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第1回 変形菌の何がそんなにおもしろいの?

こんにちは、文一総合出版の髙野丈です。わたしは編集部で自然科学書の編集に携わるかたわら、自然写真家やサイエンスコミュニケーターとしても活動しています。とくに熱中しているのが野鳥と変形菌。よく、好みが対照的だねと言われます。たしかに大きさも、観察する視線も正反対ですね。野鳥好きから自然観察会を始め、生きもの本の編集に携わるようになり、とある出版社から変形菌のお題を与えられと、運命的に?そうなっていきました。二刀流でフィールドワークするのは、不器用なわたしにはなかなか難しく、いつも奮闘しています。
 
さて、このたび変形菌の入門書『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』の編集を担当し、研究者の川上新一さんに監修していただきながら、執筆・撮影・編集を担いました。新刊案内の記事にも書きましたが、変形菌は日常生活ではまず見かけない生きもので、まだ知名度が低いのが正直なところ。でも、その姿たるや信じられないほど美しく、不思議な造形に見惚れてしまいます。非日常的なビジュアルは、まるで異世界の芸術品。この宝石のような変形菌、なんと身近な公園でも観察できるのです。宝探しのような変形菌観察の楽しさを多くの人に伝えたいと思い、この本を編集しました。

「宝探し」変形菌観察の楽しみ方を紹介

そもそも変形菌ってなにもの?

変形菌は粘菌と呼ばれることがあります。いずれも名前に「菌」とつくので、キノコやカビなどの菌類、あるいは細菌類だと誤解されがち。でも、菌類や細菌とはまったく異なる生きもので、胞子で増えるアメーバ動物のなかまです。変形体と呼ばれるアメーバは、ゆっくり移動しながらバクテリアや菌類を食べて成長し、子実体をつくって胞子を飛ばすという生活環。子実体をつくり、胞子を飛ばして増える生態は菌類(キノコ)に似ていますが、菌類が植物遺体や有機物の分解者であるのに対し、変形菌はその菌類やバクテリアを捕食する消費者である点が決定的な違いです。野外では変形菌の変形体と子実体を観察することができます。

大きな倒木の裏にいた黄色い変形体。倒木を分解するバクテリアを覆って食べている
倒木上で子実体をつくったPhysarum rigidum イタモジホコリ 変形体が子実体に変形した
イタモジホコリの子実体を拡大して撮影。不思議な形!

落ち葉や朽ち木を見て探す

変形菌は落ち葉や朽ち木、切り株や倒木の上で見つかります。落ち葉や朽ち木に子実体が発生していると、一見それら植物遺体を分解しているようにも見えます。でも、すでに紹介したように変形菌は分解者ではありません。植物遺体を分解しているバクテリアや菌類を捕食し、結果として落ち葉や朽ち木の上で子実体をつくっているのです。このような生態なので、落ち葉をめくったり、朽ち木を丹念に見たりするのが宝探しの方法です。最初のうちはなかなか見つからず、見つけたと思えば変形菌によく似て非なるものということも少なくないでしょう。宝探しには根気が必要ですが、苦労すればするほど、見つけたときのうれしさが増します。『世にも美しい変形菌』では、いつごろ、どんな場所で、どうやって探すのがいいかなど実践的な情報を豊富に紹介しています。
 
ルーペの視野に宝石が見えたとき、思わず「いた!」と声を上げてしまうに違いありません。変形菌は子実体に変形するともう動かないのですが、元がアメーバだったせいか、多くの人が「あった」ではなく「いた」と表現します。

ルーペの視野に不思議な世界が広がる

見つけた宝物をみんなに見せたい!

探し当てた「宝石」に感動したら、それをきれいに撮影してSNSにアップし、おどろきと感動を友人と共有したいものです。従来、撮影の方法について解説した本はありませんでしたが、『世にも美しい変形菌』ではスマートフォンでのお手軽撮影から、ミラーレスカメラでの本格的な撮影方法まで解説。わたしがどのように撮影し、作品に仕上げているかも紹介しています。自分がどのくらいのクオリティを求めるかに合わせて、機材や撮影方法を選択しましょう。

iPhone14Proで撮影したPhysarum viride アオモジホコリ
ミラーレスカメラ+ウルトラマクロレンズで撮影したPhysarum flavicomum キカミモジホコリ 

結局、何がおもしろいの?

変形菌は一年中そこに生えているわけではありません。昨日までなにもなかった落ち葉や朽ち木の上に、ある日突然宝石が現れるのです。中上級者になってくると季節性の強い種や毎年同じ倒木に発生する種などはある程度発生の予想もできますが、多くは予測不能の出会い。何が出るかわからないから、探すのが楽しいと言えます。
 
空振りも多々あります。たくさん発生しているときはよく見つかりますが、雨不足だとほとんど見つからないなど、天候にも左右されます。当たり外れを経験しながらフィールドワークを重ねるうち、変形菌そのものだけではなく、その環境とほかの生きもの、気候変動さえ見えてくるようになります。昆虫や植物、野鳥とは違った角度から自然を感じ、いろいろなことを知ることができるのも変形菌観察のおもしろさです。

観察会で「宝探し」に夢中になる参加者たち

私のホームフィールドである東京の井の頭公園で、今までに観察した変形菌は約80種類(変種や品種もふくむので、種ではなく種類と表現します)。宝探しを十分に楽しめる環境だということが数字に現れています。でも、国内で確認されている変形菌は600種類超。標高や緯度の高い地域やブナ林、針葉樹林や照葉樹林など、遠方へ足を延ばせば、市街地の公園では見られない種類に出会うことができます。まだ見ぬ憧れの変形菌を求め、各地を旅するのも宝探しの楽しみ方の一つ。この楽しさもお伝えしたい、というわけで『憧れの「宝石」を探す変形菌旅』と題して、国内各地での宝探しのようすをこれから連載でお届けしていきます。次回はコケの三大聖地の一つ、奥入瀬十和田での宝探しです。乞うご期待!

Author Profile
髙野丈
文一総合出版編集部所属。自然科学分野を中心に、図鑑、一般書、児童書の編集に携わる。その傍ら、2005年から続けている井の頭公園での毎日の観察と撮影をベースに、自然写真家として活動中。自然観察会やサイエンスカフェ、オンライントークなどでのサイエンスコミュニケーションに取り組んでいる。得意分野は野鳥と変形菌(粘菌)。著書に『世にも美しい変形菌 身近な宝探しの楽しみ方』(文一総合出版)、『探す、出あう、楽しむ 身近な野鳥の観察図鑑』(ナツメ社)、『井の頭公園いきもの図鑑 改訂版』(ぶんしん出版)、『美しい変形菌』(パイ・インターナショナル)、共著書に『変形菌 発見と観察を楽しむ自然図鑑』(山と溪谷社)、『変形菌入門』(文一総合出版)がある。


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