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(仮題)家を買う人/小川悠①

人生はごく小さな判断を無数に積み重ねて構成されているのであって、テレビや映画のようなドラマティックな“人生が変わった瞬間”なんてものは、大げさな誇張だというのが小川悠のつねづねの持論だった。
けれども、今回の判断によって、確かに自分の人生は少し動くのかもしれない。それもそう、たぶん、よい方向に。今日に限っては、なぜだかそんなふうに思えるのだった。

自宅への道すがら、心が少しずつ高揚しはじめるのを感じていた。何年ぶりなんだろうか。そんな感覚はもう久しく忘れていて、悠はそのことにまず自分で驚き、つぎに少し笑えてきたのだった。
なんて言うんだったか、こういう状態を。うわついているとか、浮き足立っているとか、地に足が着かないとか。そう、そんな感じだ。たしかに、現実感がない、頭がフワフワとしたこの感じを表現するにはピッタリの言葉だ。うまいこと例えたものだなあ。
…いやいや、やめておけよ。小デブのおっさんが浮かれていても、気持ち悪いだけだぞ。
 放っておいたら本当にどこまでも昇っていきそうな気持ちを自分で抑え込みながら、家路を急ぐ。

幹線道路をまたぐいつもの陸橋の上にさしかかったとき、ふと足が止まった。町に夜が訪れようとしている。黄昏の空の色、家々の灯り。いつもは気にしていなかった景色が、今日はなぜか目に飛び込んでくる。
ここまでとは、たいしたものだな、といいかげん自分で自分に冷や水を浴びせてみたが、効果は薄いみたいだった。

自宅の玄関前へ辿り着いてもなお、悠の思考はまだどこかぼんやりしていた。
が、玄関の扉を開けた途端にムッと押し寄せてきた室内の熱気を浴び、その軽い衝撃でようやく現実感が戻ってきた。
そうだ。いつまでもぼやぼやしていてもしょうがない。
たかだか、そう、家を買ったくらいで。

ハッキリと意識したことで再び浮上しそうになる気持ちをグッと抑えながら、息のつまるような、茹だる空気のなかを泳ぐようにリビングまで進む。荷物をソファの脇にポンと落とし、換気のために窓を開ける。吹き込んでくる夜の風が心地よい。
そして思い返す。最初のきっかけは、何だったろうか。

この2~3週間の、様々な事象が脳裏に浮かんでは消える。視線は何かを探すようにぐるりと空を切り、やがて、少し黄ばんだ壁に掛かったエアコンに向けられた。
 やはり、これだったろうか。

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 今年で30歳になる小川悠が、8年前に岐阜県高山市の実家を出て就職のため単独で上京し、初めて住んだのは中野区だった。
住む場所を選ぶにあたっての判断基準が通勤利便性以外に何もなく、中野がどこかわからないまま不動産屋に薦められた通りに契約した家賃7万円のアパートには、結局4年住んだところで建替えのため立ち退くこととなった。
 
次に住んだのは小岩の築古のマンションで、けれどもこちらは1年で引っ越すことになった。
とにかく上階の子供の足音や叱る声などが朝から晩までけたたましく、悠のほうが早々に音を上げることになったのだ。
 神経質な方ではない、むしろ頓着しないタイプだと自分では思っていたが、休みは基本的に家から出ずに、パソコンに向かっていたり本を読んで過ごす悠のライフスタイルと、集合住宅のマナーなどは端から気にも留めていないであろう上階の住人の行動との相性は最悪だった。
 面倒ごとは嫌いだった悠もさすがに限度を感じて、管理会社を通じて苦情を申し入れたこともあったが、数ヶ月経っても状況はまったく改善しなかった。それで悠は「ああ、自分と彼らは根本から理解し合えないんだな」ということを悟り、迷いなく徹底対決より早期撤退を選ぶことにしたのだった。
 とにかく人と争うのが好きでなかった。というか、人と積極的に係わっていくこと自体がそもそも得意ではなかったのだ。

 とにかく、そうして2度の引越しを経て辿り着いた現在の住まいは居心地がよく、満足している。
 都営新宿線・一之江駅から徒歩10分。線路や幹線道路からは離れて、静かな住宅街に建つマンションの2DK。共益費込みで月8万円。騒音問題に懲りて選んだ6階建ての最上階は、日当たりが良すぎるきらいもあったが眺めはよかった。
ガッシリとした見た目の建物で、さすがに築20年を超えて外壁の平面タイルは薄汚れ、エントランスの御影石の床もところどころ黒ずみ年代を感じさせたが、安っぽい印象は受けなかった。
ステンレスのオートロック板は傷だらけで、ボタンの数字はところどころ判別できないほど磨り減っているような有様であったが、使用上の不便はそれほどなく、気にはならなかった。
 部屋の中についても、妙にテラッと光るフローリングや、継ぎ接ぎ跡の残る目の大きい壁紙、エアコンダクトの粘土パテ、キッチンの蛍光灯、やや黄ばんだユニットバスなどにはたしかな平成一ケタ時代の名残があったが、むしろ悠には懐かしく感じられた。どこかまぬけで、流行に置いて行かれたような佇まいがかえって安心できた。

 夕暮れ時に南西向きのバルコニーに立つと、近所の小学校から少年野球のカキン、という小気味良い音が聞こえた。
 右手に持つ発泡酒のフタを開け、手摺りの汚れを放り投げてあった雑巾ではらって肘をかける。夕陽に目をしかめつつ、眼前の戸建てやアパートの屋根を見るでもなくボーっと眺めて泡を啜りながら、悪くはない、と思っていた。

東京に出てきて十余年、目覚ましい成功をしたわけでもなければ、特別な努力をしたわけでもない。
同じ会社に勤め続けただ与えられた仕事をし、週末に派手に遊ばず、のんびりと過ごす。趣味といえば読書か、たまにネットで調べた飲食店へ遠出して食事をするくらいだ。
恋人はいない。いたことがない。寂しさはなくはないが、身の程をわきまえて、半ば諦観していた。
他人から見たらパッとしない人生に見えるだろうし、実際に幾度かは、面と向かってそのようなことを言われたこともあった気はする。けれども、決して高望みしようとは思わなかった。

人生は、レンガを積み重ねて家を作るようなものなのだ。
産まれて以降、家庭環境・経済状況・教育などによって基礎がつくられて、そこに自らが自らの判断で小さなレンガを積んでいく。
“昼休みにみんなはサッカーをするけれど、僕は読みたい本があるから図書館にいこう”
“ケンカになったらすぐ謝ろう、ぶたれたら痛いし”
“人前で意見をいうのははずかしいから手は挙げない”
“好きな子はいるけど、きっとあの子は別の子が好きだからあきらめよう”
幼少からのそんな判断の積み重ねが、いつしか性格をつくり、性格による判断が状況をつくり、何十年とかけて自分というものが形作られてくる。
積み重ねがないところにレンガは置けないし、今更、基礎ごと作りかえるわけにはいかないのだ。
だから他人は他人。自分は自分だ。
自分の人生は自分で作ったのだ。受け止めるしかないのだ。

「他人は他人。自分は自分。」
思わず口に出していた。右手の缶はいつの間にか空になっていた。キッチンに戻って冷蔵庫から2缶目を取り出してその場でフタを開け、今度は啜るでなくグッと喉に流す。
 
それでも、浮きもしなければ沈みもしない。そんな現状維持はたしかに心地よかった。
そしてその心地よさにもう何年も、悠は身を任せたゆたっていたのだった。

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 そんな悠の平穏が崩れたのは、8月初旬の週末だった。
 いつもどおり神田のオフィスをほぼ定時きっかりに上がって、寄り道せず一之江まで帰り、スーパーで惣菜と発泡酒を買って自宅に戻る。
真夏日だったその日は、陽が沈むか沈まないかといった時間帯になってもまだまだ暑く、玄関前まで辿り着く頃にはシャツが汗でジットリと身体に貼り付いていた。
 扉を開け部屋に入り、部屋中にこもった不快な熱気に顔をしかめる。一刻も早くまとわりつく汗を流したかった。
 
エアコンを23度の強風に設定して、シャツや下着を洗濯機にそのまま突っ込むと早々にシャワーを浴びることにした。部屋を冷やすためにわざと時間をかけてバスルームで汗を流し、サッパリしたところでさて、と浴室を出たところで異変に気づいた。
果たして部屋は、茹だる暑さのままだった。
 思わず顔をしかめエアコンの方を見たが、確かにランプはついているし風は吐き出していた。だが、風の量は強風の表示に反してごく微量であったし、出る空気もぬるくてホコリ臭かった。一度消して、再度電源を入れてみたが症状は変わらなかった。
怪訝に思う。
昨日までは普通に動いていたはずだ。一日で急にこんなことになるものなのだろうか。思い返せば、これまでに冷房の効きが弱いと感じたときがあったような気もする。それに部屋を借りたころからあったエアコンだったから、古いものではあったろう。
しかし調子が悪くなるときというのは、こんなに急なものなのだろうか。
結局、二度三度点けては消しを繰り返したが一向に改善の兆しが見えず、やむなく故障との判断を下すに至った。
 「まいったな」
 思わず独り言が出た。
 日中、灼熱の光線を浴びつづけた壁や天井のコンクリートは、いま溜め込んだ熱気をもうもうとはなっており、室内は蒸し風呂のようだった。最上階が完全に仇となっていた。
 さっき流したはずの汗が、再び噴き出してくる。
 すべての窓を全開にし、玄関扉も少し開け、再度シャワーを浴びているうちに少しはましになるかと望みをかけたが、やはりというか案の定というか、状況はまったく変わり映えしていなかった。
 
悠をさらに打ちのめしたのは、今日が金曜日というタイミングの悪さだった。土日は管理会社が休みなのだ。月曜日に電話して、そこからエアコンの修理か交換を依頼して、手配が済んで工事が行われるまでどれくらいかかるのか。どんなに好意的に見積もっても、今日から4~5日はかかりそうだった。
 冗談じゃあない。それまでこの地獄のサウナに暮らし続けられる自信も意欲もなかった。
 とりあえずショートパンツとTシャツに着替え、財布とケータイ、そして先ほど買ってきた惣菜と発泡酒をひっつかんで家を出ると、そのまま駅の方向へ向かい、漫画喫茶に避難することにした。

久々に訪れた場所だったが、外世界から隔離された地下フロアはじゅうぶんに冷えており、悠はようやくひと息つくことができた。
 狭い個室で、妙に貼り付いてくるリクライニングにもたれ、眼前のモニターのブルーライトを浴びつつ発泡酒を空け、ぬるいパックの八宝菜をつつき終えて考える。
 果たしてあの部屋をどうしようか。
管理会社や大家の許可を待たなくとも、自分で新しいエアコンを購入してしまえば良いのではないか。いやいや、結局購入から取付けまでそれなりに日にちはかかりそうだ。
ネットで検索した土日対応可の修理業者に頼もうか。電話してみる価値はあるだろうが、それでも部品の破損による故障等であったら即日で直るとは考えにくいし、半端な応急措置をされて後で面倒なことになるのも困る。
 管理会社に修理を依頼して直るまで、扇風機や冷風機を買ってしのぐ手も思いついたが、それだけであの酷暑を乗り切れると思えないし、治った後は無駄な荷物になってしまうのも勿体無かった。
 勿体無いといえば、代替品の購入費用や修理費用はもとより、こうやって避難している費用は、果たして大家に負担して貰えるものなのだろうか。領収証は必要だろうが、何日分まで補償範囲だろうか。漫画喫茶でなくホテルに泊まった場合も補償対象になるのだろうか。
もちろん拒否される可能性だってじゅうぶんにある。するとそれらの交渉は管理会社と行えばいいのか。管理会社の担当にとって少なくとも、面白い話ではないだろう。嫌な顔をされたり、ゴネられたりしたときに食い下がっていく胆力が自分にないことはわかっていた。

 「はあ」
ため息が声になっていた。どうしようもなく気が重くなる。
なぜ自分が、こんな目にあわなければならないのか。
明日はどうしようか。少なくとも家にはいられない。漫画喫茶に一日中籠もる気にはなれないし、かといって出かける先も思いつかなかった。
時刻はいつの間にか24時をまわっていた。時間を意識したとたんに、ドッと疲れがまわってくる。
懸念事項に対しなにひとつ妙案を出し得ぬまま、目を瞑った。
浅い眠りはやがて訪れた。肌に貼り付くリクライニングのビニル生地が不快だった。

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 地上の光が届かない、薄暗く静かな地下の漫画喫茶のフロアは、時間の感覚をどこかおかしくさせるようだった。
 ハッと目が覚めて時計を見ると眠ってから1時間も経っていない。頭が変にスッキリしているのは就寝前の緊張状態を引き摺りながら眠っているせいだろう。再び目を閉じて、1時間ほどでまた目を覚ます。そんなまんじりともできない夜を過ごし、午前7時半を少し過ぎたところで悠は漫画喫茶を出た。眠気はなかったが、身体が休まった感じもしなかった。
扉を明け、階段を上って外に出ると眩しさに目が眩む。朝だというのに太陽はもうしっかりと空にあり、だんだんと陽射しを強めようとしていた。雲は少なく、今日もまた暑くなりそうだった。
どこ行くあてもなく、キョロキョロしていると駅前のコーヒー屋のモーニングの看板がみえたので、そこで時間を潰すことにした。
出されたアイスカフェオレを早々に飲み終えて、店の窓から駅のロータリーをぼーっと眺める。土曜の朝だというのに、駅前にはひっきりなしに人が行き来していた。

やがて、店の対面側の道路に白いワゴンが停まり、中からスーツの男とポロシャツを着た男が降りてくるのが目に入った。
二人は車からダンボールの箱を取り出すと、スーツの男がポロシャツの男に何かあちこちを指差しながら指示をし、やがてスーツの男はまた車に乗って去っていってしまう。残されたポロシャツの男はノソノソとダンボールを開け、中から何かを取り出すと、ノロノロと道行く人に配り始めた。形状からしてプラスチックのうちわのようだった。
 アルバイトか。こんな真夏のさなかに、大変だろう。
最初は若いとばっかり思っていたアルバイトの男は、よく見ると白髪混じりの日焼けた壮年の男性だった。
 普段だったら気にもとめなかったろうが、なぜだかそのときは目で追っていた。
 
 日はだいぶ高くなっており、ポロシャツの男は首に巻いたタオルで頻繁に顔を拭いつつ、うちわを抱えて人々の間を行き来していたが、受け取る人は驚くほど少なかった。
 男の動作が緩慢なせいだろう。通行人の歩行テンポとまったく噛み合っていない。季節柄、貰い手は多そうに思えるが一向にダンボールの中の在庫が減る様子がなかった。
 最初はただ眺めていた悠も、しだいに男が気の毒に思えてきた。容赦ない陽射しを浴びながら、たった一人で成果も出ず評価もされない仕事を延々と続けている男が、何となく他人に思えなくなってきたのだ。
うちわなら別にあっても困らないし、ひとつ貰ってあげようか。
 そんな考えが頭をよぎり、数秒の逡巡ののちに悠は太陽の下で出ると、少し大回りをして通行人に紛れ込み、下を向いたまま何気ない素振りで男の前までやって来て差し出されたうちわをスッと受け取った。
 「ぁ・・・ます」
 ロクに声も出ていない。熱中症で倒れやしないだろうか。そこまでしてアルバイトをしなければならない事情は何だろうか。所詮は他人なのだから心配をしたところでどうなるものでもないが。
 そのまま人の波に乗って駅構内まで進み、柱に隠れるようにして貰ったうちわを確認すると、どうやら分譲マンションの広告のようだった。
白地に空撮写真。ある一箇所から光が立ち昇るようなCG加工がされており、帯には派手な黄色と赤の文字で派手派手しく、『モデルルーム公開中!』と書かれている。

 マンションか。と頭の中でつぶやくと、その時はそれ以上踏み込んで考えることはしなかった。
 マンション購入なんてイベントは、人生を前向きに積み重ねてきた人々のものだ。いい会社に勤めて、家族がいて、とにかくガッツがあって上昇志向がある人のもの。
孤独で惰性に生きる自分とは無縁のものだと、無意識に線を引いていた。
 そのときはまだ、そう思っていた。

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