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なぜ? DV男と付き合ってしまう理由(カウンセリング小説 メンタルカフェ-SANA-)通読目安:15分

ここはメンタル・カフェ、SANA。
美味しいコーヒーと紅茶、心の健康をまで考えた食事を求めて、いろいろな人が通ってくる。

その中には、大小様々な悩みを抱えた人も。
店主の渋沢仁人(しぶさわ きみひと)は、今日もそんな人たちの話を聞き、解決へと導く・・・


「いらっしゃいませ」

午後2時過ぎ。

ランチの時間が過ぎ、店が静寂を取り戻したとき、店内の様子を確認するように、キョロキョロしながら入ってきた女性に、渋沢仁人(しぶさわ きみひと)は、穏やかなに声をかけた。

「こんにちは・・・」

「お好きな席にどうぞ」

「・・・」

女性はカウンター席に座ると、目の前に置かれたメニューに手を伸ばした。

歳は20代半ばから30ぐらいだろうか。
少々派手めのメイクと服装だが、下品ではなく、センスを感じる着こなし。
一見するとモテそうに見え、恋愛には不自由していないように見えるが、どこか寂しげな目をしている。

「あの・・・」

「お決まりですか?」

「えっと・・・
 パプリカ入りフルーツサラダと、バターコーヒーを・・・」

「かしこまりました」

「・・・」

「今日は、このあたりに用事で来られたんですか?」

「え・・・?
 あ、いえ・・・
 ちょっと疲れてて、気分転換にと思って、散歩に・・・」

「なるほど散歩に。
 散歩をいいですよね。
 手軽な気分転換になる」

「そうですね・・・」

「お疲れの理由は、お仕事関係ですか?
 それとも、他の何か・・・?」

「・・・ストレス・・・ですね」

「それであれば、こちらも一緒にどうぞ」

「これは・・・?」

「GABA入りチョコレートです。
 この分量なら、糖分の過剰摂取を気にすることなく、ストレス軽減に役立ちます」

「でも・・・」

「それはお店からです。
 うちは、メンタル・カフェですからね。
 お客様の心のケアをできるようなメニューに厳選しているんです。
 GABA入りチョコレートも、その一つ」

「・・・ありがとうございます・・・」

「いいんですよ。
 はい、パプリカ入りフルーツサラダ。
 それと、バターコーヒーです」

「美味しそう・・・
 いただきます」

「ごゆっくり」

「あ・・・ あの・・・」

「はい?」

「私、ちゃんとお店の名前見ずに入ってきたんですけど、メンタル・カフェって・・・?」

「ああ、うちは、メンタル・カフェ"SANA"といって、お客様に、ストレス軽減につながる食事やドリンクを提供したり、お悩みを聞いたりしながら、心を晴れやかにして帰っていただく・・・
 そんな店です」

「そうだったんですか・・・
 だから、普通のカフェとはちょっと違うメニューばかりなんですね。
 あの・・・ SANAっていうのは、どういう意味なんですか?」

「SANAは、ラテン語で健康や癒やしを意味する言葉です。
 英語だとヘルスになりますが、メンタルヘルスと言ってしまうと、なんだか病院みたいになってしまうので、SANAという名前にしたんです」

「へぇ・・・
 じゃあ、ここには、悩みを聞いてほしくてくる人もいる・・・?」

「ええ。
 カウンセリングやセラピーに行くにはちょっと、という方も、ここなら食事を楽しみながら、気軽に話すことができますからね。

 話をするだけでも、気持ちはスッキリしますし。
 私は以前、カウンセラーをやっていたのでね。
 だからほら、念のため、カウンセラー資格の証明書をそこに飾ってあるんです。

 私は、ここの店主の渋沢といいます。
 名前一緒でしょ? 証明書と(笑」

「あ・・・ それってそういうものだったんですか。
 私、あまり目が良くなくて、ちゃんと見えてなかったんですけど・・・
 カウンセラーさんだったんですね・・・」

「現役のカウンセラーではありませんけどね(笑
 今はカフェの店主・・・
 ・・・? どうしました?」

「・・・あの・・・」

「はい」

「私の話、聞いてもらうことできます・・・?」

「ええ、もちろん。
 カウンセリングで別料金、なんてことはないので、そこも安心していただければ」

「ふふ・・・ ありがとうございます・・・
 ・・・それでその・・・ 私の話なんですけど・・・
 あ、私、稲森っていいます・・・」

「稲森さんですね。
 それで、どんなお話ですか?」

「えっと・・・ 私・・・ 今の彼氏もそうなんですけど・・・
 暴力を振るうんです・・・
 昨日も・・・ 顔をぶたれて・・・
 メイクで隠してますけど、仕事休んだんです、アパレルショップなので、気になっちゃうので・・・」

「暴力を・・・ それは辛いですね・・・
 どんなことが理由で、暴力を振るわれるんですか?」

「今の彼は、ギャンブルで負けたり、仕事で嫌なことがあったりすると、すごいイライラする人で・・・
 私、話を聞こうってするんですけど、彼にはそれが、偉そうに感じるらしくて、それで・・・

 でも、じゃあ何もしないで放置しておいたほうがいいのかっていうと、それも違ってて・・・
 何も言わないと、おまえは何で俺の話を聞かないんだって言われて・・・」

「どちらにしても、暴力を振るわれるわけですね・・・」

「はい・・・」

「これまで付き合った人も、同じような理由で?」

「はい・・・
 まったく同じじゃないですけど、イライラすることがあると、そのときに・・・ あとは、私が会社の飲み会とか、友達とご飯に行くって言うと、俺を一人にして飲みに行くのかっていう人もいました・・・」

「行動も制限されてしまっていたわけですね」

「はい・・・
 彼氏だから、ある程度は分かるんですけど、男友達と二人で飲みに行くなとか、そういうのは・・・
 でも、女友達と行くのもダメって言われて・・・」

「最初に付き合った人から、そうでしたか?」

「最初に付きあったのは、高校生のときで、同級生だったから、暴力はなかったですけど・・・ 私が他の男子生徒と話してるだけで、あとですごく責められました・・・
多少の嫉妬なら分かるんですけど、すごい剣幕で言うから、怖かったです・・・」

「それが今は、暴力を振るう彼というわけですね。
 ・・・それで、そういう男性を好きになってしまう自分を変えたい・・・
 ということでしょうか?」

「そうなんです・・・
 以前付き合った彼氏とは、彼に、変わってほしい、暴力をやめてほしいって、そう思ったし、それを伝えたりもしました・・・
 でも収まらなくて・・・
 それで、前の前の彼氏と別れたあと、私を好きって言ってくれる男性と、付き合ってみたんです・・・ いつもは私から好きになるんですけど、そのときは違くて・・・」

「でも物足りなくて、すぐに別れてしまった?」

「・・・!
 そうです・・・!!
 その彼、私を大事にしてくれたんですけど、私はいつも、なんか違うって思ってて・・・
 嬉しくないわけじゃないんです、優しくされて・・・
 でも・・・ でも何か足りなくて・・・
 それで結局、二ヶ月もしないうちに別れて、その次が、今の彼で・・・」

「自分を大事にしてくれる人のことは、あまり好きになれず、自分に暴力を振るう男を好きになってしまう・・・

 ・・・失礼ですが、その暴力を振るう人たちは、過去も今も含めて、稲森さんにダメ出しとか、おまえはダメだ、みたいなことを言ったりするわりには、自分の行動は、けっこうだらしなかったりしませんか?
 自信満々に見えるけど、実際は何もしていないというか」

「・・・!
 ・・・はい・・・
 今の彼は、今勤めてる会社に不満があるらしくて、会社勤めは合わない、辞めて独立するって言ってますけど、独立に向けて何かをしてるわけでもなくて・・・

 でも私が、たとえばダイエットしようとしてて、ちょっと間食しようとしただけで、だからおまえはダメなんだって、すごい責められたりします・・・

 でも・・・ どうして分かったんですか?
 そんなこと・・・」

「そうやって、女性に暴力を振るう男は、自信があるように見せているから、魅力的に映ることがあります。
 特に、自分に自信がない女性からすると、この人すごい、となりやすい。

 でも実は、心の中ではビクビクしていたりする。
 でも自分は強いと思いたい。
 そこで、自信があるように振る舞い、女性を支配することで、自分の自尊心を保とうとしているんです。

 自尊心は、人に満たしてもらうわけじゃなく、自分で自分を受け入れ、肯定することで自然と生まれてくるものですが、それを付き合う女性で満たそうとするんです、そういった男は」

「行動を制限するのも、嫉妬とかっていうより、自信がないから、どこにも行かせずに、自分のそばに置いておこうってこと・・・ ですか・・・?」

「そうですね。
 外に出れば、魅力的な異性がいて、彼女が自分から離れていくかもしれないとか、自分が一人でいると不安になるから、彼女が友達と遊んで、楽しそうにしてるって思うと、自分が惨めに思えてくるからです。
 
 嫉妬は誰でも感じる感情ですが、普通の人でいう嫉妬の感情を越えていて、さらにそれを相手に押し付けてしまうところが厄介ですね」

「・・・確かに、今までの彼・・・
 今の彼もですけど、ああしろこうしろって、よく指示を出してくるし、私の意見はほとんど聞いてくれなくて、自分の意見を押し付けてくる感じで・・・ でも私、それはしょうがないかなって思って、辛いけど、受け入れてたんですけど・・・」

「しょうがないと思ってしまうのは、なぜなんでしょう?」

「え・・・?
 だって私・・・ そう言われてもしかたないぐらい、ダメだから・・・
 決めたこともできないし、仕事もがんばってるつもりなんですけど、ミスばっかりだし・・・
 
 だからせめて、外見だけでもって、メイクをがんばったりしてるんですけど、全然自信が持てなくて・・・
 だから、私のことを、ダメだって言ってくれる人は、私のことを分かってくれてて、それで叱ってくれるんだって思うんですけど・・・」

「なるほど・・・
 稲森さんは、自分のこと、ダメだって思ってるんですね」

「はい・・・
 だって、本当のことだし・・・」

「稲森さん、人間は誰でも、ダメなところはありますよ。
 私もそうです。
 だから、自分のダメな部分を、ダメって思うことは、何も悪くない。
 そう認識することはね。
だけどね、それで自分を責めてみたり、人に傷つけられて、それをしょうがないって思うのは違うんです」

「ダメなのは事実・・・ だけど・・・
 責められたり責めたりするのは違う・・・?」

「大切なのは、認識することです。
 自分にはこういうところがあるって。
 たとえば、一ヶ月で5キロ痩せるという目標を立てたとして、食事制限もすると決めたのに、始めて三日目に、間食をしてしまった。
 考えてみると、自分はいつもそうだな、と思ったとします。

 これは事実です。
 過去にダイエットを試みて、毎回三日目に間食をしてしまったなら、それは事実ということですよね」

「はい・・・」

「それに対して、自分てほんとにダメだな、やっぱり何も達成できない人間なんだ、そういえば前にもあんなことやこんなことが・・・
 だからダメなんだ、自分は・・・
 これは、事実ではなく、主観的な思い込みです。

 できない本当の理由は、目標設定の仕方が悪かったり、意志の力だけで何とかしようとしていたり、そういった別の理由であることはよくあります。

 ・・・この2つ、なんとなく、違い分かります?」

「はい・・・ なんとなく・・・」

「自分はダメだって思い込みを持っていると、つい自分を責めてしまったりするものです。

 イジメられていても、明らかに理不尽なことであるにも関わらず、自分はイジメられてもしょうがない、なぜならこんなにダメな人間だから、というふうに思ってしまう。

 でもね、本来、何か他人に対して、ものすごく嫌なことをしたとか、恨みを買うようなことをしたんでもない限り、イジメられてしょうがないなんて人はいないんです。
 
 その人の価値観から外れるからダメ出しをされるとか、殴られるとか、そんなことされてしょうがない人なんて、いないんですよ。
 だからそれで自分を責めるのは、自分がかわいそうですよ」

「・・・はい・・・」

「だからまず、そこを分けてみてください。
 自分はこういうところがダメだな、ということを認識することと、だから自分はダメだと、評価を下すこと。
 それは似ているようで、まったく別のものですから。

 さっきも言ったとおり、ダメな部分があるのは、誰でも同じです。
 そんな自分もいるって、素直に、評価を下さずに受け止めてあげてください。自分を慰めるように、そうだね、そういうところあるねって。

 加えて、自分はこういう良いところがあるっていうのも、見つけてみてください。必ずあるので。少し無理やりでもいいですし、こんなことでいいの? ってことでも大丈夫です。

 優しいとか、早寝早起きしてるとか、人の気持ちが分かるとか、何でもいいので。
ダメなところを、そのまま受け止めてあげることと、良い部分も見てあげること。
 それが、自分に対する思いやりですよ」

「思いやり・・・
 自分に対する思いやり・・・
 そんなこと、考えたこともなかったです・・・
 私はダメだから、そこを直さなきゃ認められない、価値がないって・・・ そんなふうに思っていたから・・・

 そうか私・・・
 事実かどうかは関係なく、自分はダメっていうことが、先にきてしまっていたんですね・・・
 自分はダメだと思い込んでいるから、それを証明するために、思い込みが事実だって思える理由を探していたんだ・・・」

「そうですね・・・
 苦しかったでしょう、本当に・・・」

「はい・・・
 ほんとに・・・ 辛くて・・・」

「稲森さん、少々、踏み込んだ質問をしてもいいですか?」

「え・・・? はい・・・」

「答えたくなかったら、答えなくてもいいですからね。

 今、稲森さんが言ったように、自動的に自分はダメと思ってしまう場合、そうなってしまった理由が、何かあるはずなんですが、思い当たることありますか?
 たとえば、子供のころのにこんなことがあったとか、子供のころの環境がこうだったとか」

「・・・そうですね・・・
 どれが理由に当たるのか、はっきりとはわからないんですけど・・・」

「ハッキリと分からなくてもいいですよ」

「えっと・・・
 私のお母さん、すごく厳しくて・・・
 普段はまだ、いいんですけど、お父さんと喧嘩して、イライラしてるときとか、私に対して、あんたのせいで私はこんなにイライラしなきゃならない、あんたがいなければ、私はもっと長く仕事ができたし、出世して、たくさん稼いで、もっといろいろなことができたのにって・・・
 何度も責められました・・・
 
 私は、何がなんだか分からなくて・・・
 でも私が悪いんだって、ごめんなさいって、ひたすら謝って・・・
 だってそうするしかないでしょ・・・?
 一人で生きられない子供に、選択肢なんてないんです・・・!

 辛かったけど・・・ でも、私はお母さんが必要としてくれる、そんな自分でいようって・・・ そうなろうって努力して・・・
 でも・・・ どんなにがんばっても、一度も褒めてもらえなくて・・・
 う・・・ うう・・・」

「苦しいこと話してくれて、ありがとうございます、稲森さん。
 本当に、辛い子供時代を過ごされたんですね・・・
 お母さんにとって大切な存在になりたくて、一生懸命がんばってきたんですね・・・」

「はい・・・」

「稲森さんは、あなたはきっと、そうやってがんばったけど、認めてもらえなかったから、そんな自分はダメな自分と、そう思い込むようになって、自分に対する思いやりを忘れてしまった・・・

 そして、必要とされなかったことが辛くて、今、それが嘘だと、どこかで分かっていても、君が必要だと言って近づいてくるような男に、心が自動的に好意を持ってしまう、必要っていう言葉が、カチっとスイッチを入れるように。

 そして、今度こそ必要とされてる・・・
 そんなふうに思って、そういった男に引き寄せられてしまうんでしょう・・・」

「・・・私が・・・
 自分から選んでしまっているんですね・・・ 確かに渋沢さんが言ったように、分かってるんです・・・ 必要って言ってくれても、たぶんまた、前と同じになるって・・・
 だけど・・・ だけど・・・
 必要なんだって、そばにいてほしいって言われると、つい嬉しくなってしまって・・・」

「そうですよね・・・
 それは心の反応だから、今の時点ではどうしようもないかもしれません。
 だけど、自分に対する思いやりを持つことは、今日からでもできることです。

 まずは、思いやりを持ってみてはどうでしょう?
 暴力を振るうような男に惹かれてしまう場合、自分が自分を大事に思っていないから、粗末に接してくるような男を、自分で選んでしまうということがあります。
 そうならないようにするには、自分に対する思いやりを持って、自分を大事にすることが、まず第一にすることです。

 ダメなところがあるって分かっても、そのまま受け止めてあげてください。
 自分で自分を慰めるように、辛かったねって、我慢してきたことを全部、聞いてあげるといいですよ。子供のころの自分と、今の自分と」

「自分の声を聞く・・・?」

「そうです。

 二つの椅子を置いて、たとえば右側に、話をひらすら聞く自分を置いて、左側に、子供のころの自分を置いて、子供のころの自分の感じたこと、こうしてほしかったとか、何が辛かったとか、当時は言えなかったこと、我慢してしまったことを、全部聞いてあげるんです。

 頭の中でできるならそれでもいいし、実際に二つの椅子を置いて、交互に座って、話す、聞くってしてみてもいいです。
 大事なのは、自分の秘めた思い、我慢してきた思いを聞いてあげることです。

 そして全部聞き終わったら、子供の自分を抱きしめてあげてください。自分で自分を抱くようにしてもいいし、想像の中で抱きしめてもいい。泣いている、幼い自分を、辛かったね、もう大丈夫だよって。

 繰り返しになりますけど、ダメな部分という事実があったからって、粗末に扱われてもしょうがないなんてこと、ないですからね」

「はい・・・
 ありがとうございます・・・
 私・・・」

「はい、これ」

「これは・・・?」

「メンタル・カフェSANA、特性ミルクココア。
 飲むと落ち着きますから。
 お店からなので、遠慮なく飲んでください」

「すみません・・・
 本当に・・・ 話まで聞いてもらって、こんなことまで・・・」

「いいんですよ。
 それがこのカフェ、メンタル・カフェSANAなんですからね」


自分で自分を大切にする。
自分に対する思いやりを持つ。

つい自分を責めてしまう。
もしあなたに、そんな癖があるなら、どうか自分に対する思いやりを持ってください。

粗末に扱われて当たり前の人なんて、いないのですから。


みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。