十月は黄昏の国。半分犬半分狼、消えた林檎のクランブル
もう秋か、詩人の言葉を思い出し、ならばとスーパーへ汗ばみつつ急ぐと、やっぱりあった六個二百九十円の袋入り林檎。二つ買って、クランブルじゃ、デザートじゃ、スウィーティー・スウィート、わが友スーザン直伝のクランブル、アップルで作ろう。林檎の他に必要な、バター、胡桃、小麦粉そしてエッグは家にある。
BatterかButter そしてFlower,かFlourかの違いを一生懸命スーザンは教えてくれた。今や字さえ見れば一目瞭然意味明瞭、されどプロナウンスエーションとなるとエレメンタリースクールのボーイに笑われるんである。悔しいんである。スーザンはあんたの英語は酷いけどあんたの言うことはすべて分かると殺し文句ゆったな。それで林檎を見たらクランブル作る。タルトタタンはりんごで作る。スーザンは今はニューヨーク市内で自作陶器のスタジオで陶器とアメリカンキルトを作っている。素敵な作品。
サラベスで修行を積んだあとヒューバーツでペーストリーシェフになり、ぼくらはそこで出会った。シェフのひとりだったピーターとスーザンが付き合うきっかけを作ったのはぼく。渋るスーザンをマイクロスコピックセプテットのコンサートに誘ったから。日本のラ・ロシェル、フランス料理屋からもどったピーターがスーザンとの結婚式に、マイクロのバンドを雇って夜通しぼくらは踊り続けた。
クランブルに戻ろう。ダンスは夜になってからなのだ、わが麗しのマイワンは不在、スウィートな時間はスウィーツを作ってからなのだ。サラベスは日本のガイドブックにも載っているケーキ屋さん。そこのデザートなかなかよろしい。では林檎のクランブル、スクラッチから始めよう。
名前は忘れたこのりんご、クリスピーでいい香り。ちょっと渋い、しぶこや。
なるたけ皮むき使います、じゃがいもなんか特に。わが盟友シェフ・イヤハートは見事なナイフさばきでじゃがいもの皮を剥いてるチャーリーにおまえはアホかと言うた。むき終わった皮を集めてナージュ作ってポテトスープできたぞ、見てみい、ポテトは皮だけむくんじゃとドイツ訛りのフランス語みたいな英語で言うとった。仕事かえりには彼の家に行って遅い夜食をご馳走になった。夫人の作るケーキは本当に美味しかった。ぼくはひとりで直径三十センチの四分の一を食べ、残りのケーキすべてを持って帰ったことある。ドイツのケーキ、たまらなく香ばしく堂々として繊細で軽く華やかで腹とハートを満たしてくれる。
いやいかん、クランブルなのだ、アメリカンなのだ、スーザンすまん、すまんサラベス。
鍋は熱くなるまで待ってね。充分に我慢強く、充分に注意深くそして寛容であり続けられたら、友情の向こう側に、愛は可能でしょうか。誰に言うてんのんと、娘はぼくを見る。いや林檎の焼き方や、メタファーや。
悪魔のように細心に、天使のように大胆に。
熱くなった鍋にシュガー入れてやり、淡く色づき始めたら林檎の切り身をシュガーの上においてやる。
暮れそうで暮れない誰そ彼その黄昏どき、犬か狼かの逢魔がどき、たしか、おフランスではミ・ルー, エ, ミ・シアン,言うとったんちゃうかな。美しい茜の空は気ぃつけんとな。いや、林檎が茜色に染まってきたので。
ほら、この美しい茜の輝き。
バター入れます。いい香り。
もう何も言うことない。夜の果ての旅の最後にフェルナンが読者にかますやつや。
出来ました。あとは冷ましてクランブルのミックス振りかけてオーブンで焼いたら完成。スーザンにっこり、サラベス真っ青。なんちゃって。
いや、ここで詫びねばならん。出来んかった。クランブル出来んかった。冷まして明くる日にクランブルにしよと、思とったらなくなっとった。次の日冷蔵庫から消えた。デサピアした。消失した。娘息子そして麗しいマイボス。あー、美味しかったで、アイスと一緒に食べたわ。ああ、そうか、今ぼくの半分はスマイルで半分は狼やで。娘、猫にもうごはんあげたん、ぼくに聞く。
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