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医療にない宗教の安心 山本成樹氏

 ※文化時報2020年6月6日号の記事を再構成しました。

 浄土真宗本願寺派僧侶の山本成樹氏は、緩和ケア病棟でがん患者や家族、医療スタッフらの苦悩に耳を傾ける「ビハーラ僧」だ。医療・介護の現場で活動する宗教者は近年、注目されつつあるが、社会の認知度はまだ高くない。宗教は医療・介護と協働できるのか。現場に根差した山本さんの話には、ヒントが詰まっていた。(主筆 小野木康雄)

 山本成樹(やまもと・なるき=三菱京都病院ビハーラ僧)1966年12月生まれ。龍谷大学文学部真宗学科卒業。作業療法士の資格を持ち、約10年間働いた。ビハーラ僧としては、2011年4月~18年3月に浄土真宗本願寺派の緩和ケア病棟「あそかビハーラ病院」(京都府城陽市)で、15年2月からは三菱京都病院(京都市西京区)で勤務している。京都府八幡市の願生寺衆徒。

死はひとときの別れ

 《生死の問題に直面したがん患者は「なぜ自分が病気になったのか」「死んだらどうなるのか」といった答えのない苦しみを抱える。こうしたスピリチュアルペイン(魂の痛み、いのちの苦)を傾聴などによって和らげるのが、ビハーラ僧の役割だ》

――患者さんやご家族とは、どのように向き合っておられますか。

 「目の前の相手に、好意を持つことを心掛けています。こちらがあれこれ質問するのではなく、話していて楽になってもらう時間にしたい。医療従事者にできない関わり方をするからこそ、宗教者が医療現場に入る意味があると思います」
 「余命いくばくもない方と接するわけですから、『よく耐えられますね』『つらくないですか』と言われます。でも、私は患者さんに『また会える』と思っている。亡くなって寂しいというより、ひとときのお別れという感覚なのです。それに患者さんのお姿は、近未来の私の姿だと思っています」

 《大切にしている言葉がある。「『出遇う』世界から『出会う』世界へ」。この世で出遇ったのは偶然だったとしても、浄土では必ず会えることが約束されている、という意味だ。講演のタイトルにもよく使っている》

――病棟には宗教を信じていない人も多いと思います。どう対応しておられますか。

 「もちろん、相手の信仰を尊重します。ビハーラ僧が自分の価値観を押し付けることはありません」
 「自分は無宗教だとおっしゃる方でも、仏壇に必ず手を合わせたり、神社にお参りに行ったりという形で、宗教性を持っていらっしゃる方は大勢います。会話をしていれば、自然と宗教性のある話になるものです」

患者でなく、人として

 《作業療法士として医療現場で働いた経験を買われ、ビハーラ僧になった。医療従事者からは「現場での動き方が分かっている」と評価されている》

――医療と宗教が協働するために、宗教者が気を付けなければならないことは何ですか。

 「そもそも医療現場は、宗教者がいなくても成り立っています。病気に対処するだけなら、最低限の医療従事者がいればいい。しかし、病気ではなく病人をみるには、ゆとりの部分が必要です。現場には邪魔に映っても、その人らしさに関われるのは宗教者しかいません」
 「宗教者なら、自分の信じる教えに尋ねることが大切です。押し付けがましくなってはいけないが、そこが揺らいでいると、患者さんやご家族に安心を与えることはできない。私の場合は、お釈迦さまや親鸞聖人ならどうするか、と問い直すのです」

――医療従事者からどう評価されるかも重要ですか。

 「どうでしょう。たしかに、宗教者は医療従事者のために、患者さんやご家族の情報を集めるべきだという考え方はあるでしょう。ただ私は、患者さんやご家族が〝主語〟でなければならない、と考えています。そうした接し方が、結果として医療従事者に認められればいいと思っています」

 《ビハーラ僧は本願寺派が養成しており、宗教・宗派を問わない臨床宗教師=用語解説=は東北大学や龍谷大学などが大学院に講座を設けている》

――現場で研修を受け入れ、指導役を務めていますね。

 「同じ研修を受けても、宗教者によって患者さんやご家族への接し方が違うと感じています。とっさに出る言葉掛けや対応は、技術では教えられません。自分自身が何を大事にして関わりたいかで左右されます。そういう意味で、私は指導する立場ですが、お互いに学び合うのが研修だと考えています」
 「私の場合はよく、患者さんから『患者として見ないでくれて、ありがとう』と言っていただきます。一人の人間として接しているからです。病気の話だけでなく、その人が大事にしてきたことや伝えたいことを聞くべきです」

0606紙上セミナー山本さん傾聴

信者と向き合って

 《ガソリンスタンドを経営する両親の四男として生まれた。高校生のとき、母親が生死の淵に立たされて一命を取りとめた経験から、得度を決意。現在は、同様に僧侶となった兄弟の寺院を手伝う》

――お母さまは本願寺派のお寺の生まれだそうですね。

 「はい。小学校に入る前、母から『命は比べたら物になる。比べるような生き方はしないでね』と言われました。患者さんにもよく話すのですが、比較した喜びは、必ず比較した苦しみに出合います。比較を超えた喜びこそが、色あせないと思っています」

――患者さんから教わることも多いのではないですか。

 「正論はときに人の心を傷つける、ということを学びました。ある患者さんが、がん封じのお守りを枕元に置いていました。私はとっさに『願いがかなうといいですね』と言った。すると、患者さんから意外な答えが返ってきました」

 「以前かかっていた病院で、主治医から『そんなもので治るなら、医者などいらない』と笑われたと言うのです。『それぐらい、自分だって分かっている。どんなにつらい思いをして、このお守りを持っていると思うのか…』。そう聞かされたとき、私は相手の思いを安易に否定してはならない、と思い知りました」

――お寺の活動については、どう考えていますか。

「私は病院での勤務時間が終わると、お参り先の独居高齢者のお宅を訪ねています。もし私が住職だったら、ビハーラ僧にはなっていません。お寺ほど、多方面で活動できる場はないですし、時間がいくらあっても足りないからです」

 「宗教者は、医療や福祉の現場で頑張りたいと言う前に、まず目の前の信者と向き合ってほしいですね」
           ◇
【用語解説】臨床宗教師(りんしょうしゅうきょうし=宗教全般)
 心のケアに当たる宗教者の専門職。2012年に東北大学大学院で養成が始まり、一般社団法人日本臨床宗教師会が18年3月から資格認定を行っている。

0606紙上セミナー山本さん顔

講演会・研修講師 承ります

 文化時報社は「社会と宗教をつなぐ 紙上セミナー」面で紹介している宗教者・社会活動家を講師陣とし、オンラインを含む講演会・研修を行っています。

▽鵜飼秀徳(ジャーナリスト・浄土宗正覚寺副住職)
▽藤井奈緒(上級終活カウンセラー・一般社団法人「親なきあと相談室関西ネットワーク」代表理事)
▽山本成樹(三菱京都病院ビハーラ僧)
▽木村賢普(介護福祉士・ケアマネジャー)
▽三浦紀夫(仏教福祉グループ「ビハーラ21」理事・事務局長)
▽小野木康雄(文化時報主筆・元産経新聞)
▽泉英明(文化時報編集委員)

 この7人が社会と宗教のさまざまな問題を考えます。宗派・寺院・青年会などでの研修や勉強会、檀家・門徒向けの講演にも対応いたします。お問い合わせは文化時報社(https://bunkajiho.co.jp/contact.html)まで。

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