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テレワーク7週目あたりの、ライフとワークの状況。

テレワークもWeek 7終了。

慣れないリモートワークが続く中で、この間の心境の変化などは結構大きいものでした。

極々私的な感慨になりますけど、順を追ってそれを書いて行きたいと思います。いかに上手くやるかはその道の達人に聞くのが一番かと思いますが、似た様な状況の方結構多いと思います。少し早めに始めた普通のサラリーマンの話が、幾ばくかでもヒントになれば幸甚です。

(写真はうちの裏の山から。テレワークなので歩かないとね。)

◆最初期

ワサワサと家に専用の場所を作ったり、それはそれで新しい事ですから楽しさもあり、色々関心を持って工夫などをする。仕事は、とりあえず流れていた業務の見直し、状況確認、進捗報告など。

2週目あたりになると、テレワークを本格導入する企業であれば皆そうだと思うんですが、総務的なシステムの変更などが相次ぎます。

また定例などの開催をどのツールでどの参加者で行うかなど、バタバタしているうちになんとか形がついてくる。

◆3週目あたりの”ライフ”側の状況

そろそろ仕事面ではきちんと稼働しないと、という頃、この辺で心持ちに色々転換点が出て来ました。

これまで、遠距離通勤者&休日遠距離介護だったので、後者は施設に入ってから漸く2週に一度くらいになったと思ったら、コロナで直ぐに面会禁止。一気に両方が無くなった。

妻の土地に移住して来て、最早4年なのですが、改めて色々見えてくる所がありました。ライフワークバランスをとる良い機会、と言えば聞こえはいい。ガツンと直面してゆく感じ。

そんな矢先、首都圏ベッドタウン地域の施設にいる親が、この時期に肺炎となったりもした。受け入れ病院を探して施設から移送、CTの後PCR検査へ。幸運な事に陰性で2週間後に何とか退院、また施設に移送と。かなり痺れる展開があったりもしましたが、これは非常時対応でむしろ慣れている。

一方、ランドセル背負って小学校に行くのを楽しみにしていた娘。

自分たちが知っている子供の暮らしを子供に経験させることができないのではないか等と将来の不安を感じつつ、自宅だけでは、これがなかなか大変。ビデオの授業のセットアップ等をしたり、場所作ったり。生活リズムを作っていくなどは主にツレがやっていて、偉そうな事はこちらは言えないんですが。

そのツレの、疲れのピーク、怒りのポイントなどを目の当たりにする。自分もこれまで限られた時間で、アイテム数としてはかなりやってるつもりでいたんですが、タスクを処理する様なモードのうちはダメだって事です。

本当は家庭を保つ連綿と続く努力を並走して行わなければならない。時間が限られるのを言い訳にして、今まで、やらないよりはいいんだろうけどさ、対して意味ないよ、くらいに思われていた事に気づく。

◆3週目あたりの”ワーク”側の変化

玄関で電子タバコ一服つけながら、いつまで続くのだろう、ではなくずっと続くなぁ。。。と。

私の場合、仕事はビジネスセクターで、今は出戻った会社の中の、とても小規模なビジネスの担当。平社員で専任は自分だけ(笑)工数を借りながらやってる独立採算の1人店長みたいなものです。

専門性、外部とのコネクション、現場作りの必要性などがあるので、そうなっているのですが、国内外、外部との直接コミュニケーションが多い。なので極めて厳しい状態です。仕事頼める状況に無いというか、憚られる様な地域も出て来ます。

一方、大半の事業部内のスタッフやライン業務の方々、簡単に言うと内勤の方は、大勢集まるテレコンで、水平分業の中変わらず業務進捗をやっている。

誤解を恐れず言うと、リモートワークに変わっただけで、大きな変更は、実はない部分が多い。これがクリアに明らかになってくる。全体止まれ、進めに合わせて動いてる。

中期的に構造を変えなくてはいけないというタイミングがいずれ来そうですが、少なくとも今しばらくは大きな船に乗っている。

経済も信用も萎んで行く中、この状況で何ができるだろう。自分の場合、状況次第で沙汰止みか。。。この状況で新しい目論見への投資などは更に厳しいだろうな。。。

家族とローンと。。。

等と、暗中模索になります。

◆4〜5週目あたり

毎晩ニュースを漁り、運動不足もあり、深酒もあり、フィジカル、メンタル共にやられてくるのがこの頃。

3月は仕事は当然フォーキャストからビハインド。ビジネス状況は4月に入って完全にサスペンドなのか、兆しがあるのか、時期的にも見えにくいあたりです。

そんな中で、以前のプランを進めて意味があるのかよと心の中で叫ぶ。進む訳もない進捗報告などにウンザリしてくる。

皆普通に振る舞いたいだけの茶番劇ではないかなんて思う。多くの仕事が冗長、というかシーケンシャルな点呼、報告みたいになって行く中、無力感と焦燥が出て来て、キツかった。世の状況も混迷を極める。

一方で家庭も疲れが出てくる。

ツレは至近の実家も使いながら、これまで柔軟にやって来た。こちらは全くそのままで構わなくて、食事などもツレは子合わせ。私は買い出しも含め朝昼は別々にやってます。

晩も娘の食事の支度もして貰った時に頂くくらいで全く構わない。そう伝えても、無理に整えて疲れて、細かな事で怒りが爆発、当たられる、という様な事が日々続く。

それなりに人集まる場所で飯など担当したり、長い一人暮らし、両親の介護で3年おさんどんやってたので、むしろ週に何度か作るくらいで居るのですが、私の飯は全く口に合わないそうで、やりようがない。

で、一時が万事で、娘の教育、世話、他のいろんな事を話そうとしても、言い出した途端。。。という事になる。

世にはコロナ離婚などという言葉が、言われ始めます。わかるなと。若い人で陥ると、これは結構チビしいかもしれません。。。

何しろキツイ時期でした。

◆そして6〜7周目

この頃、今まで積み上げて来たものが、引き続きワークするのかしないのか考え抜いたり、仮説を少し試して見たりと、ようやくプロアクティブな心が立ち上がって来ます。

コロナ禍前に頼んで居たことや、試して見たことの反応が、少し結果として見えくる。UKのアイツなら、興味を持って取り組んでくれる、このアーティストならフィットする、など目論んで、遠隔で行った事の反応が出てくる訳です。トンネルでかすかな希望の光を捉えた様な。

ほぼ同時に、連絡を取らなければと思って居た社外の人々から、逆に連絡が入り始めたりもする。

こういう状況が厳しい時は、むしろ以心伝心の様な事が起こる様です。互いにピンとくる。

で、もう一つ。4月のビジネスの動きが見え始めました。幸い、自分の領域は指標的には状況的にむしろ良いくらいだった。逆にズタボロでも、見えれば次を考えられる。

ここにきて、改めて振り返った時に、漸く今までの延長の中で、出来て居ない事や未整備の事がはっきり見えてきます。加えて、この状況下で新たにやるべき事も見える。

味気ないテレコンも、ブレスト、プランニング等、仕事で大事な人達と作ってゆく作業が増えてきて、漸く新しい形で、リスタート出来た気持ちです。

そして家族ですが、後から入った方が引く、メンタルの余裕がある方が引く。それしかないです(笑

ツレも自分のやってきた形から外れると直ぐには修正が効かない。世間の見られ方、フェミニズム的な考え、色々あります。自分が想定し、外にもそう言ってきた環境や壁を、急激に変える事は出来ないんです。きっと厨房の調理具、調味料などの配置を、勝手に大きく変えられたら困る様に。

娘のメンタルの健康の為にも、今は、ゆっくり不肖の私を、繰り入れていく過程に伴走して一つ一つ対応していく。そんな気持ちになっています。

◆終わりに

焦りは禁物で、やはり変化には時間が必要になる。

でもビジネスも、変化点が見え始めて、プロアクティブになれるタイミングが、いずれ必ずやってくる。そうすれば、リモートでも取り組みかたはいくらでもある。と思う。

そして家族は、並走するもの。仕事で稼ぐのは、全く偉くないんです。本当にね。とは言え一つの役割として、これは稼がなならんのですがね(笑

長くなりました。この辺で。




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