DX事例分析その3:MS&ADでの代理店向け営業支援システム 【前編】

分析屋の下滝です。別連載でDXとマーケティングを書いています。

その連載では、ちょっと概念的・抽象的な内容になっているような気がするので、この連載では、DXの具体的な事例の分析の練習をしようと思っています。

ゴールは、DXの事例を統一して分析できるような枠組みを構築することです。

第一回目は、JALを扱いました。
第二回目は、出光興産を扱いました。

第三回目は、MS&ADとしたいと思います。MS&ADは、傘下にあいおいニッセイ同和、三井住友海上などの損害保険会社を持つ保険持株会社です。

事例として参考にするのは以下の記事です。

損保の既存業務をAIで一新、MS&ADが進めるDXの姿
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01729/081300004/

さて、分析にあたり、以下の視点で見ていきます。
・何を変革している?
・顧客にどんな価値を提供している?
・競争力は上がったか?
・目標をおいているか?

評価軸

・何を変革している?:まずは、自社の業務や、製品やサービス、ビジネスモデル等を変化です。これらの変化大きさや変化の積み重ね、変化の種類によって変革と呼びそうです。

・顧客にどんな価値を提供している?:それら自社の変化は、顧客から見た自社の価値に変化を与える可能性があります。たとえば、製品が新たな機能を備えるように変われば、顧客はその機能に対して何からの反応をしめすと思われます。

ただし、顧客から見た自社の価値に変化があったとしても、購入に結びつくとは限りません。一つは、競合商品があるためです。顧客は、様々な製品の中から、それら製品の価値を比較した上で、顧客にとって価値が高いと判断した製品を選びます。

・競争力は上がったか?:自社の商品が他社の商品より選ばれない場合は、競争力がないと言えそうです。実際に競争力が上がったかどうかの評価は、売上等の数字を介して、推測するしかないかもしれません。

・目標をおいているか?:最後の要素は、自社の変化を行うにあたり、目標を置いているかどうかです。たとえば、競争力を上げるために、値下げを行い顧客にとってのコスト面の価値を向上させたい。そのために、ビジネスモデルの変化を行う、といったものです。

MS&ADのDX

MS&ADでは、DXを「既存損保事業の業務変革」と位置づけているとのことです。このDXの例として挙げられているのが、代理店向け営業支援システム「MS1 Brain」を用いることによる業務内容の変化です。

 MS&ADグループにおけるデジタル技術を活用した業務変革の代表格は、三井住友海上が180億円を投じて構築した代理店向け営業支援システム「MS1 Brain」だ。顧客にぴったりな保険商品や補償内容の見直しを、最適なタイミングでAIが提案するシステムであり、全国に3万8000店舗ある代理店へ2020年2月に一斉導入した。2021年2月には非対面で顧客と代理店の担当者がやりとりできる「MS1 Brain リモート」を追加するなど、機能強化を続けている。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01729/081300004/

・業務変革は、デジタル技術を活用して行われる。
 ・代理店向け営業支援システムが、業務変革
  ・顧客にぴったりな保険商品や補償内容の見直しを、最適なタイミングでAIが提案するシステム

 三井住友海上がMS1 Brainで目指したのは、営業活動の「起点」を自社の事情から顧客のニーズへと切り替えることだった。それまでの営業活動においては、三井住友海上や代理店がその時の一押し商品を顧客へ提案する形が多かった。それがMS1 Brainの導入によって、AIが顧客のニーズやリスクを予測した上で、それぞれの顧客に合った商品を選定し提案できるようになった。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01729/081300004/

何が変わったのか。

・これまで:三井住友海上や代理店がその時の一押し商品を顧客へ提案
・変更後:AIが提示した顧客を確認し、提案

この変化を、自社の事情から顧客のニーズへの切り替えと呼んでいるようです。

またこのAIの導入によって変化したこともあります。

 AIの導入によって、顧客に提案する内容の質も向上した。これまでは顧客に対する提案は、代理店の営業担当者の経験やノウハウに大きく依存していた。現在はAIが一定程度の品質を確保した提案を用意してくれるため、担当者による品質のバラつきがなくなった。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/01729/081300004/

・提案する内容の品質が向上した。
 ・品質のバラつきがなくなった

記事では、この予測機能についての詳しい解説が続きます。
・既存顧客のニーズをAIが予測し、代理店に対して各商品に対するニーズが高いと予測される顧客のリストが提示される。
・代理店の担当者はパソコンの画面から、顧客に合わせた最適な特約や商品を、リコメンドする理由とともに確認できる。
・顧客ニーズを予測するAIは、顧客の年齢や性別といった属性、居住地などの情報に加え、保有する自動車の車種など契約に関連するデータや事故に関するデータを学習させて開発したものである。
 ・法人顧客の場合は、企業情報などのデータも学習させている。
・予測対象は2カ月後に契約の満期を迎える顧客で、各商品に対するニーズの高さをスコアリングする。

この機能の成果として、契約率に2倍から3倍の違いが出ているとのことです。

MS1 Brainでの他の機能も2つ紹介されています。

一つ目の機能は「パーソナライズド動画」という機能です。顧客一人ひとりに合わせた保険プランを提案する動画を配信する仕組み、とされます。

具体的には、三井住友海上から顧客に郵送で送る満期案内に、パーソナライズド動画用のQRコードを記載されており、顧客はこのQRコードをスマートフォンのカメラで読み取ると、動画が閲覧できるという仕組みです。以下で特徴を整理します。
・この動画は、顧客の年齢や住所、契約内容に応じて、個人に合わせてシステムが自動的に生成する。
 ・例えば、自動車保険で1年ごとの満期が訪れた顧客で、まだドライブレコーダー付き特約を利用していない顧客に対しては、ドライブレコーダー付き特約を勧める動画などが配信される。
 ・お勧めされる特約や商品は顧客によって変化する。
・動画に盛り込む情報は居住地によっても変わる。例えば栃木県に住んでいる顧客であれば、「栃木県の追突事故発生件数」などの情報が盛り込まれる。
・年代に応じた料金価格も提示する。
・顧客は契約更新の前に動画で商品や特約の保証内容などについて、理解を深められる。

二つ目の機能は、MS1 Brainリモートと呼ばれ、契約更新手続きをオンラインで完結できる機能です。

・これまで:代理店の担当者が顧客の自宅に訪問したり、電話したりして手続きをしていた。
・変更後:代理店の担当者は、SMS(ショート・メッセージ・サービス)を使って顧客のスマホに契約更新用のURLを送る。顧客がそのURLをタップすると、Webブラウザ上でチャットを使い、契約更新に関するやりとりができる。商品説明や契約内容の説明も、オンライン面談で行う。

機能としては、3つです。
1.商品提案機能
2.パーソナライズド動画機能
3.リモート契約更新機能

DX事例としての分析

ではDX事例として、分析していきます。以下の評価軸をもとに見ていきます。

・何を変革している?
・顧客にどんな価値を提供している?
・競争力は上がったか?
・目標をおいているか?

何を変革しているか

まずは、何を変革しているか、です。

本分析では、変革を、「何らかの変化・変更」として捉えます。変革という言葉は曖昧なため、判断基準が分かれるためです。単に変化・変更として捉え、特に構造的な変化・変更の視点で見ていきます。

あらためて、MS&ADにおけるDXとは「既存損保事業の業務変革」でした。実際、業務の変化の観点で見ていきます。

これまでの業務は、以下の機能が導入された変化に伴い、変わりました。
1.商品提案機能
2.パーソナライズド動画機能
3.リモート契約更新機能

それぞれの業務の変化を見ていきます。同時に、その業務変化により、顧客から見てどんな変化が感じられそうなのかも見ていきます。

以下の図では、機能の変化に伴い業務が変化し、業務の変化に伴い顧客から見た自社の価値が変化することを示しています。

画像2

商品提案機能:まずは、1つ目として、商品提案の業務が変わりました。
・これまで:三井住友海上や代理店がその時の一押し商品を顧客へ提案
・変更後:AIが提示した顧客を確認し、提案する

顧客側から見た視点としては、契約しても良いと思えるような商品が提案されてくるという感じでしょうか。顧客から見たときには、これまでの提案の品質との差を実感できる場合に限り、業務の変化には気づけそうです。
・変えたもの:業務
・変わったもの:提案の品質
・顧客からこの変化に気づくか:気づける

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パーソナライズド動画機能:二つ目として、パーソナライズド動画機能に伴う業務の変化です。
・これまで:顧客に満期案内を郵送で送る
・変更後:顧客に満期案内を郵送で送る際に、満期案内にパーソナライズド動画用のQRコードを記載する

記事では具体的に書かれていなかったのですが、これまでの満期案内でも何からの保険プランを提案する文面はあったと思われます。

顧客側から見た視点としては、契約しても良いと思えるような商品が提案されてくるという感じでしょうか。満期案内をこれまで受け取ったことがある、顧客から見たときには、業務の変化には気づけそうです。
・変えたもの:業務
・変わったもの:提案の品質
・顧客からこの変化に気づくか:気づける

画像4

リモート契約更新機能:三つ目として、リモート契約更新機能に伴う業務の変化です。
・これまで:代理店の担当者が顧客の自宅に訪問したり、電話したりして手続きをしていた。
・変更後:代理店の担当者は、SMS(ショート・メッセージ・サービス)を使って顧客のスマホに契約更新用のURLを送る。顧客がそのURLをタップすると、Webブラウザ上でチャットを使い、契約更新に関するやりとりができる。商品説明や契約内容の説明も、オンライン面談で行う。

顧客側から見た視点としては、初めて契約更新を行う顧客でなければ、業務の変化に気づくような変更です。
・変えたもの:業務
・変わったもの:契約更新の利便性
・顧客からこの変化に気づくか:気づける

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ここまでで三つの業務の変化を分析しました。以下の表にまとめました。

画像6

変化した業務はバラバラでした。しかし、「商品提案業務」と「満期案内業務」は、「提案の品質」を向上させようとしている点で同じと言えそうです。

また、変化した3つの業務それぞれが、顧客から見た価値に変化を与えていることも分かります。というのも、業務の変化には、必ずしも顧客にとっての価値の変化を伴わないものも存在するからです。たとえば、社内で使うデータの集計業務を自動化するような業務変化は、顧客にとっての価値の変化を伴いません。

何を変革しているか:商品やサービス、ビジネスモデルは変わったか?

前節では、MS&ADでのDXとは「既存損保事業の業務変革」であるとして、業務の視点から分析しました。この節では、以下の視点から念の為分析してみます。顧客からみた視点に近いためです。
・商品やサービスは変わったか?
・ビジネスモデルは変わったか?

・商品やサービスは変わったか?:変わっていません。提案内容は変わりましたが提案する商品やサービス自体は既存のものです。

・ビジネスモデルは変わったか?:変わっていないと思われます。しかし「パーソナライズド動画機能」は『対デジタル・ディスラプター戦略』で述べられているデジタルビジネスモデルの一つである「カスタマイズ」と関係するのではないか? と感じました。以下で少し分析してみます。

ビジネスモデルは変わったか?:エクスペリエンスバリューとは

「カスタマイズ」は顧客に「エクスペリエンス・バリュー」を提供するデジタルビジネスモデルの一つであるとされます。

「エクスペリエンス・バリュー」は、「顧客に優れた体験を提供することで競争力を高める」というカテゴリです。

「カスタマイズ」は「製品やサービス、体験をパーソナライズする」ビジネスモデルであるとされます。「カスタマイズ性の向上、コンテキスト化、外見あるいはデザインの改良」という顧客にとっての価値を提供します。

「カスタマイズ」のビジネスモデルを備えるサービスの例としてトランククラブというものが挙げられています。このサービスは利用料に応じて対価を支払う「男性用パーソナルスタイリングサービス」のようです。

トランククラブでは、登録者はまず、ファッションの好みを尋ねられ、全身の寸法が記録されます。その後、自分好みのスタイルに合わせてパーソナライズされた服やアクセサリーが詰まった「トランク」が送られてきます。顧客は、自宅で試着したあと、気に入った商品の分だけ料金を支払えばよく、それ以外の商品は10日以内であれば返品できます。

ここで、パーソナライズされたというのは、オーダーメイドという意味では恐らくなく、すでに作られている服のことだと思われます。

他の例としてはニューバランスがあげられています。ランナーの足の大きさと形をスキャンして顧客に合わせたシューズを提供し、3Dプリンターで足にぴったり合うソールをつくっています。

ニューバランスの方は、オーダーメイドといえそうです。

「コンテキスト化」の具体例は書かれていませんが説明としては「利用者の現在位置や状況を分析して価値を最大化する体験を創出する」とあります。

パーソナライズド動画

パーソナライズド動画機能の説明を再掲します。

三井住友海上から顧客に郵送で送る満期案内に、パーソナライズド動画用のQRコードを記載されており、顧客はこのQRコードをスマートフォンのカメラで読み取ると、動画が閲覧できるという仕組みです。以下で特徴を整理します。
・この動画は、顧客の年齢や住所、契約内容に応じて、個人に合わせてシステムが自動的に生成する。
 ・例えば、自動車保険で1年ごとの満期が訪れた顧客で、まだドライブレコーダー付き特約を利用していない顧客に対しては、ドライブレコーダー付き特約を勧める動画などが配信される。
 ・お勧めされる特約や商品は顧客によって変化する。
・動画に盛り込む情報は居住地によっても変わる。例えば栃木県に住んでいる顧客であれば、「栃木県の追突事故発生件数」などの情報が盛り込まれる。
・年代に応じた料金価格も提示する。
・顧客は契約更新の前に動画で商品や特約の保証内容などについて、理解を深められる。

この機能をもってして、変更した業務に伴い、カスタマイズのビジネスモデルに変えた、あるいは導入したと言えるのでしょうか?

いくつかの基準による判断が考えられそうです。

  • そのサービスがカスタマイズ性で成り立っているのかどうか。トランククラブの例。

  • 提供物がオーダーメイドなのかどうか。ニューバランスの例。

オーダーメイドかどうかでいえば、パーソナライズド動画は、オーダーメイド商品を提供する変化を起こしたわけではありません。

サービスがカスタマイズ性で成り立っているかどうかも該当しなさそうです。もともとの保険サービスはパーソナライズド動画が無くても成り立っているためです。

結局のところ、パーソナライズド動画は、何なのでしょうか。マーケティングにおける4Pの枠組みで考えてみます。どのPに対応するのでしょうか。
・Product(製品):商品は変わっていません。該当しません。
・Price(価格):価格は変化していません。該当しません。
・Place(流通):購入場所という意味では、変化していません。該当しません。
・Promotion(プロモーション):商品の情報の伝え方が変わったと言えそうです。該当します。

つまり、プロモーションの施策の実施が、ビジネスモデルと言えるのかどうか、ということかもしれません。基準がまだ不明確だと思われるため断言はできませんが、ビジネスモデルという言葉の印象からは、ビジネスモデルではないように感じます。

顧客にどんな価値を提供しているか

続いては、顧客にどんな価値を提供しているのか、です。前述の表の通りといえます。「提案の品質」と「契約更新の利便性」の向上です。

「提案の品質」は、もう少し正確に言えば、「提案される商品の品質」と言えるかもしれません。商品自体は変わっていませんので、商品と顧客が望んでいるもののマッチングの精度が上がったと言えそうです。

また、どんな顧客にとっての価値でしょうか。一つの分類は、「新規顧客」なのか「既存顧客」なのかというのがありそうです。今回の事例では、既存顧客といえます。なお、「商品提案業務」に関しては、AIの予測対象は2カ月後に契約の満期を迎える顧客です。

また、どこでの価値の提供でしょうか。以下の図は購買者の意思決定プロセスを表しています。

『コトラー、アームストロング、恩藏のマーケティング原理』、図6.5より

今回は既存顧客ですので、購買後の行動に関係しそうです。購買後に、顧客満足が得られていれば、次のような行動が行われるとされます。
・リピート
・良い評判を伝える
・競合ブランドの製品や広告にはあまり関心を示さない
・当該企業の他製品も購入するようになる

さらには、「契約切れが迫っている顧客」を対象にしています。

表に追加して整理しました。

後編に続く(予定)

・競争力は上がったか
・目標をおいているか
・DXと言えるのか
・DX事例分析としての考察
・まとめ

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