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その国の王さまは

その国の王さまはバス停でした。
 ふくよかなお顔ですがおからだはやせすぎなくらい細く、それでいてどっしりと安定感抜群の王さまで、王国の人びとに愛されていました。
 王さまは王宮のなかでふんぞり返ることなどなく一日中外にいます。
 夜は星を見上げ、昼は強い日差しに焼かれ、雪の日も嵐の日も王国の人びとの暮らしを見守っていらっしゃいました。
 王さまは優しかたなので、訪れる人のために雨風や日差しを避けるこじんまりとした待合所を作り、座りここちのよい椅子、夜は心やすらぐあかりを、そうそう、待ち時間が長くなる人のためにトイレも用意してくださいました。
 人びとは王さまの前に来ると行きたい場所を申し上げます。王さまは大臣らに命じて願いに添ったバスを呼び、乗せてくださるのです。
 子どもが泣きながらやってきて「おかあさんに会いたい」と言うと、このときばかりは、子どもを一人バスに乗せるのは心配なので、おかあさんをバスに乗せて連れてきます。
 物忘れが増えた老人が「家に帰りたい」とやってくると、大臣に茶を用意させ、しばらく身の上などお聞きになってから「すまんが、今日はバスが終わってしまった。また明日来てくれるか」と声を掛けます。王さまに言われた老人は「しかたない。また来ます」と帰ります。もちろん、王さまは老人をバスに乗せて家まで送ります。次の日も来たら同じ場面が繰り返されます。
 人びとに寄り添い願いを叶えようされてきた王さまでしたが、ご自身も年をとりました。
 耳が遠くなり、目はかすみ、まちがったバスを呼んでしまったり、行先の違うバスに乗せてしまったりすることが多くなりました。
 ですが、王国の人びとは王さまに文句を言うこともできず、やがて王さまの前を訪ねる人も少なくなりました。
 王さまが、だれも来ない日を何日も過ごしていたときです。
 老人がやってきました。
 王さまは久しぶりの訪問者に椅子をすすめ、暑くはないか寒くはないか、今、茶を入れるから、と声を掛けます。
 老人は王さまの姿など目に入らぬ様子で、すとんと椅子に腰をおろすと言いました。
「年をとりすぎた。もうなんの役にも立たないから、早くあの世へ行きたい」
 王さまは、茶を入れていた手を止め、しばらくじっと考えておりましたが、やがて、行先の書いていないバスを呼ぶと、老人といっしょに乗って行ってしまいました。(完)

[2020.09.24. ぶんろく]

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何かを期待しないで読んでいただけるとお楽しみいただけるかと。

身の回りの物が王さまになったら、どのような王さまで、その国はどのような国で、人びとにはどのような暮らしが展開するのか。「その国の王さまは」…

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