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ペットを亡くした人に何と言葉をかけるべきか〜『ペットロス いつか来る「その日」のために』刊行にあたって〜 伊藤秀倫

2021年、日本では犬猫あわせて1600万頭ほどのペットが飼われています。大切な家族の一員であるペットはしかし、ご承知の通り人間よりも平均寿命が短く、別れの時が来ることを覚悟しながら共に日々を過ごします。これもまた、厳然たる事実です。

長年連れ添った愛犬ミントを亡くしたライターの伊藤秀倫さんは、その2日後、冷蔵庫の中にあったカブを目にして、涙が止まらなくなってしまいます。「カブのすりおろしなら、弱った愛犬も食べられるのではないか」と購入した食材が引きがねとなって、制御不能となった自身の喪失感とはじめて向き合ったのです。

これは、一体なんなのか? 「ペットロス」なのか? もしそうなら、この「ペットロス」を自分は乗り越えることはできるのか? 

文春新書『ペットロス いつか来る「その日」のために』(税込・990円)は、筆者である伊藤さん自身の苦しい体験からスタートし、獣医や精神科医の分析や、上沼恵美子さん、壇蜜さんなど著名人をはじめ、国内外の幾多のペットロスを経験した方の言葉に耳を傾け、『ペットロス」の実相を明らかにしていく好著です。

今回は、伊藤さんによる特別エッセイをお届けします。

ありものの言葉で間に合わせるな

ペットロスの取材をしているというと、たまに「友人や知人がペットロスになったとき、どんな言葉をかければいいのか?」と訊かれることがある。
その答えは、本書における上沼恵美子さんの次の一言に尽きる。
「一番腹が立ったのはね、無神経な慰めの言葉なんです。ベベ(*上沼さんの愛犬)を亡くして1、2週間ぐらいのとき、私が『もうあかん。もうあかんわ』と言っていたら、ある人が『そんなこと言ってたら、ベベちゃんに笑われるよ』と言ったんです。もうね、殴ったろかな、ていうぐらい腹立ちました(笑)。深い悲しみの淵にある人間にそのへんのアリモノの言葉で間に合わせようとするな、と。何にも思ってないくせに何か言わなあかん、ていう「ズボラな人」の表現やと思います。最悪です。何か言うならまずはオリジナルで言葉を探せよ、と本当に思いました」
 ペットを亡くした経験のある人はとっては、誰しも頷ける言葉だろう。
だからこそ、ペットを亡くした経験のある人が、ペットロスの渦中にいる人に向けてかける言葉は重い。適当なことを言うくらいなら、何も言わない方がはるかにマシということを知っているからだ。
 本書においては、ペットを亡くした45人の方にアンケートを行い、ペットロスとはいったい何なのか、どうすればその悲しみを癒せるのかを探った。このアンケートの最後で「今、ペットを飼っている人たちに伝えたいこと」を尋ねているのだが、これは多くの回答者が最も熱心に文字を綴ってくれた項目でもある。
ペットを亡くした痛みと悲しみを知っている人の言葉は、ペットを飼っているすべての人にとって「いつか来る『その日』」のための備えになるはずだ。以下、紙幅の許す限り、紹介したい。

「軽く話されたくない、という気持ちが強かった」

〈たくさん、話しかけて、撫でて、ただ一緒に過ごす時間を大切にしてほしいです。 たぶん、動物は良い死に方を知っているのではないかと感じます。それでも、家族として一緒に過ごした動物が亡くなることは、とても辛いことです。このことさえも、一緒に過ごしてくれた動物から与えてもらった、かけがえのない経験なのかもしれません〉(玲子さん)

〈ペットとのお別れを経験している人だからこそ分かり合えることってあると思うのです。 フェアリーちゃんとの別れについて軽く話されたくないという気持ちが強く誰にも話すことなく過ごしておりました。同じ境遇された方に思いを伝える、涙はまだまだたくさん流れるのですが「涙活」も大事だと今回改めて感じたりしました〉(よんはちさん)

我が子を思って流す涙を止める必要はありません

〈いつ急なお別れがくるかわかりません。後悔のないように日々、溺愛してあげてください。ベルのことを通して気づかされたのは、後悔が強いほどロスになりやすいと思います。喪失感からの寂しさや悲しむことは大切だと思います。でも、ペットたちは笑ってる飼い主が好きなのでロスになっても楽しかった日々を思い出してあげてください。きっと笑って思い出話をできる時がすぐきます〉(Naaさん)

〈いつまでも悲しんでいたら…なんて言う人も居ますが、我が子を思って流す涙は止める必要はありません。私はこれからもココを思って涙するでしょう。でも、私を救ってくれた新しい子モモの為に、笑顔で元気に過ごそうと思います〉(きょうこさん)

〈今ある時間は永遠にないから、少しでも時間を大切にしてほしい。そして、画像や動画を残す事がこんなにも大切なのかと思えるので、しっかり撮影してほしいです。残せるものを残す方法も色々あるので事前に知識を持つ事も大切です。当たり前なんて何1つないので、当たり前の生活を大切にしていってほしいです〉(高橋さん)

〈犬猫のみんなは 人が思ってる程 余計な事は考えておらず、無償の愛とかっこいい死に様が出来る子達です。人がしっかりと 最期の時間の事を考え、犬猫の最期に向けて 楽しく穏やかに過ごせる事、過度な治療や延命は避ける事の方が、互いにとって苦しくない選択じゃないかなと思っています。 痛い苦しいだけは取り除き、無理をさせないで、自然のままさよならできて、看取っても看取れてなくても 一匹でも多くの犬猫が 家の中で 静かに 虹の橋を渡っていけるのが 幸せな事だと思っています。一匹の子に全力投球された飼い主さんは 居なくなってしまうと本当に長くロスで苦しむ方もいらっしゃるので、そんな愛情深い方こそ早く次の子をお迎えして 癒されて欲しいです〉(みなさんママ)

〈亡くなってしまう事は避けられない未来です。でも、それ以前にたくさんの幸せな記憶があり、それを悲しみで消してしまうのはもったいないと思ってます。今一緒に居られる日々に感謝して、毎日を大切に笑顔で過ごして欲しいです。 ワンコ達には飼い主しかいません。だから目一杯愛してあげて欲しいです〉(北村さん)

今のこの時間、瞬間は、二度と戻ってこない。だからこそ……

〈いつかお別れがくることをわかって迎え入れたつもりでも、長年一緒に過ごした時間はそう簡単に切り替えられるものではないということです。一日一日、一瞬一瞬が、取り返せない大切な時間であったことを実感しています。必ず訪れる別れの日。あの時、もっとこうしてあげたらよかった…という後悔が少しでも減るように、その子との今を大事にしてほしいと思います〉(tiarubyママ)

〈お別れした後は良い思い出をくれたことに感謝して悲しみの中だけで生きることのないように強い気持ちを持ちましょう。 それでも悲しみに押し潰されて体も心も病んでしまったら、誰かに助けを求めてください。ペットを失って悲しんでいる自分がここにいることを声を上げていいんです。わかってもらえなくても聞いてもらうだけでいいんです。そうして良い思い出に浸ることができたら本当の意味で家族になれるのだと思います〉(Rieさん)

〈辛いですがいつかその日を迎えたら、火葬の際の棺には、お花を入れてきれいにしてあげることがペットに対して最後にできることなので、是非、たくさんのお花を入れて、一緒にお空に昇ってもらえるようにしてあげて欲しいです。 花に囲まれたあのコを見て、自分も少し慰められる気がしました〉(みゆきさん)

〈目の前にいる子の時間は、あなたの何倍も速く過ぎていきます 今の時間、今の瞬間は、どれだけ後悔しても二度と戻っては来ません。どうか優しく撫でて、たくさん話しかけてください 言葉は話せなくても、大好なあなたの声、ちゃんとわかっています〉(もち之助さん)

 今、ペットを飼っている人には、その子が元気な今こそ、読んでおいてほしい言葉ばかりだ。ここに書かれていることは、きれいごとはない。ペットを失った飼い主たちが、悲しみの果てに見出した「本当のこと」だと私は思う。

(プロローグ「号泣する準備はできていなかった」より)
 ペットを飼っている人で、いつか来る「その日」のことを考えない人はいないだろう。自分もそうだった。だが、いざ「その日」を迎えてみると、予想していたはずの衝撃に、ほとんど何の備えもできていなかったことを思い知らされた。
 ミントが亡くなって2日後のことだ。冷蔵庫を整理していた妻が「こんなの買ったっけ?」と手にした「カブ」を見て、反射的に涙が出た。それはあの日、スーパーで買ったカブだった。ミントの食欲が衰え始めたとき、犬用の自然食の製造・販売を手掛けている友人に相談したところ、「『カブのすりおろし』がいいんじゃないかな。そういう状態でも、それなら食べられるという子もいるから」と言っていたのを思い出して、カゴに放り込み、続いて精肉売り場で「大好きな鶏ナンコツなら食べられるかな。それとも目先をかえてラム肉にするか」などと考えていたときに、ミントは旅立ったのだ。この10分のロスのせいで、最期の瞬間に立ち会えなかった──。
 カブを見て泣きながら、そんなことを一気に思い出した。思い出したから泣いたのではなく、身体が勝手に反応して涙が出た、という経験は初めてだった。四十すぎの男がカブを見て、しゃくりあげる姿に自分で戸惑いながら、「これはマズい」と思った。号泣する準備はできていなかったのだ。
 これが「ペットロス」というものなのだとすれば、事前に思い描いていたものとは全く違う。何となく日常生活でミントの不在を感じるたびに寂しくなるのだろうと想像していたが、実際に我が身に起きた心と身体の反応は、自分で制御することが不可能なほど激烈で、空恐ろしい気すらした。
 (略)
 「ペットロス」とはいったい何なのだろうか。その衝撃を和らげる方法はあるのだろうか。そもそも「ペットロス」を乗り越えることは可能なのだろうか。
 疑問は次々と湧いてくるが、インターネットで調べてみても、なかなか自分が必要としている情報には辿り着けなかった。この経験が本書の出発点である。
●伊藤秀倫(いとう・ひでのり)
1975年生まれ。東京大学文学部卒。1998年文藝春秋入社。「Sports Graphic Number」「文藝春秋」「週刊文春」編集部などを経て、2019年フリーに。ヒグマ問題やペットロスなど動物と人間の関わりをテーマに取材している。現在は札幌在住。

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