【映画】「セールス・ガールの考現学」感想・レビュー・解説

いやー、これは面白かった!正直、「何が面白かったのか」がさっぱり分からないのだけど、とにかく面白い。これと言って何かが起こるわけでもないし、琴線に触れるセリフが出てくるわけでもないのに、ずっと面白かった。もちろんこの「面白い」は、「interesting(興味深い)」という意味なのだけど、「funny(可笑しい)」という意味でも面白かった。映画中、随所に「クスッと笑えるポイント」が散りばめられていて、実際に観客の間からも何度も笑い声が上がっていた。そのfunnyさも、「狙った面白さ」という感じじゃなく提示されているのがいい。ホントに、「主人公の女の子のナチュラルな行動が、結果として笑いを誘っている」という場面が多い。

モンゴル映画なのだけど、主人公サロールを演じた女優が、メチャクチャ日本人っぽくて異国感がない。なんとなく、「森七菜」とか「白河れい(貴乃花の娘)」に似てる感じ。でも、舞台は明らかに「異国」だから、そういう違和感も日本人的には面白く感じられるかもしれない。

とりあえず、ざっと内容の紹介をしておこう。
大学で原子力工学を学ぶ地味な学生であるサロールは、そこまで親しいわけではないクラスメートからあるお願いをされる。そのクラスメートは、バナナの皮で滑って足を骨折してしまい、しばらくバイトを休まなければならなくなったのだ。「代理を見つけないとクビだ」と言われ、サロールに声を掛けたというわけだ。
そのバイトというのが、「セックス・ショップ(アダルトグッズ販売店)」の店員である。
彼女は、店で商品の説明をひとしきり受け、「仕事の後、売上を、オーナーのカティアさんのところに届けてくれ」と、オーナーの家の鍵も預かる。初日の仕事を終え、売上を持っていくと、驚いたオーナーは怪我をしたバイトの子に電話をする。「正気?子どもを連れてくるなんて、あたしを逮捕させるつもり?」サロールは、成人しているようには見えない童顔なのだ。
こんな風にして、サロールの「セックス・ショップでのアルバイト」が始まる。
基本的にオーナーとの関わりは、売上を届けるだけなのだが、カティアはどうにもサロールのことが気に入ったようだ。一緒に食事をしたり、出かけたりするような仲になっていくのだが……。
というような話です。

映画を観ながら、僕がずっと面白いと感じていたポイントは、「サロールの無反応さ」だ。とにかくサロールは、その場その場の状況に、自身の意思を一切介在させないかのように、無表情で状況に接していく。普通なら、「えっ、困ります」「うわ、どうしよう」「それはちょっと…」みたいな反応になってもおかしくないような場面でも、とにかくサロールはひたすらに無表情のまま流されていく。

そのようなスタンスが、「自信の現れ」から来るのだとしたら、また受け取り方はちょっと変わっただろう。しかし、サロールの場合はそうではない。明らかに、「人生どうでもいいと思っている」みたいな感じが漂うのだ。アダルトグッズショップでバイトしようが、よく分からない年上のオーナーと食事しようが、ひょんなことから警察に拘束されようが、店で客からよく分からない扱いを受けようが、彼女にとってそれらはすべて「どうでもいいこと」なのである。

では、彼女にとって「どうでもいいとは思えないこと」は一体なんなのか。それは、映画の中で随所に描かれるのだけど、僕は正直、物語の後半になるまで、それが彼女にとって「重要なこと」だとあまり理解していなかった。同じように受け取る人もいるかもしれないので、ここではそれには触れずに思う。とにかく彼女には、「どうでもいいとは思えないこと」がちゃんとあるのだ。

しかし一方で、彼女はそれを「見ないようにしている」とも言える。というのもそれは、彼女が大学で選考している原子力工学とはあまりにかけ離れているからだ。サロールはカティアからの問いに答える形で、「原子力工学を選考したのは母の勧めだ」と明かす。彼女自身は、そこになんの興味も抱いていない。本当に興味が持てることには「蓋をしなければならない」と考えているのだ。

そういう意味でも、意思が弱いというのか、仕方ないと考えているというのか、そういう存在である。その感じが、「どんな時も無表情」という彼女のスタンスから実によくにじみ出ている。「敢えて無表情を装っている」とかではなく、「ナチュラルに無表情」という感じが、凄く良い。

サロールはオーナーから「眉毛がボーボー」と言われるぐらい、身なりに気を遣わない。髪もボサボサだし、服装も暗めの色合いのものが多い。「自分がどう見られているか、自分をどう見せるか」ということに、根本的な関心が欠けているのだろうと思う。

こういう感じが、サロールの「スタート地点」である。

そしてここを起点に、サロールが変わっていく物語なのだけど、その過程がなんだか一筋縄ではない感じで面白い。とにかく映画を観ながら感じていたのが、「次どういう展開になるのかさっぱり分からない」ということだ。ミステリチックな作品でも、SF的な設定でもない、割とよくある日常を描いた物語だと思うのだけど(アダルトグッズショップという設定だけちょっと異質だけど)、とにかく何がどうなるのかさっぱり分からない。

やはりその最大の要因は、サロールにある。サロールはとにかく、「自らの意思で行動する状況」がほとんどない。物語が展開するにつれて、彼女が自発的に行動する場面が増えていくのだけど、最初はとにかく、彼女にとっての「どうでもいいとは思えないこと」以外は、自分の意思で何か動くということがない。家でも、父親から「お茶を持ってきてくれ」と言われて反発するでもなく持っていく場面が描かれる(まあこの場面は後で、クスクス笑いを生むことにもなるのだけど)。カティアとの関係でも、基本的にカティアに言われるがまま行動していく。

そして、サロールを結果として大きく揺さぶっていくことになるカティアがまた謎めいたキャラクターなので、何をするんだか分からない雰囲気が強い。実際、カティアがサロールに対してする提案は、ことごとく唐突なものが多い。そして、その感じに、サロールもやはり無表情で付き従っていくのだ。その奇妙さが、やはり面白い。

さて、この映画ではもう1人、サロールと関わる人物が描かれる。名前が1回しか出てこなかったと思うので間違ってるかもだけど、「トガドルジ」みたいな名前だったと思う。サロールとどういう関係なのかよく分からないが、僕は「幼なじみ的な異性」なんじゃないかと思った。いつも同じ場所で、お互いにタバコを吸いながら、ダラっとした感じの話をしている場面が、時々挟み込まれる。

彼と話している時のサロールは、他の人と話している時と違って、少し「緩んでいる」感じがある。相変わらず無表情であることに変わりはないのだけど、それは、サロールが他の場面で見せる「無表情」とはちょっと意味が違っていて、「無表情でいることが、お互いに対する親密さの現れである」ということを理解しているが故の無表情であるように感じられた。

正直、彼がどういう風に物語に絡んでくるのかは全然分からないまま観ていたのだけど、「なるほど、そうなるのか」という展開になる。映画全体の中で、この場面が一番「funny」だったなぁ。普通ならfunnyになるような場面じゃないんだけど、とてもfunnyだった。そして最終的に、その場面こそが、サロールにとっての「新たな決断」のきっかけになるという展開が、物語全体を実に上手くまとめたような感じがあって良かった。

あと、随所に、映像の見せ方として上手いなぁ、と感じるような場面があった。例えばある場面で、「サロールの両親が、寝ている弟を静かに運んでくるシーン」がある。この場面、最後に「両親が弟を運んできた部屋で寝ているサロール」を映し出して終わるのだけど、それによって「あー、なるほど」となる場面となっている。「あること」を直接的に描くことなく、「弟を運んでくる」というだけで、観客にそれを伝える感じが、凄く上手いなと思った。

あと、この映画は全編にわたって、「音楽が流れるシーンで、実際に歌手が登場する」という、意味の分からない演出がなされる。しかし、これも、別に違和感を与えるようなものじゃないんだよなぁ。どんな意図でそんな演出にしたのかはよく分からないけど、僕は結構好きだった。特に、草原のシーンで歌手が出てきた場面は、映像の感じも含めて、凄く良かったなと思う。

しかしホント、変な映画だったなぁ。そしてその変さが、とても良い方に作用しているタイプの映画だったと思う。上映館がかなり少ないのが残念。みんな結構観たらいいと思うよ!

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