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【能登半島地震】住職はいとこ同士 門徒の生活再建ともに願う

※文化時報2024年3月1日号の掲載記事です。

 石川県七尾市にある真宗大谷派安泉寺の國分大慶住職(60)と信行寺の伊賀正道住職(69)は、いとこ同士。能登半島地震では約20キロという距離を感じさせないほど、密接に情報交換してきた。2人が気にかけるのは、同県珠洲市や輪島市に住む門徒の生活再建。「門徒たちが多くの産業を興し、豊かな日常生活を送ってきたからこそ、能登地方は真宗王国と呼ばれた」と口をそろえる。(山根陽一)

安泉寺の國分住職(左)と信行寺の伊賀住職

超宗派で脱原発を

 「うちは大したことないから」。そう話す國分住職の自坊・安泉寺は、客殿がぺしゃんこにつぶれ、本堂のしっくいは剝がれ落ちていた。石段は崩落し、墓石は倒壊している。伊賀住職は「安泉寺は七尾市で最も被害が大きかった寺の一つ」と代弁した。

 地震発生当日、國分住職は近隣の体育館に泊まり、その後は車中泊で過ごした。水道や電気は止まり、雨漏りを防ぐブルーシートをかけて堂内を片付ける日々が続いた。余震が続く中、妻と4人の子ども、母と計7人で身を寄せ合った。

 妻は珠洲市出身。「現地の門徒や近隣の被害は、うちらの比ではない。安否確認を取るのが毎日の重要な責務」と國分住職は語る。

 國分住職が懸念しているのは、最大震度7を観測した石川県志賀町の北陸電力志賀原子力発電所だ。今回の地震の震源地に近い珠洲市高屋町では、かつて「珠洲原発」の建設計画があり、「もし建設されていたらどうなっていたか」と語る。

 超宗教・宗派の「原子力行政を問い直す宗教者の会」に参加し、原発に頼らず復旧・復興に向かう道を模索する考えだ。

御便殿をシンボルに

 一方、伊賀住職の自坊・信行寺は大きな被害を受けた和倉温泉の近くにあるが、本堂の壁や廊下が破損した程度で済んだ。国の登録有形文化財に登録されている信行寺書院(和倉御便殿供奉殿=ごべんでんぐぶでん)もほぼ無事だったという。

ほぼ無事だった信行寺書院(和倉御便殿供奉殿)のふすま絵

 御便殿は1909(明治42)年、大正天皇が皇太子時代に行った北陸行啓の際に建設された。わずか2時間の滞在のために作られ、本来は解体されるはずだったが、同行した東宮主事が永久に残すべきだと提言したという。戦後に信行寺と、隣接する曹洞宗青林寺に移築された。

 歴史的建造物を研究する福井工業大学の市川秀和教授は「御便殿供奉殿は床が沈んだり壁の一部が落ちたりしたものの、和倉温泉のホテルが壊滅的な被害を受けた中で、奇跡的に生き残った。観光復興への道のりは遠いが、東日本大震災の『奇跡の一本松』のようなシンボルになれば」と話す。

 伊賀住職も、珠洲市や輪島市の門徒を心配する。「林業、農業、漁業を営んできた人々があってこその寺院。過疎化や高齢化が進む能登半島で復興を実現するのは簡単ではないが、つつましく堅実な人々と共に一歩一歩進めていきたい」と語った。

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