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つなぐ心②続く傾聴 死別後も

※文化時報2022年1月11日号の掲載記事です。

 終末期医療に携わる僧侶が向き合う相手は、患者だけではない。最も近くにいる家族に寄り添い、亡くなった後のグリーフ(悲嘆)を和らげることも、重要な役割の一つだ。

聴いてもらえる安心感

 三菱京都病院(京都市西京区)緩和ケア病棟のビハーラ僧、山本成樹さん(55)=浄土真宗本願寺派願生寺衆徒=は、丁寧な文字で書かれた1枚のメモを大切に保管している。

 「1月5日午後4時4分、母が亡くなりました。山本様が仰っていたように、楽に眠るように亡くなりました」。畦崎孝司(うねさき・たかし)さん(59)が、胃がんで入院していた母の和子さんを看取った直後にしたためた。

 畦崎さんは、2020(令和2)年に和子さんを、翌年に父の清治さんを、いずれも三菱京都病院で見送った。「最もつらい時、山本さんがそばで話を聴いてくれたことで救われた」。現在も山本さんと交流を続けている。

 和子さんにステージ4の胃がんが見つかったのは、19年11月。入院先から転院を求められ、病院探しに明け暮れた。病状を聞くなり入院を断られ、駐車場で涙を流したこともあった。

 その数年前、末期がんで亡くなった40年来の親友は、過酷な抗がん剤治療の末、苦しみながら息を引き取った。畦崎さんは親友の姿が目に焼き付き、半年もの間、毎晩のように遺体の夢を見続けた。

 「母には同じ思いをさせたくない。完治が望めないのなら、せめて痛みや苦しみを取り除いてやりたい」。ようやく三菱京都病院への入院が決まった時、望んだことはそれだけだった。

 山本さんは、病状が進んでいた和子さんと直接会話することはなかったが、亡くなるまでの約1カ月間、畦崎さんと何度も言葉を交わした。

 「亡くなった親友の姿が母と重なる」「一番しんどい思いをしているのは母自身。でも、付き添う家族もつらい」。抱え込んでいた思いを吐き出すうち、穏やかな気持ちになることも増えた。

 「仏教の話を一方的に聞かされても、受け入れられなかっただろう。『自分の話を聴いてもらえる』という安心感が、心身の緊張を和らげたのかもしれない」。畦崎さんは、そう振り返る。

 19年に胆管がんの母を看取った京都市内の男性(63)も、山本さんと交流が続いている一人だ。今も折に触れて病院を訪れ、スタッフをねぎらったり差し入れを手渡したりする。患者や家族の憩いの場となっている病棟のウッドデッキに、人工芝を寄付したのも男性だ。

亡くなった患者の遺族が人工芝を寄付した病棟のウッドデッキ

 山本さんとは入院2日目、緩和ケア内科部長を務める吉岡亮医師の紹介で出会った。母に優しくできなかった後悔を口にした時、「私にも覚えがあります」と耳を傾けてくれたことが印象に残っているという。

 男性は「最初から心のケアを求めていたわけではないが、否定もアドバイスもせずただ聴いてくれたことで、心が軽くなった」と打ち明け、「心のケアの基本は、傾聴することなのだと思う」と話した。

会えなくても、言葉で

 新型コロナウイルス感染拡大を受け、三菱京都病院は20年4月、入院患者との面会を停止した。現在は緩和ケア病棟に限り、病状の厳しい患者を対象に週1回の面会を受け入れている。山本さんは週2回、患者のベッドサイドに赴くが、家族と接する機会は大幅に減った。

 「これまでは、患者さんが話せなくなると、付き添いのご家族と会話することが増えていた。最もつらい時にご家族のそばにいられないことが心苦しい」

 山本さんは、自身のお経の本や仏教に関する冊子『いのちの栞しおり』(本願寺出版社)などを患者に手渡すことがある。「せっかくですから、好きな言葉を書いていただけませんか」。色紙にサインをもらうように、ペンを渡し、表紙の裏に書いてもらう。「人は生まれて来る時は一人。次の世に誘われ旅立つ時も又ま た一人である」「幸」。選ぶ言葉は、人によってさまざまだ。

 本人が亡くなった後、遺族から希望があれば、言葉が記された冊子を渡す。「母はこんな言葉を書いていたんですね」「夫がこんなことを思っていたなんて。宝物です」。メッセージを通じ、亡き人と遺族の心がつながっていく。

 「故人の言葉から新たな一面を発見し、グリーフケアにつながることもある。直接話す機会が減っても、できることを続けたい」と、山本さんは話す。

『いのちの栞(しおり)』(本願寺出版社)

生きていくための宗教

 「Life Goes On」。畦崎さんは、父母や親友を亡くした時、心の中で繰り返しこうつぶやいたという。「悲しみや苦しみに出会っても、人生は続いていく」という意味だ。「悲しみが消えることはないが、心を慣らすことはできる。そのためには、生き続けてさまざまな経験を重ねることが必要だ」と語る。

 コロナ禍で、大切な家族を失った人の悲嘆は増している。「もっと会えていれば、話せていれば」。医療者、宗教者がどれほど力を尽くしても、後悔に襲われる人は少なくない。

 「宗教は亡くなった人のためではなく、生きている人のためにある。お坊さんには、今を生きていく私たちのよりどころであってほしい」。畦崎さんは、そう願い続けている。

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