仕事③〜人生の分岐点〜

2017年4月、僕は入社4年目を迎えた。会社は構造改革を実行フェーズに移し、このあたりから株式市場への再上場を見越した守りと責めの両方をやっていくこととなる。再上場の理由は05年に他社による買収防衛策として日本では異例のMBOを行使しており、非上場になっていたからだ。そうした背景もあって当社には強固な資金基盤がなかった。もはやこれだけの大きな船をもう一度航海させるためには市場からの資金調達が必要だったわけである。そうした経緯で上場を目標としていた。
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この頃、僕は部署に1人ではなくなっていた。2つ下の後輩にあたる新入社員が同部署に来ていた。これまで2年以内で2人が去っていった部署によく懲りずにもう1人配属するなぁと正直驚いたが、絶対にもう繰り返したくはなかった。会社のためではない。なぜならそれは彼のためにもならないからだ。同期のいない自分にとって後輩との出会いは自分を成長させてくれる機会だった。結果的には現在も彼は大事な戦力としてこの部署を引っ張ってくれている。
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こうした配属の背景には反対の声もあったそうだ。人事からはもうあの部署には配属してもすぐ辞めると。だが当部署の本部長は常務執行役員だった。年齢的にも60を超え、当社の生え抜き社員から常務まで上り詰めた人の言うことはある程度通った。この常務が若手を育てるためには僕の下にも人がいないといけないと強引に進めてくれたようだ。僕もこの常務 佐野さん (仮名)に拾われた。
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佐野さんは恰幅のいい体に白髪と白ひげを蓄えたまるでカーネルサンダースのような容姿に関西人丸出しの男らしさとユーモアを合わせもった人だった。構造改革中の当社は社長も変わり、執行体制も外部から参入してきたTHE建て直し人みたいな優秀なメンバーで構成されていた。みんなトップの学歴を経て外資系コンサルや金融機関で経験を積んできた。まさに経営プロ集団の中では佐野さんだけが人間味を放っていた。
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佐野さんは実行推進側の人だ。いわゆる人を動かす側。経営は頭のいい人が揃っただけでは考える力ばかり膨らんでいく。でも実際には考えるだけではまったくの机上の空論。やはりそれを腹まで落とし込んで、組織を動かせるかどうかが重要なのである。そういう意味では佐野さんはうってつけだ。生え抜きの社員達はこの人に言われたら結局断れない。こういう役割が常務としての佐野さんだったのだ。
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僕が2014年入社時、プレゼンを経て部署に拾ってくれたのが佐野さんだ。「君はまだまだや。でも男一匹生まれてきたからには・・・」毎年数回の食事会ではそれが口癖だった。いつも認めてもらえないのだけど、その厳しさと温かさが心地よかった。僕が4年目になったとき勇気を出して2人で飲みにいきませんか?とメールをしてみた。そしたら「ええで。」と。銀座ではじめて2人で飯を食った。
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その時、僕は話したいこととかこれからどうしたい、とか色々考えていた。でもいざ乾杯すると、常務の人生の話だった。これまで勝ち続けてきたと思っていた男が降格を味わったり、左遷で海外へ飛ばされたり、まさに順風満帆ではない人生だった。そんな人が「でも男一匹生まれてきたからにはな、やり遂げるんや」と。その背景を知って今まで聞いてきた言葉の意味が変わった。
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そして僕はこの時、なんとなく悟った。この人がもう人生のリタイアに入ろうとしていることを。上場後に身を引くつもりだと察した。もちろん再上場はこの人が億万長者になることも意味している。食事の終盤で常務から言われた。「君はまだまだや。でもいずれ俺に感謝することになるで。」「どういう意味ですか?」「今は言われへんけどな。いずれ分かるで。」そう言って解散した。この言葉の真意はそれから半年後に分かることになる。
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半年経ったある日突然、人事からメールがきた。内容は社長との面会。社長?なにかやらかしたのか、でも心当たりはない。緊張とある種の興奮を感じながら当日がやってきた。目の前には本物の社長だ。意外と冷静に哲学を語った。その時に聞かされたことだが、佐野さんは以前から若手で優秀な奴がいると名前を広めてくれていたらしい。そして挑戦させたいとも。
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この面談の目的が何だったのかは分からない。人間性を見極められたのか、やはりまだ粗かったのか。いずれにせよ面談の後、海外赴任の発令を受ける。会社で海外事業なんてまだやってたのか、くらい子会社清算が続いていたので驚いた。国は台湾だった。現地に日本人はいないとのこと。不安もあったが、佐野さんの粋な計らいを受け入れることにした。
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2018年6月、僕は台湾に赴任する。その年の9月、会社は計画通り13年ぶりに一部上場を果たす。佐野さんは予想通り、常務を勇退し、会社を去っていった。
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佐野さんが退職するとき外国から思いを馳せた。人生には分岐点となる出会いがある。そこには運も大きく関わるが、僕の場合は常務との出会いだったと思う。人生には誰しも報われない時間がある。その長さは様々で最後まで報われずに終わる人もいる。でもコツコツ続けていれば見てくれている人もいるということを知った。人生でそうゆうチャンスにはそう巡り合えない。それを無駄にしないこと。
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佐野さん。男の生き様、忘れませんよ。
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