【映画】「シック・オブ・マイセルフ」感想・レビュー・解説

もちろんイカれた話だし、「共感」を完全に排除するみたいな作りはなかなかぶっ飛んでる(嫌いじゃない)。ただ、「ミュンヒハウゼン症候群」のことを知っていれば、物語の捉え方はまた少し変わってくるだろう。

「ミュンヒハウゼン症候群」とは、「周囲からの同情や関心を得るために、病気のフリをしたら、自ら病気になったりすること」を指す。調べてみると、今は「自らに負わせる作為症」という名前に変わっているようだ。れっきとした精神疾患である。

日本ではむしろ、「代理型ミュンヒハウゼン症候群」の方が話題になることが多いかもしれない。これは、母親(に限らないが、印象としては母親が多い)が自分の子どもに洗剤などを飲ませて入院させ、「子どもを看病する優しい母親」として称賛を集める行為を指す。もちろんシンプルに「保険金目当て」みたいな人もいるだろうが、「素敵な母親だと思われたい」という気持ちから子どもを病気のままにさせ続ける母親もいるし、それは「代理型ミュンヒハウゼン症候群」と呼ばれる。

僕はこの「ミュンヒハウゼン症候群」「代理型ミュンヒハウゼン症候群」と「ストックホルム症候群」の存在を知った時には、とにかくメチャクチャ驚いた。精神がそのような形で歪んでしまう状況が存在するのかと感じたのだ。人間の不思議さを思い知らされた。

さて、本作の主人公シグネは、僕の拙い知識から判断すれば、明らかに「ミュンヒハウゼン症候群」である。例えば映画冒頭、恋人のトーマスがアーティストとして個展を開き、その謝恩パーティーみたいな場が設けられる。会場にやってきたシェフが「何かアレルギーをお持ちの方はいますか?」と聞くと、シグネはでまかせで「ナッツアレルギーです」と答える。注目を浴びたいからだ。

本人としては一旦それで満足したのだろうが、その後、トーマスの皿から料理をつまみ食いすると、それを見ていたシェフから「それはナッツ入りです」と言われてしまう。それを聞いてシグネは食べたものを吐き出し、その後「体調が悪いフリ」をするのだ。その後一旦落ち着くものの、トーマスのスピーチが始まるとまた「悪化」した。明らかに、トーマスのスピーチを邪魔し、自身に注目を集めさせようとしているのだ。

この冒頭のシーンで既に、シグネの「病的な感じ」が滲み出ている。そして映画は、その「病的な感じ」をひたすらに突き詰めていく、そんな感じの作品である。

面白いのは、映画の中で時折、「シグネの妄想」が交じることだ。その妄想はすべて「良き未来」が描かれる。つまりそれは、「自分の『嘘』が、素晴らしい未来を引き寄せる」という「予感」あるいは「期待」みたいなものとして描かれるのだ。

しかし現実は厳しい。もちろん、彼女の妄想通りになんか進むはずがない。というか、状況はどんどんと悪化していくのだ。しかし、そんな自身の状況を認められず、「まだ何か可能性があるはずだ」ともがき、また「自身の些細な成果でも周囲の人に声高に喧伝する」という振る舞いをし続けてしまう。

そんな「承認欲求モンスター」を徹底的に描き出す物語だ。

さて、シグネは「承認欲求」のために、ちょっと外見がとんでもない状態になってしまう。そしてそのせいで、巡り巡って彼女は、母親から勧められたあるセラピーに参加することになる。そこでのやり取りがちょっと皮肉的で、作品全体のテーマとも重なる面白いものだった。

そのセラピーは、複数人が車座になって座り、円の中心にセラピストが司会者のように立つ。そしてそれぞれの参加者に「あなたの物語を話して」と促すのだ。シグネも自身の話をするのだが、参加者の1人から「もっと重い症状の人の話を聞かない?」と話を遮られるのだ。さらに続けて、「いいわねぇ、目で見て分かる辛さを抱えている人は」と言われるのである。

なんかこのやり取りは、映画が示すテーマみたいなものを象徴するようなものだったと感じた。

映画の中でもそうと言及はされていないが、シグネは明らかに「ミュンヒハウゼン症候群」だと思う。それはれっきとした精神疾患だが、しかしこれは「目には見えない辛さ」である。そして彼女は「承認欲求」を満たすために、「目に見える辛さ」を獲得しようと奮闘するのだ。

本来的には「目には見えない辛さ」を抱えているはずなのに、それを「目に見える辛さ」に変換したことで逆に蔑まれてしまうという構造は、とても皮肉的だと感じた。このシーンは、映画の中ではさほど重要なシーンではないのだが、なんとなくここに、作品全体で訴えたいことが凝縮されているようにも感じさせられた。つまり、「目に見える辛さがすべてではないぞ」ということだ。

「辛さ」に限らず、現代においてはあらゆることが「目に見えるもの」で判断される。まあ、「そういう時代なのだから仕方ない」とも言えるが、僕はなんとなくそういう状況が好きになれないし、個人的には抗ってやろうとも考えている。この映画も、なんとなくそんな「抗い」の1つに感じられるし、そうだとしたら、まさに「目に見えるもの」で評価される「映画」というメディアでそのテーマを前面に押し出している点がなかなか挑発的だとも感じた。

面白いか面白くないかで言うなら、ちょっとなんとも言えないという感じの作品なのだが、印象に残ったかどうかで言うとメチャクチャ印象に残った。ここまで振り切って「狂気」を描き、「共感」から意図的に遠ざかってやろうとする映画もなかなかないだろう。

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