【ホビ月】2022年8月号
書籍
有栖川有栖『双頭の悪魔』
2022年8月2日読了
前作『孤島パズル』を、前々作『月光ゲーム Yの悲劇’88』を読んでいるとなお面白く読めると思うので、そちらを読んでいなかったら読んでほしい。
芸術家たちが共同生活を送る木更村に、心に傷を負い色々な思いを抱きながら留まっているマリアの心情と、その大切な仲間に戻ってきてほしい大学推理研の3人、そしてアリスが持つ彼女への思いが発露しながら複雑に絡み合い、螺旋を描いて事件は展開されていく。
といっても同一の場所で事件が起こるのではなく、木更村と川を隔てた夏森村でそれぞれ事件が起こる。ミステリのお約束通り、もちろん両村間は行き来できない。各々の村で起こる事件がどのような真相にたどり着くか…という話なのだが、序盤ではとにかく木更村の描写が、容易に頭の中で村を思い描けるほど濃厚にされる。その踏み台があってこそ物語に没頭できる。
単独でとにかく論理詰めの推理をする江神サイドと、”3人寄らば文殊の知恵”と言わんばかりに真相に肉薄していくアリス・望月・信長サイドそれぞれの描き方も異なり読み進める手が止まらない。トリック・真相も予想だにできないもので、「学生アリス」シリーズで一番面白かった。
詠坂雄二『5A73』
2022年8月4日読了
相次ぐ自殺、関連する点は死体に残された「暃」の文字だけ。これは存在するが読み方が存在しない、いわゆる「幽霊文字」だった。これは一体どんな意味を示しているんだ、何なんだ…、という物語への「引き」の強さがすごい。そしてそれに負けない文章のパワーによって、文中へと引きずり込まれる。特に、希死念慮を抱く人々のリアルな心理描写と対照的な、軽薄な女性と真面目な男性の刑事バディが物語にさらなる刺激を加えてくれる。
たった一文字を巡る物語なのだが、各章で展開される多重推理・多重解決のほとんどが「これで合っているんじゃないか」と思えるほどには突飛ではなく、かといって突飛であってもきちんとした論理が存在し「これで”も”合っているんじゃないか」と思わせるのがすごい。そして用意された問いへの「解答」には、あまりの衝撃に何度も読み返してしまった。詠坂雄二は本当にジャンル・レスだけれど、芯には「人間」への様々な感情が存在している。
芦花公園『とらすの子』
2022年8月8日読了
こちらに個別エントリがあるので、ぜひ読んでみてください。
飛鳥部勝則『殉教カテリナ車輪』
2022年8月16日読了
「図像学×本格ミステリ」という触れ込みに惹かれ、ネット・古書店で探していたところをようやく見つけ出し購入した。絶版本はこの探索プロセスの苦労がある分、余計に面白く感じてしまうかもしれない。しかしながら本作はそれを抜きにしても非常に面白く、かつ感心しながら読むことが出来た。
世に出ることのなかった東条寺桂という画家の遺作に興味を抱いた学芸員・矢部直樹は、残された絵を探している途上で彼の手記を見つける。そこには20年前に起きた二重密室殺人事件の様子が書かれており─、という内容。
この両者の過去・現在の視点から物語は進行する。前半は東城寺の遺作が持つ意味合いを矢部が図像学的に推理していくのだが、図像学を利用して絵画を読みといていく非常にロジカルな思考が展開されていき(一応の)解決までのプロセスを追体験することができるので、アートマニアにはたまらない。逆に言えば、芸術にある程度の造詣がないと知らない用語だらけで多少難儀するかもしれない。後半では故人の遺した手記、二重殺人、密室と怒濤の如く本格ミステリが展開されていく。あまりの変わりように驚いてばかりいると、息する間も無く物語は終焉を迎える。「探偵」の推理と遺作の図像学的な解釈の完成がとても美しい。
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