見出し画像

年年歳歳花相似たり、歳歳年年時同じからず

Author:ブンイチ編集部

桜ソングは別れの歌?

ことしの東京の新1年生は、満開の桜に迎えられての入学式から学校生活をはじめることになった。それに違和感、ありましたか?
 若い方はもしかしたら「ちょっとちがう」ような気がしたかもしれない。だって、最近の桜ソングは、多くが別れの歌、卒業式で歌われる歌だから。

桜が卒業ソングで歌われるようになったのは、いつごろからだったろう。
家庭用の小型ビデオカメラが隆盛を極めていた昔、春近くなると、桜の花びらがこれでもかと飛び狂うアニメーションと新一年生の組み合わせのCMがたくさん流れていた。当時は、桜といえば(少なくとも関東地方では)「入学式の花」という意識を、みんながもっていたということだろう。なのにいつの間にか、桜は卒業式の花になった。開花が2週間〜1か月ほども早くなったということだ。

それは温暖化の影響らしい。日本には1200年にわたって桜の開花を定点観測データが残っていて、それを解析した結果、20世紀後半から急速に春の気温が上がっていることがわかったという。

古記録からわかること

1200年もの長期観測記録は、世界でも類を見ない。いったいだれが、どうやって、なんのためにそんなデータを集め続けたのだろう。平安時代に温暖化を見越していた人がいた……わけじゃありません。残念ながら。

このデータは、宮中のお花見の記録や貴族たちの日記などの古記録に目をつけた現代の研究者が、桜の開花の記載を集約したもの。京の都にありつづけた宮廷、そこで活動した過去の記録魔たち、現代の研究者の慧眼のたまものだ。

こうした過去の記録を活用した生物学の研究は、バードウォッチャーの探鳥記録から渡り鳥が減った原因を考察したり、森に住むネズミの個体数の増減を、駆除のわなでつかまえた記録から推定したりなど、けっこうあるそうだ。最近のものでは、本年1月号の月刊「Birder」で「冬鳥シーズンが短くなっている!?」として紹介された研究に目を引かれる。

この研究では、各地の野鳥観察施設での約20年間の探鳥記録と各地域の地方気象台のデータから、たとえば横浜では、年平均気温が0.9℃上がり、ジョウビタキとシロハラでは滞在期間が11日も短くなったことを明らかにしている。著者の小堀洋美特別教授(東京都市大学環境学部)は、「今後、温暖化がさらに加速すると、日本に飛来する冬鳥はさらに渡りの時期を変え、それに適応できるか気がかりである」と述べている。記録からわかったことをもとに、将来起こるかもしれない事態の予測もできるわけだ。

科学者とコラボ? でもどうやって?

そんなわけで、ある日、あるとき、ある場所に、ある生きものがいた、という記録自体に価値がある。だけど、個人の観察記録を観察施設の記録に加えてもらうわけにはいかないし、使ってくれそうな科学者の知り合いだっていない。いつか何かの役に立つことを願ってとっておく? でも、桜や野鳥の記録だってその価値に気づいて発掘してくれた科学者がいたから命を持ったわけで、「名もなき私」の記録に光が当たる確率なんてものすごく低い気がする。

ところがよくしたもので、観察記録を国際的な生物データベースに簡単に登録できる「iNaturalist(アイナチュラリスト)」というスマホアプリがある。記録を活用したい人がいて、記録を持っている人がいる。だったらそれを結んであげましょうというアプリだ。

これをスマホにインストールして、見つけた生きものの写真を撮って投稿すると、自分個人の記録として保存される。姿形だけでなく、足跡や音声(録音機能もある)でも、種名だけでもよい。種名がわからなければ、AIが候補を挙げてくれたり、専門家がアドバイスしてくれたりする。そうして種名が確定すれば、記録は世界中の愛好者、研究者が共有する地図にも表示され、活用できるようになる仕組みだ。スマホの通信費は必要だけども、アプリ自体は無料。それほど負担なく、生物多様性の研究を手伝えるのはちょっとうれしい。

iNaturalistをインストールしたスマホで、見つけた生きものの写真を撮影。
菜の花もこれだけ密集していると甘い香りでむせかえるほど。
でもそれは写真では伝わらない。観察した人だけの特権。(小堀教授撮影)

もうすぐイベントがあるよ

このiNaturalistを使って、みんなで東京の生物を調べよう!というイベントが、ゴールデンウィーク中の4月29日〜5月2日に開催される。「City Nature Challange(シティ・ネイチャー・チャレンジ)」というこのイベントは、世界400都市で同時に行われる。参加者はそれぞれ植物や動物を観察・撮影・投稿し、観察した生き物の数や種数、都市ごとの参加者数などを競い合う。どこかに集まって一緒にやりましょうというスタイルではないので、制限が緩和されたとはいえまだまだ不安の多い今の状況でも、子どもも一緒に楽しめそうだ。参加登録もいらない。

4月30日には、みんなの生きもの観察を共有する、電子会議システムのZoomを使ったオンラインイベントも予定されている(こちらは参加登録が必要。申し込みはこちらから)。冒頭でiNaturalistの使い方の説明があるそうなので、使い方が不安なら、この説明を聞いてから観察を始めるとよいだろう。


水中の微生物も調査対象。スマホ用のルーペが活躍する。
撮影した画像を送信すると、位置情報なども合わせて登録されるので、
生物の分布情報として活用される。(小堀教授撮影)

「ふつうの人」の力を集める「市民科学」、注目です!

こうした、科学者ではない多くの人の力を集めた科学研究が、ここ10年ほどの間に大きな成果を上げている。生物の調査でも、科学者だけで広範囲を同時に観察しようとしたら、とてつもない費用がかかるだろう。でも、City Nature Challangeのような方法なら、多数の人がレクリエーションとして参加できるうえ、大量のデータを得られ、しかもコストも抑えられる。

一般の人も参加するこうした科学研究は「市民科学」と呼ばれ、世界中で広がっている。日本でも、みんなで古文書を読解したり、「空からの手紙」ともいわれる雪の結晶の写真から上空の気象条件を調べるなど、いろいろな実例がある。さきほどふれた冬鳥の滞在期間の研究を行い、City Nature Challangeを主催する一般社団法人生物多様性アカデミーの代表理事を務める小堀洋美特別教授は、市民科学研究の第一人者で、このほど『市民科学のすすめ』という本を出版した。市民科学の歴史、現状などを体系的に解説した日本で初めての本で、多数の事例とともに、実際に運営する人に向けた注意点などが紹介されている。

iNaturalistを利用すれば、自分でも調査プロジェクトを企画することができるので、身近な自然を対象にした市民科学がすぐにでもはじめられる。学校や地域などで活用したいと考える方は、この本に目を通したうえでCity Nature Challangeに参加すれば、きっと参考になるだろう。

小堀洋美 著 / A5判 / 272ページ
定価3,300円(本体3,000円+10%税)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?