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カリオストロの城 考察②

先祖の財宝ローマ遺跡

 水没するローマ遺跡がカリオストロ家の財宝になる過程を考察。

ローマ遺跡が財宝となるまで

AD400年ごろ
 現在のカリオストロ公国にあったローマ都市はゴート族と時には手を組み、時には争っていた。ローマ帝国が衰退すると、そのローマ都市は撤退時に水門を閉じ、都市を水没させる。ローマの文化を取り入れたゴート族の親ローマ派の一族が、その秘密を受け継ぎ、そこにローマ式水道を作り領土とした。

AD1517年ごろ
 ゴート族を先祖に持つカリオストロ家は大公家と伯爵家に別れ、役割を分担し、中世以降ニセ金造りで国を支えていた。
 ローマ遺跡の価値を知る両家は水門に時計塔を増築し封印し、対の指輪を遺跡の鍵とした。

補足
 ルネサンス全盛でありローマ美術の価値が高まっている時代に敢えて封印し、財宝としたのは何故だろうか。単に城の下部にあるニセ金製造工場を水没させないためなのか。
 それともニセ金を必要としなくなり、ふたつに分かれたカリオストロ家が、再びひとつとなる事を誓ってのことなのだろうか。

 ちなみに、ルパンと次元が潜入した水路の入り口と、ルパンがクラリスを抱いて出てきた出口は同じ場所だが、次元がはまった穴は描かれていない。

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