見出し画像

寺院再生で地方創生を 鵜飼秀徳氏

※文化時報2020年5月9日号の記事を再構成しました。

 浄土宗僧侶でジャーナリストの鵜飼秀徳氏は、2015年にベストセラー『寺院消滅 失われる「地方」と「宗教」』(日経BP社)を書いたことで知られる。その後も確かな取材力と鋭い視点で、数々の本を出版。仏教界の論客として異彩を放つ。文化時報「社会と宗教をつなぐ 紙上セミナー」の講師でもある鵜飼氏に、これからの寺院経営へのヒントを尋ねた。(主筆 小野木康雄)

画像1

鵜飼秀徳(うかい・ひでのり=ジャーナリスト・浄土宗正覚寺副住職)1974年6月生まれ。成城大学文芸学部卒業。日経BP社「日経ビジネス」記者、「日経おとなのOFF」副編集長などを歴任後、2018年1月からフリーに。一般社団法人「良いお寺研究会」代表理事や文化時報紙上セミナー講師を務めている。近著に『仏具とノーベル賞 京都・島津製作所創業伝』(朝日新聞出版)がある。

身の丈に合った経営

――『寺院消滅』以来、寺院を取り巻く環境の変化をどう見てきましたか。

 「曹洞宗や浄土宗の宗勢調査を見ていると、状況はより厳しくなっている。全国約7万7千カ寺のうち、住職が住んでいるお寺は約6万カ寺と言われているが、30~40年後には約4割が後継者不足で空き寺になるだろう」
 「『檀家が減るからお寺が消える』『檀家を増やすにはどうすればいいか』という観点で語られることが多いが、私は最近、むしろ檀家を減らしていくべきではないか、と考えるようになった」

――興味深い視点です。なぜそう考えるのですか。

 「人口が減る一方なのに、檀家を増やすのは無理がある。しかも、お寺は超高齢多死社会の受け皿になれていない。繁栄を求めるのではなく、身の丈に合ったサイズまで、うまく戻していく必要がある」

 《国立社会保障・人口問題研究所による17年の推計では、2100年の人口は5972万人まで減少すると試算されている》

 「これからは収益事業への過剰な投資をやめ、手の届く範囲まで檀家数を減らすべきだ。顔の見える付き合いの中で、丁寧にお葬式を挙げ、終活のお手伝いをすることが、お寺が生き残る近道ではないか」

――そうすると、食べられない僧侶が出てくるのではないでしょうか。

 「副業を持てばいい。檀家が減れば時間はできる。人口減少は人手不足を意味しているから、外の世界に働き口はある」
 「逆に教団は、ガバナンス(統治)を効かせ、責任ある運営をするために、民間や行政といった外の世界から出向者を受け入れた方がいい。僧籍を取得してから社会に出る人は多い。お寺に戻るきっかけと、充実した再教育の仕組みがあれば、多様な人材を宗門から掘り起こせる」

――人材育成には、どの教団も苦慮しています。

 「誤解を恐れずに言えば、ハードルを下げて門戸を広げるべきだ。教団が求める資質などは、誰にも備わっていない。広く民を救う、弱者に寄り添う、愛のある社会にする、そう思えるかどうかだ」
 「お寺という箱を用意され、作法や伝統などの形から先に学ばされるのが、これまでの僧侶養成。もっと分かりやすく、丁寧に育てないと。乱暴な育て方は時代にそぐわないし、宗門の地盤沈下につながる」

オウム真理教事件を取材

 《鵜飼氏は2018年に日経BP社を退社してフリージャーナリストとなり、自坊の正覚寺(京都市右京区)に戻った》

――ご自身は、いつ僧侶になられたのですか。

 「私はお寺の生まれで、学生時代の1994年から浄土宗の道場に入って修行した。オウム真理教事件のあった95年は、テレビ朝日の報道センターで助手のアルバイトをしており、取材に忙しかった。惨めな気持ちだった。オウム信者と自分はどう違うのだろうか、と。伝統仏教は彼らに寄り添えなかった」
 「どうしてもマスコミに就職したくて、記者になった。スクープや人脈にこだわり、スキルを身に付けた。それで、学生の頃よりも気持ちに余裕が生まれた」

――自坊に戻られたきっかけは。

 「いずれは寺を継ぐために戻りたいと思っていた。マスメディアは徐々に衰退してきたのに、自分のポジションは上がり、ノルマを課せられ、売れる企画を求められるようになった。それをどうでもいいと感じてしまう自分は、企業人として失格だと痛感した」
 「だんだん疲れてきて、妻が『戻ったらどうか』と。本を書き、仏教界で必要とされ始めた頃に、企業でつらい時期を迎えて、自然に辞めたという感じだった」

――現在は副住職として法務に当たっています。改めて気付いたことは。

 「仏教は勉強すると面白い。記者の仕事より面白いかもしれない。なぜなら、社会学や歴史学、文化人類学、心理学、あるいは自然科学が交差するど真ん中にあって、どこからでもアプローチできるから。知識があれば優れた僧侶になれる、とは思わないが、楽しんで僧侶をするには知識が必要だ」

画像2

仏教への理解不足

――仏教や僧侶に対する社会の見方を、どう感じていますか。

 「『戒名料を何百万円も取られた』というような話は、誇張した噂話や悪口の連鎖にすぎない。もし、人物的に立派な僧侶が身近にいれば、そういう根拠のない話は広がらないはずだ。尊敬できる僧侶が、周囲に一人もいない、ということではないか」
 「お布施が阿吽の呼吸で決まっていた時代は、ルールに基づいた地域社会とお寺の関係があった。いまは一対一だから、トラブルが起きやすい。お寺だけが悪いのではなく、仏教に対する社会のリテラシー(理解し活用する能力)が欠けている」

――「坊主丸儲け」という誤解が、社会にはまだ根強くあります。

 「僧侶が毎日掃除をしてお勤めをし、準備して葬式に臨むことを知らない。葬送や死への教養が乏しく、何事も料金表で決める。互助の精神に基づきお金をかけない仕組みが葬式なのに、家族葬を選んでしまう。墓地の撤去費用があれば何十年も供養してもらえるのに、墓じまいをしてしまう」

民間企業の力必要

 《鵜飼氏は2018年に一般社団法人「良いお寺研究会」を設立した。『寺院消滅』で描いた未来を回避するのが目的だ。活動の柱に、社会貢献に取り組む民間企業と、活性化を図るお寺のマッチングを掲げている》

――なぜ民間企業に着目されたのですか。

 「消えゆくお寺は、自助では立ち直れない。宗門が救うことはできず、政教分離の原則にこだわる行政にもできない。民間企業しかない」
 「大企業なら資本やマンパワー、知恵を出せる。お寺や仏教の再生に寄与しながら企業がもうけられる仕組みを作るのが、経済界を長年取材してきた私の役割だと思っている」
 
 《18、19年には凸版印刷が企画した障害者アートの美術展を、時宗長楽寺(京都市東山区)で開催。社内研修をお寺で実施したり、文化財保護に企業の力を借りたりと、さまざまな事業を手掛ける》

――企業による寺院再生は、社会に何をもたらすのでしょうか。

 「寺院再生は地方創生につながる。お寺と心ある企業が手を組み、野心よりも理念を優先すれば、地方創生のモデルケースができる。仏教界と経済界が提携できるようにしたい。国がやるべきなのにできないことを、実現させたい」

画像3

講演会・研修講師 承ります

 文化時報社は「社会と宗教をつなぐ 紙上セミナー」面で紹介している宗教者・社会活動家を講師陣とし、オンラインを含む講演会・研修を行っています。

▽鵜飼秀徳(ジャーナリスト・浄土宗正覚寺副住職)
▽藤井奈緒(上級終活カウンセラー・一般社団法人「親なきあと相談室関西ネットワーク」代表理事)
▽山本成樹(三菱京都病院ビハーラ僧)
▽木村賢普(介護福祉士・ケアマネジャー)
▽三浦紀夫(仏教福祉グループ「ビハーラ21」理事・事務局長)
▽小野木康雄(文化時報主筆・元産経新聞)
▽泉英明(文化時報編集委員)

 この7人が社会と宗教のさまざまな問題を考えます。宗派・寺院・青年会などでの研修や勉強会、檀家・門徒向けの講演にも対応いたします。お問い合わせは文化時報社(https://bunkajiho.co.jp/contact.html)まで。

 私たちは宗教専門紙「文化時報」を週2回発行しています。皆さまの「スキ」と「フォロー」をお待ちしております。
 お問い合わせ・ご購読のお申し込みは、文化時報ホームページまで。https://bunkajiho.co.jp/contact.html


サポートをいただければ、より充実した新聞記事をお届けできます。よろしくお願いいたします<m(__)m>