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王さまがいっぱい

その国の王さまは植木鉢でした。
 王宮のテラスにすこしくすんだオレンジ色のお姿であらわれ、暖かいお声で「余に育てられぬものはない。どのような種でも必ず芽吹き育てて見せる」と人びとに語りかける頼もしい王さまです。
 王さまの言葉に嘘はなく、サクランボを埋めればサクランボが、麦の種を埋めればスイカが、明太子を埋めれば明太子が育ちます。
 おかげで王国の人びとは食べ物に恵まれ豊かな暮らしを送っていました。
 あるとき、悪ガキが夏休みの宿題を王さまにやらせようと考えましたが、答えの書かれていない宿題が山ほど育ちました。
 それを見ていた別の人が宿題でも大丈夫ならと、かわいがっていたインコのピーちゃんの羽を埋めました。
 もちろんピーちゃんが育ちました。
 それからというもの王さまは大忙しです。
 柿の種のつぎにネコのタマ、その次は金魚のぽみょ、ネタに困った芸人には話の種と目が回るほどの忙しさですが王国の人びとのために懸命に働きました。
 その日も王さまは「我ながら今日も一日よく働いた」と満足げにオレンジ色のおなかをさすっていました。
 そこへ子どもがやってきました。
「なんじゃ、どうした」
「王さま。きょうのお仕事はもうおしまいでしょうか」
「話してみよ」
 その子の願いは死んだおとうさんを育てて欲しいというものでした。
「これまで人間は育てたことがないが、今日の最後の仕事にやってみるか」
「やさしかったけれど、お酒を飲むとおかあさんと取っ組み合いの喧嘩をするし、私を叩くんです。だから、今度はそうじゃないお父さんを育ててください」
 そういうと子どもはお父さんの骨を王さまに託しました。
 さすが王さまです。無事、その子の父が育ち、二人は手をつないで家へ帰っていきました。
 数日後、王さまがお城を出て街の人びとの願いを聞いていたときのことです。
 狭い道から、先日の子どもが飛びだしてきました。
「あっ、王さま、助けて!」
 子どもに続いて真っ赤な顔をして酒臭い息を吐く男も飛びだしてきました。
 王さまが子供をかばうように立ちはだかっていると、男を追いかけて来た女が「この宿六の酔っ払いのすっとこどっこい! 二度とこの家の敷居をまたぐんじゃないよ」とわめくと、そばにあった植木鉢を両手で振りかざし、男の頭に振り下ろしました。
 路地には死んだ男と粉々になった王さまを前に泣きじゃくる子どもだけが残されました。(完)
[2023.04.18 ぶんろく]
 
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こんにちは。

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288字
何かを期待しないで読んでいただけるとお楽しみいただけるかと。

身の回りの物が王さまになったら、どのような王さまで、その国はどのような国で、人びとにはどのような暮らしが展開するのか。「その国の王さまは」…

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