【映画】「クーリエ:最高機密の運び屋」感想・レビュー・解説

すげぇ話だったなぁ。マジでこんなことが実際に起ったのか。


今では物語の形として当たり前になった感はあるが、一時期「セカイ系」と呼ばれるタイプの作品が注目されていた。具体的な定義は存在しないような気がするが、「個人の行動・感情・葛藤などが、世界の命運などと直結する物語」というようなタイプの作品を指す。「エヴァンゲリオン」なんかが良い例だろう。

そしてこの映画で描かれる実話は、まさに「セカイ系」と言っていいだろう。ある個人の行動に、全世界の命運が掛かっていると言っていい。しかもその人物は、大統領や国家主席、あるいは医者や弁護士などではなく、ただのセールスマン、どこにでもいる一般人なのだ。

まさに「セカイ系」じゃないか、と思った。

そのセールスマンが関わったのは、米ソの核開発に関わるものだ。歴史の授業でも習う(歴史にまったく詳しくない僕でも知っている)「キューバ危機」を、彼が止めたと言っていいだろう。

詳しく知っているわけではないが、諜報機関が民間人を協力者に仕立てることはよくあるのだろう。しかし今回は、その規模が計り知れない。

そのセールスマンだけの功績では決してないが、彼がソ連から持ち出した機密情報は5000を超え、史上最も価値のある情報と言われているそうだ。正直「キューバ危機」については、この映画で描かれている以上のことは知らないが、本当に「このセールスマンがいなかったらどうなっていたんだろう?」と感じるような、あまりにも緊迫した状況が展開される。

個人が背負えるレベルのものではない。しかし彼はやりきった。

こういう映画を観ると、どうしても考えてしまうことがある。それは、同じ立場に立たされた時、同じ決断・行動ができるだろうか、ということだ。

特に、彼が【今こそ僕を利用しろ】と言う場面。あの決断は、容易にできるものではない。もちろん彼だって、容易に決断したわけではないだろう。しかし、熟慮したところでできる決断でもない。

あともう1つ、映画を観て感じたことは、今も世界のどこかで、彼のような任務を帯びた人が何かのために闘っているのかもしれない、ということだ。

今も世界には、様々な問題が横たわっている。中国のウイグル自治区、タリバンが制圧したアフガニスタン、北朝鮮のミサイル、他にも僕が知らないだけで山ほど存在するはずだ。

そしてそれらの問題解決のために、名もなき個人が闘っているはずだ。

知られざるミッションに挑んだ者の記録は、伏せられることが多い。映画『イミテーション・ゲーム』では、暗号機エニグマを解読したチューリングの功績が描かれるが、チューリングは最終的にゲイだという理由で投獄され、その後自殺するという最期を迎えた。その時点では、「彼がエニグマを解読し、数千万人の命を救った」という事実は公表されておらず、チューリングは不遇のまま死を迎えることになってしまった。

(ちなみに、全然知らなかったが、この映画の公式HPを観ていたら、主人公のセールスマンを演じた役者は、『イミテーション・ゲーム』でチューリングを演じたのと同じ人物だそうだ。)

個人の功績を伏せてでも国家機密を守らなければならない状況は存在するだろう。どんな場合でも、個人の奮闘を明らかにしろ、などと僕には言えない。しかし、やはり命を懸けた者たちの奮闘は、人々の記憶の中に収まるべきだとも思ってしまう。

偉業を成し遂げたこのセールスマンの妻も子どもも、夫が何をしているのか知らなかった。当然家族は、普通のセールスマンでしかないと考えていたはずだ。

とすれば、あなたの身近にいる誰かが、世界と闘っている張本人である、という可能性も、決してゼロではないということになる。

もちろん、そんな可能性はほとんどないだろうが、努力した個人がどういう形かで報われる社会であってほしいと感じる。

内容に入ろうと思います。
モスクワの科学委員会の高官であるオレグ・ペンコフスキーは、モスクワにやってきたアメリカン人観光客に「これをアメリカ大使館に届けてくれ」とメッセージを託した。それからしばらくしてCIAのヘレンがイギリスのMI6にやってくる。彼女は、オレグから届いたメッセージをMI6に見せ、協力を依頼した。ペンコフスキーはGRU(ソ連軍参謀本部情報総局)の大佐でもあるのだが、フルシチョフのような衝動的な人物が核のボタンを持っていることに危機感を覚え、ソ連側の核開発の状況などを西側に伝えたいと考えているのだ。
CIAは、それまで情報提供者だったポポフ少佐と連絡が取れなくなり(スパイだとバレて処刑された)、MI6との連携を申し出た。MI6は、さっそくペンコフスキーと接触しようとするが、ヘレンが待ったを掛ける。もっと大使館と無関係で、KGBに注目されない人物がいいのではないか、と。
グレヴィル・ウィンは、ゴルフでわざと負けて商談を成立させ、家に帰って家族に愚痴をこぼすような、どこにでもいるセールスマンだ。しかしある時、官公庁の人間に扮したCIAとMI6の訪問を受け、そこでスパイの打診を受ける。「知らない方が身のためだ」と、何をすればいいのかは明確に教わらず、ただ「ソ連でいつものようにセールスを切り開け」と指示された。
ソ連に飛び、諜報機関の2人から渡されたタイピンをつけて科学委員会にプレゼンすると、そのタイピンを見て悟ったのだろう、ペンコフスキーがグレヴィルに話しかけてきた。
こうやって2人は接触を果たし、その後自然な形でペンコフスキーが渡英し、諜報機関が彼の話を聞くことができるようになった。
ここで、グレヴィルの役割は終わり……のはずだった。
諜報機関との連絡がついた以上、グレヴィルの役目は終わったはずだが、ペンコフスキーの希望で、ペンコフスキーが盗み出した機密情報をグレヴィルが持ち運ぶことになった。
もちろん、そんな重役を担えるはずがないとグレヴィルは一度拒絶するが、ヘレンから「4分前警告は嘘よ」と説得される。

【核兵器が発射される4分前に警告がなされる、と言われている。けど、あなたの職場から自宅までどんなに急いでも10分。だから奥さんは家のシェルターに、子どもは学校のシェルターに逃げることになる。設計図を見たけど、どちらも核兵器に耐えられるような構造じゃない。
あなたは、繋がらない電話をずっと掛け続けるか、あるいは「この事態を回避できるチャンスがあった」と悔やむか。】

グレヴィルは「脅すのか」といって席を立つが、その後この任務を受けることに決める……。
グレヴィルのお陰で、「キューバ」に核兵器の発射場建設が進んでいる事実が判明し、世界中に核戦争の緊張が走る中、ペンコフスキーとグレヴィルが命を懸けて届けた情報により「キューバ危機」は回避される……。
というような話です。

まったく知らない話で驚かされた。今まで様々な「実話を基にした物語」を読んだり観たりしてきたけど、その中でも、「名もなき個人が与えた影響力」という意味でずば抜けてトップだろう。

今だって、核戦争の危機が無くなったわけではないが、「キューバ危機」の二の舞を避けるために米ソの官邸にホットラインが引かれることになったという。「キューバ危機」の時よりはマシになったと言えるのだろう。

非常にシリアスな物語なのだが、それが許容される場面ではできるだけ明るいタッチに仕上げようとしている雰囲気を感じる。特に劇中で流れる音楽は、映像のシリアスさに反して非常にポップだ。緊迫感溢れる物語だが、ずっと張り詰めた感じで観続けるような映画ではないと言っていいだろう。

コミカルさという意味では、グレヴィルの家族とのやり取りも挙げられる。どうやらグレヴィルはかつて浮気が妻にバレたことがあるようで、「身体を鍛える」「夜の生活が激しい」などの変化を「浮気ではないか」と疑っている。それに対しグレヴィルは、具体的なことは言えない中で、浮気ではないとは伝えなければならない。こういう場面も、ことさらに面白おかしく描かれているわけではないが、映画全体の雰囲気を和らげてくれるものではある。

自ら望んだわけではなく成り行きだったとはいえ、危険を伴うミッションに足を踏み入れた決断は称賛に値するだろう。実際にグレヴィルが引き受けなかったとしても、CIAやMI6はなんとかしただろうが、諜報機関の人間でさえ「どうなるか分からない」と口にするしかないような「キューバ危機」を乗り越えられたかどうかは分からない。ペンコフスキーとグレヴィルのタッグが「史上最も価値のある情報」を持ち出したという点からも、彼ら無しでは「キューバ危機」の回避はあり得なかったと考えてもいいかもしれないと思う。

映画のラストに至る展開はここでは触れないが、役者の演技から物語の展開まで含めて「凄まじい」としか言いようのないものだった。泣ける/泣けないの話をするのはあまり好きではないのだけど、ラストの展開は泣かずには観られなかった。

これが実話を基にしていないのなら、「平凡なスパイ映画」かもしれない。そりゃあ、ジェームズ・ボンドに勝てるはずがない。しかし、これが実話だと知って観ると、とんでもない物語だということが誰にも分かるだろう。

凄まじい映画を観たなと感じた。

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