【映画】「リアリティ」感想・レビュー・解説
さて、なかなかに凄まじい映画である。ちょっと分からないが、結構「前代未聞レベル」の映画ではないかと思う。
何故なら本作のセリフはすべて、「FBI捜査官が録音していた音声データに記録されていたやり取り」を”一言一句”完全に再現して作られているからだ。この「FBIの録音データ」がどのように流出(あるいは公開)されたのかはよく分からないが、機密事項なのだろう、一部音声が隠されて(文字起こしした記録でも黒塗りになって)おり、その部分も、映像的にそうと分かるような処理でそのまま再現されている。
さらに、FBIは15時ちょうどから録音を開始し、17時17分に終了している。時間にして107分。そして本作『リアリティ/REALITY』の上映時間は82分。一部省略がありそうだったが(リアリティに水を渡すために捜査官の1人がキッチンへ行った場面は、恐らく少し描写が省略されているように思う)、録音時間と上映時間に大きな差がないので、要するに「音声データをそのまま丸々再現している」と言っていいだろう。
同じような試みの映画がかつて無かったとは言えないが、しかしまあ普通には存在し得ない作品だろう。本作は、分類するとすれば「フィクション」になるだろうが、ほとんど「ドキュメンタリー」と言っていいような作品なのだと思う。
さて、この映画の主人公であるリアリティ・ウィナーは一体何をしたのか。アメリカでは彼女の存在は非常に有名だそうで、公式HPによると、本作とは別に、彼女の伝記映画の制作が決定しているらしい。恐らくだが、アメリカ人では知らない者はいないという存在なのだと思う。しかし恐らくだが、日本人にはあまり知られていないだろう。少なくとも僕は、この映画の予告を観て初めて、彼女のような存在がいることを知った。
リアリティ・ウィナーは、アメリカ国家安全保障局(NSA)で契約社員として働く25歳の女性だ。諜報関連会社の言語専門官のような立ち位置で、普段はペルシャ語を英訳する仕事に従事している。他にもパシュトー語やダリー語が得意なのだそうだ。本当はアフガニスタンに派遣されるような仕事に就きたいと思っているのだが、なかなかその念願は叶わず、日々翻訳業務に勤しんでいる。
そしてそんな彼女が、ある情報をNSAから持ち出しメディアにリークしたのである。その情報というのが、「2016年のアメリカ大統領選にロシアのハッカーが介入したかもしれない」という報告書だ。2016年の大統領選と言えば、ドナルド・トランプが当選した時のものだ。つまり彼女のリークによって、「トランプ大統領の誕生は、ロシア政府の仕組まれたものだった」という疑惑がアメリカ中を騒がせることになったのである。そんな彼女は、同じくかつてNSAに在籍していたスノーデンになぞらえて、「第2のスノーデン」と呼ばれているのだそうだ。
そんな彼女の元にFBI捜査官がやってきたのが2017年6月3日。2人の男性捜査官が、スーパーから戻った彼女に声を掛ける。最初に「君は機密情報の扱いに誤った可能性がある」とその訪問理由を告げはするが、その後は、「令状がある」「任意で協力してもらいたい」「話すのはここでもいいし、我々のオフィスが近いからそこでもいい」「犬は噛みつくか?」「食料品は後で我々が冷蔵庫に入れる」「武器はあるか?」など、本筋と関係ある話はしない。2人以外にも捜査官は押しかけ、家宅捜索が行われている。それが一段落ついてから、彼女の希望に沿って、家のほぼ使っていない奥の部屋で話を聞こうということのようだ。
家宅捜索が一段落つくまで彼らは、「犬は保護犬なの」「ジムではウェイトリフティングをやってる」「この前骨盤が回らなくて腰を痛めた」などなど、やはり事件そのものとは関係のない話を続けていく。
しかしまあ、こういうやり取りのリアルだこと。もちろん、実際の音声データを再現しているのだから「リアル」なのは当たり前なのだが、とにかく捜査官たちの「核心をつかずに探りを入れようとする感じ」や「出来るだけ相手に威圧感を抱かせないように関わろうとしている感じ」がとてもよく出ている。まあもちろん、この録音はそもそもFBI側が行っているわけで、「情報が記録されていることが分かった上で、無礼な真似はしないだろう」という想像は可能だ。ただ、映画を観ている限りはそういう印象ではなく、本当に「彼女に本心を喋ってほしい」という一心から自身の振る舞いを決めているように感じられた。
そのことは、繰り返しリアリティにも伝える。「君のことを悪の黒幕だなんて思ってない」「行った行為は邪悪だと思うが、出来心だったんだと思っている」「私たちは、ただ理由が知りたいだけなんだ」みたいに口にしているのだ。恐らくだが、FBIとしても、「どうしてこんな女性がこんな大それたことをしたのか」に困惑していたのではないかと思う。そういう雰囲気がとても良く伝わってきた。
さて、彼らがどんなやり取りの末に、リアリティ・ウィナーに「白状」させたのかは是非映画を観てほしいが、後から振り返って「あぁ、なるほどなぁ」と感じる指摘があったので、それには触れておきたいと思う。
僕は、リアリティ・ウィナーのことも知らなかったので、彼女がどのように情報を流出させたのかも知らなかった。だから後から振り返って、「なるほど、だからあんなことを言ったのか」と感じる場面があったのだ。
さて、捜査官たちは、核心的な聞き方をすることなく、リアリティに「心当たりがあったら話してみてくれないか」みたいなスタンスで質問を投げかける。最初の最初で「機密情報の取り扱いに誤りがあったかもしれない」という話をしているので、「何らかの情報漏洩の話だ」ということぐらいはリアリティも想像出来ただろう。そして捜査官も、「何か機密情報の扱いについて過ちを犯さなかったか」という聞き方をしていく。
するとリアリティは、「そういえば少し前に、印刷した紙を持ってうっかりカフェに行ってしまった。帰りに警備員に見つかって、それからは、機密情報以外は『可愛い紙』に印刷して区別出来るようにしている」というエピソードについて語る。
その後も捜査官は「他に何か心当たりはないか?」と聞くのだが、リアリティは「特にない」と言いつつ、「仕事柄、印刷することは結構ある」「一度ネットの記事を印刷して…」みたいな話を続けるのだ。
そういう話の中で捜査官の1人が、こんなことを言う。
『セキュリティについての話をしているのに、何故紙の話ばかりするのか?』
確かにその通りだろう。セキュリティの話でパッと思い浮かぶのは、どちらかと言えば「ネット経由での情報漏洩」ではないだろうか。しかし彼女は、そういう話は一切せず、紙の話ばかりしていた。しかし捜査官がそう指摘した時には、それが重要なやり取りだとは気づかなかった。
しかしその後、リアリティが「印刷した紙を外部に持ち出した」ということを知り、「そのことが頭の中にあったから、無意識の内に『紙』の話ばかりしてしまったのか」と合点がいった。
あと、大したことではないのだけど、映画を観ながらよく理解できなかったポイントが、「令状があったのに、どうして『任意』を強調していたのか」だ。もちろん、単に「あなたから無理矢理話を聞き出すつもりはない」という意思表示をしていただけなのかもしれないけど、日本とは違うルールがあるのだろうかと少し気になった。
あと、最もどうでも良い話だが、「リアリティ・ウィナー(Reality Winner)」が本名って凄いなぁ。直訳すると「現実・勝者」だもんなぁ。彼女が犯した罪と合わせて何か考えてしまいたくなるような名前だったし、映画のタイトルとしても、作品の「圧倒的なリアリティ」という意味も掛け合わさって、まさにピッタリと言う他ない。
リアリティ・ウィナーは、個人の情報漏洩罪としては史上最長となる懲役5年が言い渡された。これについて、映画のラストに入れ込まれた「実際のニュース映像」の中である人物が、「懲役刑の長さは恐らく、国民を萎縮させようとしていることの現れだろう」と言っていた。確かに、そのような可能性を考えたくもなるだろう。
彼女の伝記映画の制作が決定していることから考えても、リアリティ・ウィナーはアメリカにおいて、ある種「ヒーロー」的な扱いになっているのではないかという気がする。そう考えた時、「懲役刑の長さ」は逆の効果を生む可能性も考えておくべきだろう。「ヒーロー」に対して酷い扱いをしたという不満が燻り、より大きな動きが生まれる可能性だってあると思う。
そういう可能性さえも感じさせられる、なかなか凄まじい映画だった。ホント、「リアリティ」がとんでもない。
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