【映画】「ラ・メゾン 小説家と娼婦」感想・レビュー・解説

以前友人の女性から、「風俗店で働いている」と教えてもらったことがある。彼女は風俗ではない仕事もしていて、僕はそちらの方で知り合ったのだけど、僕には話しても大丈夫だろうと判断してもらえたのだろう。女性にも男性にも、基本的に周りの人には話していないと言っていた。

彼女からは、「なかなか奇妙なお客さんの話」や「凄かったエピソード」など色々聞いたし、それはそれで面白かったのだけど、僕が印象的に覚えていることはそういうことではない。

彼女は、次のような話をしていたのだ。

【私は「普通」の社会には上手く馴染めない。どこにいても、浮いてしまう。けど、風俗の世界は「普通じゃない人」がたくさんいる。だから私は、風俗の世界にいる時は息がしやすい。】

彼女がセックス的なものを好きだったのか、そういうことは突っ込んで聞いたことはなかったけど、いずれにしても彼女は「自ら望んで風俗の世界にいる」ということだけは確かだと言っていいだろう。

作中でも、作家だが娼婦の世界を描きたいと自ら娼婦として働く主人公(この物語は、実話だそうだ)が、こんなことを言う場面がある。

『周りからの同情心こそが問題なの。女が好きなように生きて、何が悪い?』

本作では、主人公のエマが、「取材」のつもりで始めたことではあるが、性に合っていたというのか馴染んでいるというのか、当初2週間の予定だった「体験」を2年も続けてしまう様が描かれる。そしてその過程で、周囲の人間からあれこれ言われる。一緒に住む妹からは頻繁に「理解できない」と言われ喧嘩になるし、同業者で既婚者の親友でセフレでもある男も止めてほしいという話をする。また、物語の後半で恋人が出来るのだが、その恋人ともあーだこーだある。

そういう中で、僕が興味深いと感じたのが、「『取材である』というエクスキューズをつけなければ、娼婦として働く自分を正当化できない」という主人公の葛藤である。

僕が映画を観た限りの感想では、エマは娼婦という仕事が「好き」だし「合っている」のだと思う。しかし一方で、「そういう風に言ってはいけないのだろう」という自制心も持ち合わせている。だから彼女は、あくまでも「取材のため」という「テイ」で働き続けているのだ。いや、実際にモデルとなった作家は、自身の体験を作品にまとめ、それが本作の原作にもなっているのだから、「取材のため」というのは正しいわけだが、しかしより重要だったのは、「娼婦の世界が合っていた」ということだと僕は思う。

エマを描く描写では、「妹やセフレ、恋人との日常」と「娼婦として客や同僚と関わる日常」が描かれていくわけだが、全体として、「妹やセフレ、恋人との日常」の方にいざこざや言い争いが起こる印象がある。もちろん、客とヤバい状況に陥ったり、同僚と言い争いになったりすることもある。ただ、観客の立場からエマの状況を見た時、「客や同僚との間で嫌なことが起こったら、エマは辞めればいい」という風にしか見えない。別に、娼婦として働くことを誰かに強制されているわけでもないし、大きな借金があるわけでもないのだ。しかしそれでもエマは、娼婦の世界に留まる。まさにそれは、「娼婦の世界が合っている」と言えるのだと思う。

一方、妹との関係は切れないし、恋人は取り替えが利くかもしれないが、しかし彼女は、仮に恋人の方を取り替えたところで、自分が「いい恋人」にはなれないことを自覚しているため、問題は解決しない。彼女にとって、こっちの日常は「辞められない」のだ。そして、そちらの方でいざこざや言い争いを抱えてしまうことになる。

と考えるとむしろ、娼婦の仕事は、「しんどい日常の逃避先」とさえ認識されていた可能性もある。そうだとすれば本当に、冒頭で紹介した女友達の話と近いものがあるだろう。

作中にも出てくるが、エマ(店での名前はたしかジュスティーヌのはず)は「どうしてこんなところで働いてるの?」と聞かれる。この言葉には明らかに、「あなたには相応しくないのにどうして?」という意味が込められているだろう。そして、「あなたには相応しくない」という決めつけに、苛立ちを覚えてしまう人がいるだろうことは想像できる。

息が吸いやすいと感じる場所が、たまたま娼婦という仕事だった、みたいなことだってあるはずなのだが、そういうことはどうも想定されない。「娼婦として働いているのには、何かよんどころない事情があるはずだ」という思い込みが先行するのである。

そしてこのような違和感は、そういう性風俗で働く人だけに向けられるのではなく、いわゆる「負け組」みたいな見られ方をする人全般に対して向けられていると思う。例えば、以前ほどそういう視線は減っただろうが、未だにやはり「結婚していない人は、結婚している人より不幸だ」みたいな感覚があるだろう。「結婚しないことを選び取っている」だけなのに、「結婚出来なかった」みたいな見られ方が先行することは多い。そういう状況に違和感を覚えることは僕も多いので、そういう意味でエマに共感できると感じた。

特段何が起こるというわけでもない物語であり、メチャクチャ面白かったというわけではないのだが、ジェンダーだとか性風俗だとかに収まらない問題を提示しているように僕には感じられたし、なかなか興味深い作品だった。

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