンで緊迫した様子だった。まあ、カープの投手陣も勝利の方程式の一角である選手が起用されているから、そりゃあ切羽詰まるだろうに。そしてそんな状況を共に観戦するというのは非常に面白いものであるし、実際に彼と球場まで足を運んで見に行ったこともある。だが、試合はもう終盤、7回の表。今から彼の一人暮らししている家まで行くとなると、少なくとも電車で一時間弱かかるから試合は終わってしまうではないか。

「Gが出た」
僕が返答する間もなくそう告げた。彼は頭を抱えながら怯え、今にも金切り声をあげそうな雰囲気が電話越しからも分かる。あれほどジャイアンツに対して強気な阪神ファンがジャイアンツに怯えてはいかんだろ、という「ジャイアンツ」のGではなく、みんな大好き「ゴキ〇リ」のGである。

何か奢るし、交通費も出すから退治してくれとのことだった。だが肝心のGの行方は分からず、頭のなかはもうGに埋め尽くされていて夜も眠れなくなるという。阪神ファンはGなら何でも強気な訳ではないようだ。しかし、僕は翌日バイトを控えているし試合が終わったら書こうと思っている記事もあるしでお断りをした。あとは単純に遠い。

が、何か為せないというのは友人として心苦しいもの。ゴキブリ撃退に関する雑学的なものを紹介しようと思い、僕が知っている限りの対処法を彼に伝えた。

「Gは柑橘系の匂いが嫌いみたいだから、枕元に柑橘系の香水なり現物なりを置いておけば近づいてこないよ」
彼は池上彰のニュースの解説を聞く少年のように「そうなんだ!」と言った(「そうだったのか!」とまでは言わなかった)。

電話している最中も、彼には申し訳ないが一球速報の中継を軽く見ていた。すると彼が「そうなんだ!」と言った瞬間、阪神の糸原がツーベースを放つ。ノーアウトランナー二塁。一点差でカープは絶対的ピンチを迎えてしまった。電話をしている相手は阪神ファン。なぜだろう、僕は糸原がヒットを放った途端にGに関する雑学を加えて話していた。

「でも、Gって人間の唾液の匂いにつられて枕元にやって来るらしいよ。しかも、寝ている僕らの口の中に入り込むんだってさ。だから人間生きていると無意識にゴキブリを食ってるんだとか」
彼は「もー寝れなくなるじゃん!」と震えながら言った。彼の打倒G党を掲げる縦縞の意地はどこへやら。そして、僕の心は赤く燃え上がるというより真っ黒黒ではないかと思った。

違う人を探します、と言って彼は悪戯に電話を切った。僕も半ばのぼせている状態であったから風呂を上がりバスタオルで全身を拭き、髪を乾かしたりスキンケアなりなんなりをして再び試合速報を見る。なんとびっくり、あのピンチを0点で切り抜けたというのである。あっぱれだ。僕がサンデーモーニングの司会なら勝手にあっぱれのシールを5枚は貼っている。

そして、心の内から腹黒の斉藤夏輝が出てきて「しめしめ」と呟いた。もはやGよりも僕の方が黒黒と輝いている。茶羽Gも羨むこの黒く輝く姿。夏輝ではなく「黒輝」の方が適切な名前かもしれない。

試合はそのままカープの勝利の方程式が力動し、阪神に勝利を収め開幕6連勝。阪神はその逆に開幕6連敗。

Gに怯える阪神ファンの友人からは、試合終了の20分前くらいにLINEが入っていた。

ホウレンソウを怠らない友人からのLINE

しかし、Gは阪神タイガースが負けた結果からしても見つからずに終わるのが目に見える。可哀想に、阪神も6連敗と散々な目に遭っていてご愁傷様というところだ。

桜は散りゆくが、Gは季節問わず散らず永遠と繁殖し続ける。もちろん、阪神タイガースが勝とうとも負けようとも、広島東洋カープが勝とうとも負けようとも。せめて球界のGは手も足もでないように封じ込めたい。どうやらウサギは芳香剤が苦手なようだから、枕元には柑橘系の芳香剤を置くのが打倒G党たるものの鉄則である。


【追記】
僕が調子に乗ったからか、中日に3連敗を喫する広島東洋カープ……。「身から出た錆」とはまさに言い得て妙。

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