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恋の至近弾【6/8】恋の至近弾
(前のエピソード)
恋の至近弾【5/8】カサノバの夕べ(後編)
村山信太郎です。相羽と同じ会社に勤めておりまして、同期です。たぶん、彼は私の話もしたのではないでしょうか?
「おお、あのストイックな」
「相羽さんは、あなたをやたらとライバル視していましたね」
正直、彼とは同僚だから最低限の付き合いをしているに過ぎません。友人と呼べるほど仲良くないのが正直なところです。あまり人としても、好きではありませんし。
別に私は女嫌いというわけではないのですが、相羽とは対極の趣味を持っております。あいつは女なら誰でもいい感じじゃないですか。
「わはは」
「あはは」
私は逆に美しい女性が好きなのです。とても好きなのです。
「そんなに力説されなくても」
「それはみんな、同じでしょ?」
美しい女性を好きなのは、ほとんどの男性がそうだと思いますが、実際につき合ったり、結婚したりする人は、そう多くありません。みんなほどほどのところで妥協しているじゃないですか。
「かなり上から目線のお言葉ですね」
「そりゃあ、美人の割合や絶対数には限りがあるからな」
偉そうに申し上げて恐縮ですが、私は本当に面食いなのです。美人でないと、恋愛の対象になりません。これは持って生まれた私の性(さが)としか言いようがありません。
「なるほど。ちょっとテストしようか。そこの写真の束を持ってきて」
「これですか?」
「そうそう。村山さん、女性の写真が十枚あるんで、これを二つに分けてもらえますか。あなたの基準で、美人かそうじゃないかで。正直ベースで頼みます」
はい。うーん。こんな感じでいかがでしょう?
「はーっ?美人はたったの二枚ですか?美人じゃない方に私なら全然OKの写真も結構ありますよ・・・・・・あれ、師匠、なぜ落ち込んでいらっしゃるのですか?」
「実は、うちのカミさんの写真を混ぜていた。えーっ、美人だと言ってくれると思ったのに」
「ははは。どれです?奥さんの写真って」
「馬鹿。誰が教えるか」
「それにしても、村山さんの基準は厳しいですね。選んだ二枚は確かに美人ですけど、こんなレベルの人、めったに会えないですよ」
私がややこしいのは、こういう美しい女性たちにも中途半端にモテるところなのです。
「中途半端?」
向こうも私に感心を持ってくれることが多いのですが、なかなかうまいこと結ばれません。結局、この歳まで独身できてしまいました。
「では、お聞きしましょうか」
はい。幼稚園の頃から、私は可愛い子が好きでした。初恋は今でも覚えていますが、銀行員の娘でヤスコちゃんといいました。クレヨンでその子の似顔絵を描き、机の前に飾っておいたら、母親から思いっきり馬鹿にされたのを覚えています。
「ははは」
小学校三年の時にはラブレターをもらったこともあります。クラスで一番可愛い子で、ミホちゃんでした。
「きたぞ。プチ自慢」
「すごいですね」
小学校、中学校と、異性を意識しても、なかなかつき合うところまでいかないじゃないですか。せいぜいが中学の時に男女のグループでどこかへ遊びに行くところ止まりでした。
「ういういしいですね。何だか、すごく新鮮に感じます」
「前の二人が強烈だったからな」
高校に入学してすぐ、初めての彼女ができました。私と同じ演劇部にいた翔子でした。これが、その写真です。
「うそっ!ええーっ?」
「超可愛いじゃないですか・・・・・・これ、アイドルですよ」
まわりにうらやまれるようなカップルだったのですが、ある日つまらないことで喧嘩して、彼女を泣かせてしまいました。
「ありがちですね」
「若い頃は、引くことを知らんからね」
私としては、しばらく放っておくだけのつもりだったのですが、彼女は私に振られたと思ったようでした。
「ふむふむ」
ある日の放課後に翔子の友達から呼び出しを受け、彼女が別の男とつき合うようになったと言われました。別にその友達がお節介を焼いたわけではなく、翔子から私へ伝えるようにと頼まれたそうでした。
「あった、あった、そういうの」
「君も経験者か」
私は突然、目の前が真っ暗になりました。この世で一番大切な物を失ったような気がしたのです。私はいても立ってもいられず、翔子を校舎裏に呼び出しました。
「わかります、わかります」
ところが、待ち合わせ場所に来た翔子は、私の顔をまるで見知らぬ人のように見るのでした。
「そう、女性って、そうですよね。豹変するの」
「こら、盛り上がらずに、ちゃんと話を聞け」
「すみません。続けてください」
私は冷たくしつづけたことを詫び、翔子へ真剣に愛を打ちあけました。でも、彼女の目は冷たいままでした。そこにあったのは私に対する怒りではなく、無関心でありました。
全くとりつく島がなく、駅まで一緒に帰ろうとの誘いすら拒絶され、翔子は振り返りもせずにその場を去っていきました。私は完全にふられたのです。まるで、心臓に短刀を刺されたようなショックを受けました。
「わかりますよ、その話」
「ちょっと可哀想だな」
話はそこで終わりません。ここから私の試練が始まったのです。
「と、言いますと?」
ふられた翌朝の話です。電車通学だったのですが、学校の最寄り駅で改札を出たところに彼女がいました。翔子は自転車通学だったのになぜか駅にいたのです。一瞬、私は期待しました。昨日は言い過ぎたと私に謝りに来てくれたのかと考えたのです。
私は立ち止まり、彼女に笑顔を向けました。すると、翔子はちらっとこちらを見ましたが、プイと視線をそらしました。そして私の後ろを見ると、満面の笑顔で手を振るではないですか。
振り返ると、そこには新しくつきあい始めた男がいました。翔子は、彼を迎えに来ていたのです。二人は寄り添うと、仲良く通学して行きました。私は呆然と彼女たちを見送りました。
それから二年と七ヶ月、卒業式までずっと、雨の日も風の日も翔子は彼を迎えに来ていました。私は彼女のそんな姿を毎朝目にしてから登校することになりました。手をつないでいたり、雨の日は相合い傘だったり、自転車に二人乗りしていたり、さまざまな姿を見せつけられました。まだ翔子に未練が残る私にとって、高校時代はまさに苦難と屈辱の毎日でありました。
「きついですね」
「まるで修行だ」
翔子たちカップルの進展具合はどこから漏れるのか、何人かを経由して私の耳にも入ってきました。彼女たちが同性の友達に話した内容が「ここだけの話」と次々にまわってきたのでしょう。
ある日、あいつらは最後まで行ったらしいという話が伝わってきました。翌朝、私は駅で翔子の暗い顔、傷ついた顔を期待して改札の外を見ましたが、結果は逆でした。そこには満ち足りた表情の彼女がいたのです。そのままホームに戻って、線路に飛び込もうかと考えたことを覚えています。
「あぶない、あぶない」
「よかったですね、早まらなくて」
まあ、この時期に精神を鍛えられたので、後々のできごとにも耐えられたのだと思います。今ではいい思い出です・・・・・・と言いたいところですが、やはり今思い返しても、あまりいい気持ちはしません。ひどいですよね。
高校を卒業して、まもなく二人が別れたという話を聞きました。翔子が彼に捨てられたようでした。しばらくして、彼女から「元気?よかったら、会いましょう」と手紙が来ましたが、さすがにそれには返事せず放っておきました。大学も別ですし、その後は翔子がどうなったか知りません。
「それは正解だ。そういう時にホイホイと、また戻っていく馬鹿男は少なくない。おまえ、プライドないのか?と言いたくなるよな」
「戻っても絶対うまくいかないですよね。また同じ目に遭うことは間違いないのに」
冒頭に申し上げましたが、どう考えても私はモテる方だと思うのです。結構、いろいろなところで女性に見つめられたり、アプローチを受けたりします。しかも、結構きれいな人からです。
「いいじゃないですか」
「うらやましい」
ところが、その後が、なかなかうまくいかないのです。大学時代、最初に好きになった女性はサークルのイベントで知り合った他校の子、恵美でした。とても可愛い子でしたが、ドタキャン&遅刻魔でありました。
デートをすると楽しいのですが、なかなかそこに行き着けません。約束をしても、直前に何かの用事が入っただの、病気だのと、よくキャンセルの電話が入りました。運良く約束が実行された時も、時間通りに現れた試しがありません。一時間や二時間、平気で人を待たせました。
「一時間や二時間って・・・・・・」
早々につき合ってと言って関係を固めればよかったのかもしれませんが、そうやってキャンセルだの、ド遅刻だのやられると、どうにも気分が高まりません。結局、耐えきれなくなって連絡を取るのをやめました。自然消滅です。
「それも、よかったと思いますよ。そういうのは一生直らないですからね。たぶん、同性の友人にも同じことやっていますよ」
「相羽さんのところで見た通り、人に迷惑かける奴は、後々もっとたちの悪い奴から、えらい目に遭わされるんだけどな」
はい。風の便りに、そんなことを聞いております。で、続きですが、細かい出会いは省略して、大きめの話に絞ります。
大学三年の時にアメリカで一ヶ月ほどホームステイをしたのですが、そこで隣の家にステイしていた女の子、和美と仲良くなりました。もちろん日本人ですが、日本で住んでいたところが大きな問題でした。
「と言うと?」
新幹線に乗っても東京から四時間以上かかる街に住んでいたのです。日本へ戻ってから、私はあちらへ出かけ、向こうも東京へ来たりしましたが、やはり関係を深めるのは難しかったです。
和美とは社会人になってからも交流を保ち、出張のついでに足を伸ばしたりもしました。しかし、会うのが数ヶ月に一回だと、相手の変化が如実にわかりますね。
「しばらく会わなかった親戚の子が、やけに大きくなったなと感じるようなものですかね?」
いい意味ではなくて、むしろ歳を取ったなとか、気持ちが冷めているなとか悪い方の気づきが多かったです。
「で、その彼女とはつき合うところまで行ったのですか?」
遠距離恋愛と言いたいところですが、そこまで行っていません。可愛い子だし、決して悪い子ではないのですが、さっきの話と同様にやはり気持ちが高まりませんでした。結局、私から愛の告白をすることもなく、唐突に和美との交流は終わりました。
「どうしたんですか?」
彼女から手紙が来まして、地元でつき合う男性ができたので、もう会えないと言ってきたのです。関係をはっきりさせなかった私も悪かったので、当然だと思います。
「最初は遠くから訪ねてくれた友達モードで会うんだろうけどな。回数を重ねると、これってどういう間柄なのか?と、女性の方は気になるんだよね。近くに住んでいたら友人関係も成り立つんだろうけど、遠くから行ったり来たりするのは、お互いエネルギーも使うし」
ただ、もし和美が東京近郊に住んでいたら、間違いなくつき合っていた気はします。今だったら携帯電話もメールもありますから、距離があっても、それなりの頻度で連絡を取れます。でも、その頃は電話と手紙しかありませんでした。とてもいい子だったので、残念です。
「しょうがないですね。そういうのは」
「最初の一回か二回で勝負をつけないと、無理だわ。まあ、それでも長距離恋愛で関係を保つのは難しいけど」
それから、そんなに時間がたたないうちに次の出会いがありました。今度は本格的です。合コンで知り合った女の子と意気投合し、これは真剣につき合いました。彼女の名前は慶子です。
「なるほど」
「いいですね」
慶子はピアノスクールの教師でした。私は映画や読書が好きなのですが、彼女とはとても趣味が合いました。話していると、時を忘れるほど盛り上がるのです。彼女は私のアパートへよく来るようになりました。
週の半分はピアノレッスンのため自宅に戻りますが、残りの日は私の家に来て料理を作ってくれて、泊まっていったりもしました。
まさにバラ色の日々です。当然、私は慶子と結婚する気でおりました。
「ほう」
「それから?」
ある土曜日の朝です。前夜私の部屋に泊まった慶子は、帰り際に話があると言いました。玄関先で、じっと私の顔を見つめています。私は笑顔で「何だい?」と尋ねました。
すると慶子は言いました。別の男と結婚することに決めたので、もう来れないと。
私はしばらく意味がわからず、ポカンとなりました。だって前の晩もいつも通り、夕食を作ってくれて、その後も・・・・・・。
「えーっ?」
「なんで?」
慶子には親に無理矢理決められた許嫁がいたのでした。彼は慶子にぞっこんで、あまり気乗りしない慶子を追いかけまわしていたそうです。私と知り合った頃、慶子はその許嫁から逃げ回っていたところでした。
「そうだったんだ」
ところが、何かのきっかけで許嫁ともしだいに仲良くなったそうです。週の半分、私と会えなかったのは仕事が理由でなく、彼と会ったり、あちらの家に泊まっていたのです。
「えーっ?」
「えーっ?」
慶子なりに考えた結果、やはり親の言うとおり、許嫁と結婚することに決めたとのことでした。もちろん、泣きながらの告白と謝罪でしたけど、こちらはたまりません。
「そりゃそうですよね」
男としての魅力、財力、将来性・・・・・・何が決め手となったのかは不明です。私にわかることは慶子が私でなく、向こうの男を選んだことだけでした。この部屋で一緒に夕飯を食べ、一緒に寝た彼女がたった今、私を捨てると宣言したのです。
「ひどいな、そりゃ」
「信じられませんね」
慶子は玄関で「お世話になりました!」と深々と頭を下げ、去っていきました。その後は一度も会っていません。
部屋に残された私は茫然自失の状態でした。わけがわかりません。なぜ自分がこんな目に遭わないといけないのか。いったい誰に迷惑をかけたというのか。
その後、しばらくは人間不信に陥りました。慶子にはすっかり自分をさらけ出していたため、神経の深いところまでズタズタにされてしまいました。もうこんなことは耐えられません。私は女性とつき合うことが怖くなりました。
「しかし、想像を絶する女性がいるものですね」
「まあ、何かの予兆というか、おかしいところは必ずあったはずだけどな。村山さんはあえてそこに目をつぶっていたのだろう」
よくおわかりになりますね。後から思い返すと、いろいろ不審な点はありました。そんな日や時間にピアノレッスンなどあるはずないのに、妙に帰りたがったこととか。だけど、もう終わった話です。私は強く生きて行こうと決意しました。
「前向きですね」
「がんばれ」
それからも、私はなぜか美しい女性とよく出合うのですが、なかなかすんなりといかないのです。
「贅沢な悩みだな」
「感じ悪いですね」
そうおっしゃらないでください。私も大変なのですから。たとえば、寄ってくるのでこちらも近づこうとすると、逃げる子がいました。どうやっても距離が縮まらないのです。
「押して、引いては恋愛の基本じゃないか」
「そうですよね」
私の腕が悪いのか、そもそも運命的に結ばれないのか、どうにもタイミングが合いません。ましてや、それが会社の子だったりすると、あんまり変なこともできません。面倒くさいのでもういいやと投げ出すと、その子は別の男とつき合い始めたりするのです。何回もありました。自分で言うのも何ですが、過去のパターンとよく似ています。
「なるほど」
無事に食事まで誘えたと喜んでいたら、まるっきり話が合わない子もいました。私は読書と映画をこよなく愛し、美術館に行くのも大好きです。基本的に一人でも生きていけるタイプなのです。
「おおーっ、前の二人と違うな」
「相羽さんから悪口言われていましたけど、むしろ、そっちの方が健全ですよね」
いくら可愛くても、そういう文化的な趣味が全くなくて、土日になると必ず朝からサーフィンに行っているとか言われると、話が合うはずがありません。私もそっち方面のスポーツにはまるで興味がないですし。これは駄目でした。
「まあね」
晩飯に連れ出したはいいのですが、今日は自宅の最寄り駅まで車で来ているので、飲めないと言う子がいました。
「そういうことって、あるんじゃないですか?」
前の会社の飲み会で、彼女が酒を飲めるのは確認済でした。当日誘ったのであれば、そりゃあ、たまたま車で来ている時もあるでしょう。だけど、一週間も前に約束していたのですよ。予約した店は、彼女が好きだと言った種類の酒を売り物にしているところで、しかも彼女に予告済でした。前の飲み会同様に車を家に置いてくるのが筋じゃないですか?そんなに遅くまで引き止めるつもりもなかったし。もちろん、飲酒運転をやれとは言いませんので、そこはお間違えのないよう。
「それはわかりますけど」
「だんだんエキサイトしてきたな」
ウーロン茶を飲む彼女を前に一人で酒を飲みましたが、そんなの楽しいわけありません。私はすっかり意気消沈してしまいました。これは失礼でしょう。人として、最低限の心遣いはわきまえて欲しいものです。
「普通に考えれば、村山さんを警戒していたということかな?」
「そんなに好きじゃなかったけど、行きがかり上、やむなく食事に行ったとか」
はっきりおっしゃいますね。それだったら、わかりやすいんですよ。でも、その店では彼女はニコニコとよく喋り、翌日もお礼と「また、連れて行ってください」のメールが来ましたし。
「まあ、次は車を置いてきてねと言えば、いいんじゃないの?」
「そうですよね」
その通りです。わたしもそう言いましたし、彼女も了解と返事をくれました。で、もう一回誘ったわけですが、次の時もやっぱり彼女は駅まで車で来ました。
「ええっ?」
「事前に連絡はなかったの?」
ありません。やはり酒が売り物の店でウーロン茶を飲みながら、誰かと飲みに行って楽しかっただの、ここの酒が飲めなくて残念などと、しゃーしゃーと言うのです。
私はギブアップしました。
「うわっ、めんどくさ!」
「一度ならともかく、二度続けてやられると、悪意を感じてしまいますね」
二人で食事に行くと、尋ねもしないのに、前の彼氏の話をする子がいました。そういうのを聞きたがる男もいますが、私はまっぴらごめんです。別に私と知り合う前にどうしていようが関係ないのですが、そんな話は聞きたくないのです。
「私もそれは嫌ですね」
「あんまり喜ぶ男はいないんじゃないの?」
「いえ、結構、根掘り葉掘り聞きたがる馬鹿は多いみたいですよ」
「後々のトラブルの種になるんだけどな、そういうの」
元彼の話は悪口でも気分悪いですし、楽しかっただの面白かっただの言われると、ここに君といる俺は何?と言いたくなります。早々にしらけてしまいました。
「ははは」
子供嫌いを公言する子がいました。ちなみに私は大好きです。絶対に子供なんか欲しくないと言う人と結婚できるはずがありません。
「結婚したら、結構変わるもんだぞ」
「よくそう言いますよね」
そうかもしれません。でも、そうじゃないかもしれないじゃないですか。リスクは冒せません。子供嫌いと聞いた瞬間に気持ちが冷めてしまいました。
「まあね」
猫嫌いの子がいました。別に犬が好きでもいいですよ。でも、猫が嫌いと言われると、飼っている私の立つ瀬がありません。結婚したら、うちの可愛いニャンコを処刑しろとでも言うのでしょうか?それ以前に私のアパートへ来れないじゃないですか。生きた猫がいらっしゃいと、お出迎えするんですよ。
「ははは」
「村山さん、一人暮らしで猫を飼っているんですね」
「まあ、猫アレルギーの女性がつらいのは確かかも」
煙草を吸う子と飲みに行ったことは何回もあります。私自身が吸わないせいだと思いますけど、そういう女性たちとは、なかなか関係が深まりません。
私は煙草の臭いを好きではありませんが、ヒステリックな嫌煙論者たちとは一線を引いているつもりです。吸いたい奴には吸わせて、たっぷり税金を払ってもらえばいいのです。煙草は人類の文化ですから、やみくもに禁止しろとは言いません。まあ、ポイ捨てと歩き煙草は厳罰に処するべきだと思いますけど。
ただ、交際相手となりそうな女性となると話は別です。喫煙者と非喫煙者では、時間の使い方がまるで違います。相手がふーっと煙を吐き出している姿をぽけーっと見ていると、何だか自分が間抜けに思えてきます。
「わかる気はします」
「煙草なんてやめちまえって、言えばいいじゃない」
よくそう言われますが、それってつき合っている男の言うことですよね?時間の使い方があれだけ違うと、そこまで距離が縮まらないのです。
「まあ確かに煙草を吸う女と吸わない男は、くっつきにくいかもしれないな」
「その逆は普通ですけどね」
「そういう意味で、喫煙者の女性は、恋愛対象となる男の数を知らないうちに絞り込んでいるわけだな」
異常なまでに食べ物の好き嫌いが激しい子も何人かいました。肉が駄目な子、おまえは高野山の坊主か?と訊きたくなりました。あえて譲歩すれば、鶏肉が食べられないとか豚肉が苦手とか特定の肉がNGなのはまだいいです。だけど、肉全部が食べられないってことは、きっと肉料理もできないですよね。自分の食生活にも不安を感じますが、結婚したら何より子供が可哀想です。妙な偏食の子に育てたくないじゃないですか。
「確かに食べ過ぎは論外だけど、日本人はある程度、肉を食べないといかんのよ。長生きしている人はみんな食べている」
「菜食主義者って、老け込むのが早いらしいですね」
「人間は万生万物の命をいただいて生きているのだ。感謝して、何でもちゃんと食べないと」
生魚が全く駄目な子もいました。気持ちの上では、胸ぐらをつかんで「きさま、それでも日本人か!」と怒鳴りつけたくなりました。
「帝国軍人じゃあるまいし」
その他にも白米が食べられない奴、女性のくせにあんこやカスタードグリームが駄目だと言うとんでもない奴と、さまざまでした。ちなみに私は大の甘党です。
「白米はともかく、別に女性だから甘い物を食べなきゃいけないことはないですね」
「まあ、男女でいて、男だけ食べていると間抜けに見えるのは確かだけどね」
あと、必ず出された食事を残す子がいました。ご飯を一口だけ残す奴。
「それは結構いるな」
「私も嫌いです」
そういう時はおまえ、そのご飯はお百姓さんがどれだけ手間をかけて作ったものか、わかっているのか?と問い詰めたくなります。生理的に駄目です。
「我々も薄々思い始めたけど」
「村山さんご自身も、相当めんどくさい方みたいですね」
そうかもしれません。慶子の時で懲りていますので、もう一切の妥協はしないようにしているのです。
「しかも、美人じゃないといけないわけでしょ?」
「ハードル高いな」
それは持って生まれた宿命です。私の信条は「美人と過ごす一時間は、ブスと暮らす十年より尊い」というものであります。一切の妥協は行いません。相羽のように志の低い男とは一緒にしていただきたくないです。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
それだからこそ、あいつが美人の婚約者を連れて現れた時は驚愕しました。まあ、あいつの話はいいですね。もうお聞きになったでしょうから。
やはり私の場合、一番多いのは、近寄ってきた女性に実は彼氏がいたというパターンです。何度がっかりしたことか。
「よし奪ってやれとか、闘志わかないんですか?」
わきません。私の場合、ライバルがいると頑張ろうなんて思わず、それでしたらどうぞ、あちらに行ってくださいと身を引くタイプなのです。
「プライド高いですね」
「また、ハードル上がったな」
自分の望みが高いのはわかります。でも、私の場合、美人から相手にされないことはないのです。いろいろなところで、見知らぬ女性から見つめられることがよくあります。通勤電車の中ではべたっと体を寄せられることだって珍しくありません。
「まあ確かに、色気というか、女性が惹かれる人間的な魅力はあるんだろうね。そういうのは持って生まれたものだし」
「むしろ彼氏がいる女性の方が、相対的に村山さんの良さをわかるのかもしれませんよ」
ありがとうございます。でも、私の身にもなってください。数多くの美しい女性と知り合う機会が、しょっちゅうあるのです。それなのに、いざ近づくと、ドタキャン魔だったり、喫煙者だったり、偏食者だったり、子供や小動物が嫌いだったり、信じられないほど無神経だったり、彼氏がいたりする、めんどくさい連中ばかりなのです。こんなことってありですか?
恋の至近弾ばかりなのです。いろんな弾が私のまわりにブスブスと音を立てて突き刺さっていきます。でも、決して命中しないのです。私の胸を貫く運命の一弾が来ないのです。まさに生殺しじゃないですか。神様がいるとしたら、私をおもちゃにして笑っているのですか?と抗議したくなります。
「罰当たりな」
「まだ、たいした目に遭ってないやん。前の二人が聞いたら泣くよ」
命中弾が来ないまま、もう私もいい歳になりました。不思議なことに、私よりはるかに若い女の子たちが、まだ相手になってくれています。至近弾ですが、遊んでくれています。こんなこと、ひと昔前だったら考えられないでしょう。
「最近、年の差婚って多いみたいですよね」
「村山さんを見てごらん。相羽さんと同い年とは思えないほど若々しく見える」
「確かにそうですね」
私の誇りは、自分自身は散々ひどい目に遭ってきましたが、決して私から女の子をつらい目に遭わせたことはないということです。中途半端な気持ちでつき合って、放り出したりしたことは一度もありません。
「古風というか、いいことですよね」
「相羽さんに聞かせたい」
私だって人間ですし、男ですから、生理的欲求に悩ませられることはあります。その時は恥ずかしながら、そういう特殊な店に行って、ビジネスで処理するようにしております。素人の子と面倒なことになるよりは、金で解決した方がまだいいと思うからです。
「長い人生を考えたら、私もそっちの方が正解だと思います」
「女性からは決して理解されないだろうけどな。まあ、のめりこまないことと、絶対に他者へバレないことだけ気をつければ、いいんじゃないの。必要悪だよ。これは男にしかわからない」
ありがとうございます。そのへんには気をつけて、これまで通り、しっかり生きていきます。
「いいぞ」
「何だか、応援したくなってきました」
私が年老いて、最期を迎えた時の光景を想像します。目を開けると、横たわっているベッドのまわりに数多くの女性たちがいます。年齢はさまざまです。幼稚園児のヤスコ、小学生のミホ、高校生の翔子に大学生の和美。もちろん、社会人の慶子もいます。その他にもたくさん・・・・・・。みんな、私が知り合った頃のままの姿で見送りに来てくれています。
みんなはとても美しく、とても優しい笑顔です。私は彼女たちに「おかげで、とても楽しい人生だったよ。君たちのことを今も大好きだ。どうもありがとう」とお礼を言います。そして静かな笑みをたたえて、旅立って行こうと思います。
きっと彼女たちは泣いたりせずに、笑顔で「バイバイ、またね」と言ってくれるでしょう。
「それは天国と通じていますよね。相羽さんの逆だ」
「人間、最期はそうありたいな」
ひょっとして、このまま弾は当たらないかもしれません。女房も子供もできないかもしれません。でも、いいのです。代わりに私はこの人生で財産を作りました。それは数々の美しい想い出です。死ぬ時にあの世へ持って行ける、たった一つの宝です。
「いい話だな」
「もう達観されているんですかね?」
何をおっしゃいます。まだ、あきらめません。いつかは必ず命中弾が来ることを信じて、これからも強く生きていきます。神様が遊びたければ、いくらでも私で遊んでくれればいいのです。
「もう、めんどくさいな」
「ははは」
どうもありがとうございました。では、あちらへ戻ります。
「はい、お気をつけて」
「さて、まとめようか」
「お願いします」
「村山さんの場合は、まあ巡り合わせというか、仕方ないところもあるな」
「そういうもんですかね?」
「もともとの異常な面食いで、かつ結構めんどくさい人だろ?」
「ははは」
「もとからマーケットは狭いわけだ」
「そうですね」
「さらに相手の状態というか、タイミングもある。村山さんと知り合った時に彼氏がいたり、いなくても近づく気になれない時だってある。確率論で行くと、命中弾が炸裂する可能性は決して高いと言えない」
「人生は、やはり確率ですか?」
「そうとばかり言えないのが、また面倒なんだけど」
「前の二人の時と違って、師匠、歯切れが悪いですね。村山さんはこの先、うまくいくのでしょうか?」
「彼自身はめんどくさいけど、悪い男じゃないからな。まあ月並みだけど、心がけしだいじゃない?恋愛がうまくいかないからって、ふてくされるようになったら、徐々に暗黒面へ転がり落ちて行くだろう。そうじゃなくて不運に腐らず、誠実に生きていれば、それなりにいいことがあるものだ。人生の後半は、前半に貯めた預金の払い戻しがあるからね」
「なるほど。楽しみですね。前の相羽さんは逆に借金をしてしまったわけですね」
「今のところ、村山さんは悪い方に行っていない。まっすぐ生きている」
「やはり、高校時代の朝練が役に立ったんですかね?改札口の」
「ははは。多感な頃にはもっともきつい目に遭っているからな。そりゃ神経も太くなっただろう」
「彼は応援したくなりますね」
「めんどくさいけどね」
(この続きは)
恋の至近弾【7/8】愛しているのは誰ですか?
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