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ブランコが境界線を教えてくれたように(創作大賞感想)

傷みをまっすぐてらいもなく書ける人に
憧れがある。

じぶんの何処が痛いのかちゃんと見つめることで、もういちど痛んだじぶんを再現する
ことができる強さ。

わたしは北野赤いトマトさんの小説が
とてつもなく好きだ。

好きだという時の好きはいつもすこしずつ
アングルを変えてそこにいるけれど。

今回の作品はオムニバス小説としてずっと
ライフワークのように書き続けられているもの。

いつも「ドライブインなみま」がいい味を出している。

今回も冒頭から、その輪郭をあらわになかなかしてくれない。

その一筋縄ではいかない表現にも惹かれる。

迎合することのない表現。

それは詩に近いのかもしれないけれど。

恋愛小説を書くということは、詩を描くでもあり死を描くでもあると思っているわたしは、また彼女の「詩」に出会えたことがうれしい。

健康な土の上へ落ちた種みたいに胡座をかいて、不健康な煙突からあふれる煙みたいに紫煙を夜に蒔く姿は、野良だった。

「私」、東風さんはゆきずりの「野良」に恋をした。

ゆきずりではあったけれど、危ない状況から
救ってくれた東風さんは、恩人でもあった。

恋に落ちるまでを微分するように描写する。

その手触り、匂い空気感。

秒で起きたことがどれもが一過性であることを知っているのに永遠をまとっているようなアプローチで。

北野赤いトマトさんの小説には、瞳の中に映る景色を描写されるシーンにであうことがよくある。

描写といっても太い線で描いたそれではなく、とても極細の筆で息をつめるように描いた瞳の中の世界。

瞳の中がまるで大海原でもあるかのように繊細に波のひとつひとつまでも描いてゆくようなタッチ。

わたしたち読者はトマトさんの視線を通して「野良」に映る瞳の中の深く遠く清んでいた夜の景色を目撃する。

そこは薄い水膜が夜を反射してどこまでも深く遠く清んでいた。そして、水膜は枯れることも茂ることもなく絶妙なバランスを保ち、ゆらぎ、泣きそうなくらい美しかった。

もうこの描写だけで東風さんは「野良」さんに恋に落ちたのだと知る。

そして瞳の中を描写するとは、もう落ちてしまったことを意味する。そして恋は落ちてゆくものなのだとその落下する速度の儚さをも思う。

彼女がいちばん落ち着く都会の場所は、赤いブランコのあるところ。
落ち着くというよりは、「ヤなことの濃ゆさがだんだん薄まるから」らしい。

この小説のもうひとつの主役はこの赤いブランコだとわたしは思った。

遠く夜の灯りの下でも赤いブランコは、すぐにみつかる。

大きな海原をたゆたっているときも、北極星がみちしるべになってくれるように。

東風さんにとってブランコはいつの時代にあっても彼女にとっての北極星だったような気がするのだ。

ブランコは前に揺れると近い未来。
後ろに進むと遠い過去。

そして現在はいつも揺らいでいるみたいに。

彼女の今のゆらぎを表現するのに十分すぎるほど。
赤いブランコは、東風さんの心象を描いて
くれている気がする。

「野良」さんと「東風」さんはブランコに乗る。いや漕ぐ。船のように。

笑う声も話す声も遠くなったり近くなったり。
ゆれているぶらんこの上で、すこしずつ
ずれてゆく視線。

そのずれてゆく視線は出会っていなかった
季節を意味する。

かつて立ち漕ぎをしていた彼女は、その時に
あの境界柵を飛び越えていたことを懐かしく思い出す。

ブランコを彼女が漕ぐ時、それは「苦い淋しさが私の小さな体いっぱいにあふれそうに」なった時。

そしてブランコで境界柵の向こう側へ飛ぶ。

なにかの「境界」を超えたいときにブランコを漕ぐ。

なのに今はもう境界柵だって飛べないよと嘆く。

このつぶやきの中に、彼女が積み重ねてしまった時間を思うし、その時間の中には弱さに包んでしまわないと
乗り越えられなかった時間を思う。

ブランコ、ゆれる。
境界、ゆらぐ。
彼の名は平井奏大さん。かなたさん。

かなたさんは田舎暮らしをしていた時あまたの星を見てきた目をしている。

そして彼が見てきたその瞳の中に一瞬たゆたった星々のことを思い彼女はすこし悔しく思う。

清んだジェラシーだなって思う。
そしておなじように、彼女は星をみてみたいと思う。

野生の青々とした閃光が放つ逞しい辛辣も、人肌の柔和な温もりが放つ愛日の甘露も、どちらも深く知り得たうえでどちらも自らが放棄して独歩する、野良──

孤独を知りすぎた彼女は、不器用で素直になり切れないのに。

彼に「野良」を感じたあの日、そんな野良な心を抱えていたのは
じぶんだと知る東風さん。

ある日、彼女は孤独をいなして  
「境界」を超えられると感じる。

それはあの赤いブランコが、背中を押してくれたのだとわたしは思った。

人と出会うと臆病にもなるし、ままならないし。
ふてくされたくもなる時もあるけど。
今回東風さんは「境界線」を超えた。
そしてなにかを空のなかでつかんだのだと
思う。

今回もオムニバス小説として舞台になる
「ドライブインなみま」は
ほんとうにいい味出している。

最初から出演していないのに、じぶんの出番を知っているようにさりげなくそこにいる。

「地元にドライブインなみまって言う飯屋があって。そこのアジフライがもうっ最高でさあ。家族でよく行ってて、中華そばもオムライスもサンドイッチもおいしいけど、おれはやっぱアジフライ定食の一択。うまいねんて。とうかさんにも食べてもらいたいよ。」

東風さんはあのブランコに見守られあのブランコから卒業するように今度は、ドライブインなみまに見守られるのだと思った。

大丈夫、東風さんはなんどでも「境界線」を飛べるはずだから。








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