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終のすみかの乙女たち 「収納」

「洋服はこの引き出しロッカーに入るだけにしてください」
引き出しはベッドの下の二つの引き出しと、小さなロッカーのみ。
ここに洋服も下着も全部入れるってこと?
そんなこと聞いてない。息子ふたりともそんなことそんなこと言ってなかった。
それとも聞いたけど私が忘れてるだけ?
でも、聞いてないって息子たちに言ったら、またボケが進んだって言われる。
「入りきらない分は、このスーツケースごと、部屋に置いてていいかしら?」
百合子は、持って来た4つの大きなスーツケースを指さした。
「それは困ります。一応ここの決まりなので」
「おそらく入りきらないと思うのよ。この部屋の隅に置けば邪魔にならなでしょ」
6畳ほどの一人部屋には、介護用ベッドがあるため、スペースも少ない。
「今、使わないものは、ご家族に持って帰ってもらって、必要な時に持って来てもらってください」
事務の職員は淡々と答えた。

ふたりの息子は忙しい。
ここに決めてから入所するまでも、まるで普段の仕事みたいにパッパと段取って、それぞれの生活に帰って行った。
長男だけは、今朝電話をくれた。
「実家の掃除はちゃんとしておくから。タクシーも呼んでおいたから、あとは運転手さんに荷物預けて向かって。週末には面会に行くよ」
うん、わかった。ありがとう。
でも本当は、今日一緒に来て欲しかった。けど、言えなかった。

だから荷物の整理も、全部一人でやった。大事なアルバムや骨董品などは息子に引き継ぎ、残りは処分した。
スーツケースには、大事な洋服、アクセサリー、小物、化粧品など、これでも一ヶ月もかけて厳選し、あとは処分した。
だからこれ以上、厳選するなんてとても無理よ、百合子は落ち込んだ。

結局荷物は、妹に引き取ってもらうことにした。
妹の家は田舎で大きし、保管しておいてもらうつもりだった。
妹に電話で事情を話す。しかし、
「保管って、いつ取りにくるのよ。もう必要ないでしょ。私も娘たちに終活で断捨離やらされている最中なのよ。だから無駄な荷物増やせないの」
結局、期限付き(1年)で保管してもらい、その間に処分するか息子に預けるか決めることにした。ああ、なんてめんどくさいのかしら。

明日、荷物は宅急便で送ってもらう。だから、今日中にこのスーツケースから必要最低限のものを選ばなくてはいけない。
百合子はスーツケースを広げ、洋服やアクセサリー、小物類をベッドに並べ始めた。
「お手伝いしましょうか?」女性職員やって来て声をかける。
「いいの、ありがとう。自分でやるわ」
「何かあったら言ってくださいね。もうすぐ夕飯なので、後で呼びに来ます」

外は薄暗くなって来ていた。
眩しい蛍光灯の下で、公子は一枚一枚洋服をならべ、いるいらないと分けていった。
もう好きな服も好きな化粧品も買えないのか、と思うと悲しくなった。
ふと、介護用トイレが目に留まった。
便器の蓋を開けると、当然綺麗なままだ。
「私には必要ないし、これ、収納ちょうどいいんじゃない?」
百合子は入りきらない洋服などをビニール袋に入れ、介護用トイレにこっそり隠した。

the end

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