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お読書のコーナー⑦ ─『コズミック』・『ジョーカー』

さて、今回紹介するのは清涼院流水『コズミック』・『ジョーカー』です。

清涼院流水は1996年に応募した『1200年密室伝説』で第2回メフィスト賞を受賞。同年9月、講談社ノベルズから出版される際『コズミック 世紀末探偵神話』と改題され刊行されることになりました。

メフィスト賞は1995年より講談社が主催する、募集期間が通年かつ幅広いジャンルの作品を募る新人賞。第1回の受賞作は森博嗣『すべてがFになる』。

2000年の文庫化に伴い、さらに『コズミック 流/水』と改題・分冊されます。もう中古でしか売ってないみたいなので、実店舗で探すのはなかなか骨が折れるかもしれません。


そしてもう一方の『ジョーカー』。前作の『コズミック』の4ヶ月後である1997年1月、講談社ノベルズより『ジョーカー 旧約探偵神話』という題名で刊行。2000年に文庫化された際『コズミック』と同じく『ジョーカー 清/涼』と改題・分冊されました。

で、なぜこの2タイトルを同時に紹介するのかについての理由なのえdすが、まず

「『コズミック』と『ジョーカー』は互いに密接な関係性を持ちながら、あくまで独立した話なので、どちらから読み始めても構いません」

『コズミック 涼』p4 より引用

と筆者は冒頭で述べています。つまり『コズミック』→『ジョーカー』またはその逆順で読んでも良い。しかし、そこに加えて”第3の読み方”がある、と清涼院流水は前置きをしているのです。

まず『コズミック』前半を、次に『ジョーカー』を通しで、最後に『コズミック』の後半を、という読み方です。なぜ、そんな奇妙な読み方を?と疑問に思われるのは当然ですが(・・・)今はただ、理想的なその第三の読み方を前提としてそもそも『コズミック』は書かれたのです。

『コズミック 涼』p4 より引用

このような非常に面白いからくりがあります。読み終わったいま、改めてこのまえがきを読むと「もはやこの読み方しかありえない」と思えるくらい、その読後感はすさまじい。

では、その読後感をもたらした物語の本筋について触れてみましょう。



あらすじ・紹介

「一年に一二〇〇人を密室で殺す」警察に送られた前代未聞の犯罪予告が現実に。一人目の被害者は首を切断され、背中には本人の血で「密室壹(いち)」と記されていた。同様の殺人を繰り返す犯人「密室卿」の正体とは?推理界で大論争を巻き起こした超問題作。

『コズミック 流』裏表紙より引用

物語の前半を担う『コズミック 流』は、密室卿の手による19の密室殺人がオムニバス形式で書かれている。言うなれば起承転結の「起」が19回も起きている感じだ。それぞれの物語は発見者・目撃者あるいは被殺人者の視点から語られ、「密室殺人の達成」が章ごとのフィナーレとされている。

この密室殺人も、自宅やマンションの一室から、「衆人環視のボウリング場レーン」や「初詣で混み合う平安神宮の路上」、果ては「スカイダイビングの真っ最中」「地球上空を巡航するスペースシャトルの中」という尋常ならざる状況で起きる。

さすがに1200人もの殺人を書くことはできず、「流/水」あわせて最終的に(文中だけでも)55の「密室殺人」が描かれるのだが、上記で挙げた平安神宮のように、そのほとんどが多くのミステリで取り上げられる「密室=何らかの事情で出入りができない部屋」という定義から大きく外れている。開けた空間で殺人が起きたものの、誰一人として目撃者がいない殺人も複数発生し───。

とにかく、19人が殺されたところでいったん「流」は終わりとなる。
めちゃくちゃ続きが気になるが、ここで次作へ移るのが「流水流」の読み方だ。


連続密室殺人事件の導入部である『コズミック 流』を読み終えたら、次に『ジョーカー 清/涼』へ。こちらは前者とは異なり通読する。

舞台は京都・美奈湖の湖面に建つ幻影城という中世ヨーロッパ風の古城。ここには毎年推理作家によって構成される「関西本格の会」会員たちが合宿として訪れる。そのうちの1人である濁暑院溜水が執筆中の小説で達成しようとした「推理小説の構成要素三十項」を網羅するかのように殺人が起きてしまう。この「推理小説の構成要素三十項」は「ノックスの十戒」や「ヴァン・ダインの二十則」のようなもの。連続殺人、密室、暗号、見立て、屍体装飾、etc…、要は「ミステリを書くならばこうである(この要素がある)ことが望ましい」という溜水なりのチェックリストだ。

密室から見立て、アナグラム、叙述トリック等々、様々な項目を満たす連続殺人をさらに複雑化させるのは「作中作」の存在である。溜水が現在執筆中の新作は幻影城が舞台の、そして合宿に参加している推理作家たちを登場人物としたものであった。しかし殺人事件が起こったことをきっかけに作品の路線を「記録小説」として変更する。

偶然居合わせた日本探偵倶楽部(JDC)の探偵・螽斯太郎。彼はこの事件が自分ひとりの手に負えないと考え、応援を呼ぶ。駆けつけた龍宮・霧華・九十九の三探偵の奮闘も虚しく次々と殺されていく人々、そして目にも留まらぬスピードで展開される百花繚乱の推理の数々。
果たして、この凄惨な事件の首謀者である「芸術家」は何者なのか───。


この『ジョーカー 清/涼』で起こった事件は「幻影城殺人事件」と呼ばれ、下巻(の位置付け)である『コズミック 水』の時系列としてはこれが起こったあと。


……お詫びなのですが、「水」の紹介はほとんどできません。
なぜなら何を書いてもネタバレになる気がするから。
そして自分がネタバレをひどく嫌っているから。

ただ、これだけは確信を持って伝えることができます。
完全に貴方は騙され、読み終えたその瞬間には、
驚嘆の声を上げることしかできないだろう、と。




感想

読む前にネットで見た感想やレビューが「新本格・第一世代の作家たちは喧々囂々だった」「頭が良いぶりたい人間なら好きになる」とかなり賛否両論だった作品だったのでこわごわと読み始めたのですが、読み始めたらほとんどノンストップ。4冊あわせて2000ページほどの文量なのですが、一気に読み切ってしまいました。

まず第一に、ストレートに面白い。
そしてこんな発想をできるのがすごいな、と。

たしかにこれまでのミステリをぶっ壊すような犯人・動機・犯行の手口だと思ったし、それをほとんど違和感なく見せる技量がすごい。一言で表すなら文章力の鬼。この『コズミック』『ジョーカー』は清涼院流水にしか書けないんだろうな、と思います。

「1年間に1200人を殺す」などという突飛な状況設定や「JDC」に所属している探偵たちがまるでアニメやマンガのようなキャラクターであるのが、当時(2000年くらい)の本格ミステリファンには受けなかったのかもしれません。まだライトノベルなど存在していなかった時代だし、アニメ・マンガもミステリを愛読するような人々の内には市民権を得ていなかったような(リアルタイムで生きていないのでわからない&あくまでも個人的な意見ですが)あるような気がします。


JDCのお歴々、自分はとても好きです。それぞれが独自の推理方法を持っている(あらゆるデータを集めて統計をとる推理、ぼんやりと真相を感じる推理、果ては事件の必要なデータをインプットすると真相を悟る推理など)うえに、特徴があってキャラが立っている。
もちろん、金田一耕助や御手洗潔みたいな昭和の名探偵が大活躍するのも好きだし、有栖川・火村コンビや京極堂とその周辺人物なんかも大好き。

だけれども、鴉城蒼司や龍宮、九十九十九(つくもじゅうく)などJDCの探偵たちには、彼らとはまったく異なった良さを感じる。アニメ的、というか、ファンタジー的な良さだろう。頭脳を超越した能力が絡んでいるからかもしれない。


とにかく「面白いものが読みた~い!!」とお嘆きの貴方にはおすすめです。一生もうこの衝撃を味わえないと思うと悔しくて悔しくてしょうがなくなるくらい面白かった。
レビューでどうこう言われているけれど、20代~30代、あるいは今の漫画・アニメ・ライトノベルカルチャーに親しみのある人ならスッと受け入れられると思います。

この『コズミック』『ジョーカー』がミステリの入り口だと少し特殊かもしれませんが、読み終わったのち気に入ったら、ぜひともミステリに触手を伸ばしてほしいな~と思います。この作品からとてつもない勢いで叩き込まれた衝撃とはまた違った、いろんなやり方の衝撃をいくつも味わえるって思うとワクワクしませんか?

ワクワクしたが最後、
あなたはもう、「現実」と「虚構」の狭間の住人なのかも──。




(終)


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