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文化遺産マネジメント~「公開」「利用」から「活用」へ~

1.はじめに
 文化財保護法の改正を受けて、文化財の「活用」について様々な事例が紹介され、研究も行われているが、まだまだ筆者が考える「活用」といえる事例は少ない。事例の多くは展示会やイベントの開催、総合学習への協力、観光ツアーの実施などで、文化財を「利用」しての取り組みが殆どである。これらは補助金を前提とした取り組みであり、取り組みが遅れている市町村ではそうしたことさえも実施されていないのが現状である。「活用」についての講演のあとで、担当者から「うちの町でもできますか?」という質問を受けることがあるが、「活用」はちょっと真似をしたからといって、簡単に実践できるわけでもないし、ましてや成果をあげることもできない。それはその市町村が抱えている課題にもよるし、また担当者の「やり抜く力」次第だからである。
 多くの人を集めている文化財には共通していることがある。それは、文化財の持つ「価値」をいつでも体感できるところだ。そういう意味では「活用」ができているところは極めて少ないといえる。筆者は文化財ごとに「活用」の取り組みは異なると考えており、唯一共有できるとしたら、文化財を「マネジメント」する手法であろう。今回は昨今課題となっている文化財の「活用」についての”取り組み”についての考え方を示してみたい。                

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2.「活用」を定義する                        文化財の「活用」については具体的な定義がなく、これまでは公開や教育・普及という意味で使われてきた。最近では日本遺産制度の創出により「活用=観光振興」という認識が広まっており、文化財担当者の間では戸惑いの声もあがっている。しかしいずれも文化財を「利用」することが前提であって、文化財の価値をどう見せ、どう伝えるのかについては触れられていない。それこそが「活用」をあいまいにしている原因ではないかと思っている。そこで、筆者は文化財の「活用」について次のように定義したい。

  ”文化財の持つ「価値」を適切に継承するための”取り組み”

 つまり、文化財を教育や観光に「利用」するために必要な、文化財そのものが有する本質的な価値を伝えるための具体的な”取り組み”こそが、文化財を「活用」するということであろう。なぜなら、文化財の多くが歴史的な解説や単なる公開に留まっており、本質的な価値を伝えられているものは非常に少なく、地域における教育や観光に寄与できているとはとうてい言えないからである。

 では、その具体的な”取り組み”とはいったいどのようなものか。文化財は本来、社会や文化の形成において必要であるからこそ生まれ、そして今日まで残ってきたのである。古墳であれば地域をおさめた主が眠る神聖な領域であったし、民具であれば生活や生産活動として使用された道具であった。しかし、そうした本来の機能が失われると本質的な”価値”はなくなり、あとは単に「公開」されるか「利用」されるしかなくなるのである。文化財の「活用」という名で紹介されている事例でも、単なる「利用」でしかないものも多く、「活用」と「利用」とが混同して使われていることに注意が必要である。

3.「活用」か「利用」か                       そういう意味でいうと、学校や公民館が見学に来て、ガイドから昔話を聞くとか、その時だけのために準備された体験メニューは「活用」ではなく「利用」ということになる。客殿などでかつて来客者が宿泊していたところを宿泊施設として利用することは「活用」であるが、お城を宿泊施設として使用することは「利用」となる。庭は来客をもてなす場であるから、一年を通じて手入れを行い、そして主人が客を食事や茶でもてなすように公開することが「活用」ということになる。文化財は本来の使い方をされることによって、その価値を適切に伝えることが可能となるのである。現場からは「そんなことができる訳がない!」という声が聞こえてきそうであるが、もちろん失われた機能を今の時代において当時のままに再現することは不可能であろう。とはいえ、できるだけそうした機能を現代にも活かした形で取り戻す”取り組み”を行うことが知恵の出しどころなのである。

4.「活用」の前提                          こうして文化財が適切に「活用」されることによって、はじめて普及・教育、そして観光に適切に「利用」されることとなる。文化財を継承するための取り組みには経費がかかることはいうまでもない。単に「公開」「利用」するだけではその費用を捻出することはできない。本当に教育上必要であれば予算もつくであろうし、文化財の「価値=本物」を提供することができれば観光客も世界から訪れ、適切な対価を払ってくれるであろう。

 誤解して欲しくないのは、法改正により「活用」が重視されたからといって、調査・研究が不要になったということではない。文化財の価値を明らかにするための調査・研究は継続して行われなければならないし、それがなければ”価値”を伝える取り組みさえできないのである。「活用」に取り組むことは文化財の本質的な「価値」を取り戻すことであり、文化財担当者はそこを怠ってはならない。今後、調査・研究、そして整備から活用への一連の「マネジメント」に取り組める人材を本気で育てることがこの国には求められている。

(参考文献)
・小松弥生『文化遺産の保存と活用 仕組みと実際』2021 クバブロ
・國學院大學研究開発推進機構学術資料センター編『文化財の活用とは何か』2020 六一書房
・文化庁「文化財保護法に基づく文化財保存活用大綱・文化財保存活用地域計画・保存活用計画の策定に関する指針」2019
・大河直躬・三舩康道編著『歴史的遺産の保存・活用とまちづくり』2006 学芸出版社


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