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第4回《川旅で訪れた火山・温泉》

Author:北中康文(自然写真家)

 日本列島には多くの火山がそびえ、随所に温泉が湧く。その熱源は、一般的に火山の地下のマグマである。太平洋プレートやフィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込み、地下深部で高温高圧となってマグマを生み出すからだ。その結果、北海道から九州にかけて多くの火山が分布する。時には災害をもたらすこともあるが、火山は温泉という恵みを提供してくれる。今回の川旅でも、行く先々で火山や温泉に出合った。それは、地球のホットスポットともいえるだろう。第4回の今回は、川旅で訪れた各地の火山や温泉をピックアップしたい。

(1)屈斜路湖とオヤコツ地獄・釧路川水系(北海道)

 道東を流れる釧路川は、屈斜路湖の南端から流れ出る。つまり、屈斜路湖が釧路川の源流部を構成する。しかし、その湖面標高はわずか121mしかない。河口までの延長154kmを考えると、如何に傾斜が緩やかであるかがわかるだろう。この釧路川の取材で訪れた屈斜路湖とその湖岸の温泉・オヤコツ地獄は、なかなか興味深いスポットだった。

1-a.屈斜路湖(カルデラ)

 屈斜路湖は国内最大のカルデラ湖で、湖としては6番目の広さ。写真は屈斜路湖北側の藻琴山付近から撮影したもの。外輪山に囲まれた様子がよくわかる。左奥から釧路川が流出し、湖面に浮かぶ中島は美幌峠(右奥)からも良く見える。かつて、この屈斜路湖は丸い湖だった。ところが、その後、摩周火山を生む活動に伴って溶岩を噴出。カルデラ湖の南東部が盛り上がった結果、現在のソラマメ状の形となった。なお、湖の東岸や南岸では多くの温泉が湧く。

1-b.オヤコツ地獄

 屈斜路湖南部の和琴半島突端には、オヤコツ地獄という露天風呂がある。オヤコツとは「尻が陸にくっつく」という意味のアイヌ語で、和琴半島の形成過程を物語る。つまり、かつて湖面にあった溶岩ドームが、土砂の堆積で湖岸と地続きになったことを意味する。この温泉は、噴気のそばで石囲いを作って入浴する硫化泉。水底などから熱水が湧き、湖水を混ぜて適温にしなければならない。場所によってはゆで卵も作れる。じつに野趣あふれる温泉だ。

(2)岩手山と松川地熱発電所・北上川水系(岩手県)

 奥羽山脈の一角にそびえる岩手山(2,038m)。約30万年前に活動をはじめた火山フロント上の活火山だ。西岩手・東岩手の2つの火山からなり、西側は山頂部が大きく陥没(カルデラ)、東側は美しい円錐形をなす。その非対称な姿のため南部片富士とも呼ばれる。少なくとも過去7回の大規模山体崩壊を発生させ、国内の活火山ではその回数が最多。2000年前後には火山性地震が続き、現在も気象庁が常時観測している。そんな岩手山には火山特有の地熱を利用した松川地熱発電所がある。

2-a.岩手山の焼走り溶岩流

 1719年、岩手山の北東斜面から溶岩を噴出。粘性の弱い真っ赤な溶岩が、斜面を走るように流れ下った。その様子を目撃した人々が「焼走り」と呼んだことから、焼走り溶岩流として語り継がれている。長さ3km、幅1.5kmにおよぶ。粘性が小さく流動性に富むため、流れ下った溶岩の表面は波状の凹凸を形成。トラの縞模様に見えることから「虎形」と呼ばれる。しかも、噴火から300年以上経つにもかかわらず、表土や樹木に覆われていない。噴火当時の様子を留めていることから、1952年、特別天然記念物に指定された。

2-b.松川地熱発電所

 1966年、日本初の地熱発電所として運転を開始。岩手山の西麓、松川渓谷の上流にある。地下1km超の地中から、200度を超える高温高圧の熱水を掘削により取り出し、その蒸気で発電している。熱源は地下のマグマ溜まりだ。地熱発電所では、火力発電所のように蒸気をつくる燃料(石油など)がいらない。しかも、放出される二酸化炭素は火力発電所の1/10以下だ。地下のマグマがなくならない限り、再生可能エネルギーと呼べる。火山大国の日本では、もっと注目されるべき発電システムでは?

(3)玉川温泉と小安峡・雄物川水系(秋田県)

 秋田県を流れる雄物川流域の東には、火山フロントが南北に連なる。八幡平、秋田駒ケ岳、栗駒山などの活火山を擁し、その麓には玉川温泉、乳頭温泉、小安峡温泉などが湯けむりを上げる。いずれも東北を代表する人気の温泉地だ。中でも、雄物川取材で訪れた玉川温泉の大噴と小安峡の大噴湯は、僕に強烈なインパクトを与えた。その様子をリポートしたい。

3-a.玉川温泉の大噴(おおぶき)

 八幡平の西、焼山(1,366m)西麓に位置する温泉で、その源泉は大噴(おおぶき)と呼ばれる。ph1.2の強酸性温泉水(98℃)が、毎分9,000リットルの勢いで湧出。その湧出量は日本一とも。実際、この大噴を目の当たりにすると、その迫力に驚かされる。湧出口の底は神秘的なブルーに染まり、周辺の岩肌は硫黄分で黄色い。そして、「ボコッ、ボコッ」とダイナミックに湧き上がる源泉が唸りを上げる。まさに地球の鼓動を聴いているようだ。場所によっては地肌から高熱が伝わってくる。近くでは岩盤浴の湯治客がパラソルの下で寝そべっていた。

3-b.小安峡の大噴湯

 栗駒山(1,626m)の西、皆瀬川上流の小安峡を訪れた。駐車場から遊歩道を下って約5分。見たこともない光景が待ち構えていた。遊歩道を進むと、谷底の両岸から「シューシュー」と噴気が立ち昇っていたのだ。この噴気は、谷底の砂岩泥岩など堆積岩層から勢いよく噴き上がり、その温度は90℃もある。しかも、遊歩道まで覆いかぶさる勢いだ。噴気の横を通り過ぎると、つい足早になってしまう。ここでも、地球の息吹がダイレクトに伝わってきた。峡谷のスケール感を出すため、人物を小さく配してシャッターを切った。

(4)浅間山、榛名山、そして溶岩礫・利根川水系(群馬県)

 利根川の流域面積(国内最大)は、関東1都6県の総面積の約52%に当たる。そんな広い利根川流域には、北関東を中心に数多くの火山が点在する。日光白根山、男体山、武尊山、草津白根山、四阿山、浅間山、榛名山、赤城山などなど。これらの火山が、利根川上流域を形成しているともいえる。中でも、利根川取材で印象に残った浅間山と榛名山、そして利根川の河川敷で見つけた溶岩礫について報告したい。

4-a.浅間山の鬼押出し溶岩

 1783年8月5日、浅間山が大噴火を起こした。いわゆる天明大噴火である。日本の火山災害史(近世)として最大の出来事だった。この時の爆発音は四国まで聞こえたという。大規模なマグマ噴火により、岩屑なだれや火砕流が斜面を駆け下り、北麓の鎌原村を襲った話はあまりにも有名。そして、火砕流が流れた後、えぐり取られた窪地に沿って火口から溶岩流が流れ下った。それが鬼押出し溶岩流で、火口から約5.5km流れて止まった。固まった表面は砕け、大小さまざまな岩塊へと崩壊した。あれから240年近くが経過。現場を訪れた僕は、鬼押出し溶岩とともに浅間山をバックにシャッターを切った。

4-b.榛名山と榛名湖

 2022年7月、榛名湖の近くで目覚めた。天気は快晴。標高1,000mの高所だから、夏にしては爽やかな朝だった。榛名湖は榛名山のカルデラ湖である。南から北へ湖岸の道路を走ってみた。しかし、ドローンを飛ばせそうな広いスペースが見つからない。そこで、外輪山を登る道に入ってみると、いい場所が見つかった。早速、スタンバイしてテイクオフ。高度120mまでドローンを上昇させ、そこから水平移動。しかし、榛名湖が大きく画面に収まらないのだ。仕方なく、ドローンをホバリングのまま、水平にパーンさせて3カット撮影。それをパートナーがパノラマ合成してくれた。外輪山に囲まれた榛名湖と、中央火口丘の榛名富士、さらに、左奥には雲海に浮かぶ赤城山までがひとつになった。

4-c.利根川河川敷の溶岩礫

 写真は利根川の河川敷(群馬県伊勢崎市)。この付近で溶岩礫が見つかると文献から知り、ここを訪れたのである。パートナーと2人で河川敷をぶらぶら。すると、5分も経たないうちに溶岩礫が見つかった。黒っぽい表面に細かい凹凸が密集しているので、すぐにわかった。これは、上流の火山が噴出した溶岩のカケラである。利根川に運ばれてここへ流れ着いたのだ。榛名山からか、赤城山からか、それとも浅間山からだろうか。細かい分析をすれば、その出どころがわかるかもしれない。こんな川遊びも楽しい!?

(5)筑後川と杖立温泉(熊本県)

 九州最大の筑後川は、九重連山と阿蘇山の間、瀬の本高原から流れる。その2つの山はともに噴気を上げる活火山だ。筑後川に沿って下っていくと、黒川温泉、満願寺温泉、奴留湯温泉、杖立温泉、筑後川温泉などが分布。泉質も異なり、単純泉、硫黄泉、含鉄泉、塩化物泉など変化に富む。川に沿って温泉巡りをするのも一興かもしれない。そこで、九重連山と関わりのある自然現象や温泉についてリポートしたい。

5-a.九重連山

 この写真は北から望む九重連山の姿。筑後川流域はこの背後(右奥)から始まる。東西13km、南北10kmの範囲に、10数個の火山体が北東ー南西方向に連なる。直近では、東端の黒岳が約1600年前に噴火。場所によっては、現在も立ち入り禁止となっている。八丁原発電所などが地熱発電を行っていることでも知られる火山だ。なお、以下に紹介するすずめ地獄や杖立温泉も、九重山系のマグマが関わっている。

5-b.すずめ地獄

 九重連山の西に位置する黒川温泉は、人気の温泉スポットだ。しかし、その東にある秘境・すずめ地獄を訪れる人は少ない。秘境といっても絶景などではなく、川底や地面から亜硫酸ガスが噴出しているのである。この火山性ガスでスズメが死ぬともいわれ、すずめ地獄と呼ばれるようになった。僕が訪れたのは初冬の正午ごろ。川底からブクブク噴出する気泡がすぐに見つかった。地面から噴き出すガスは活火山などでよく目にする。しかし、川底から噴出する姿は珍しい。カメラを近づけてクローズアップするが、亜硫酸ガスは吸いたくない。息を止めて何度もシャッターを切った。

5-c.杖立温泉

 熊本・大分県境近くの筑後川沿いに宿が並ぶ杖立温泉。両岸にレトロな温泉宿がびっしり連なる光景は、なかなか風情がある。実際、温泉街を歩いてみると、宿のあちこちから湯けむりが立ち昇っている。さらに、川沿いには「蒸し場」と呼ばれる施設があって、湯治客などが食材をせいろに入れて蒸すことができるのだ。長期滞在者には嬉しい施設である。この熱源もまた九重連山と深くつながっている。

(6)阿蘇カルデラと根子岳・白川水系(熊本県)

 九州にはカルデラ(火山活動で生じた巨大な凹地)が南北に並ぶ。その一番北に位置するのが阿蘇カルデラだ。過去4度(27万〜9万年前)の巨大噴火を起こし、とくに9万年前の噴火では、火砕流が山口県まで流れ、火山灰は北海道にまで達した。このカルデラ内を流域にもつのが白川である。その白川取材で出合った絶景の様子を記しておきたい。

6-a.阿蘇カルデラの雲海

 2021年12月、風のない朝を迎えた。九州とはいえ、放射冷却により気温はかなり低かった。阿蘇外輪山の波打つような草原を空撮していると、突然、地面が揺れた。地震である。以前、阿蘇中岳が大規模な噴煙を上げていたことを思い出し、すぐに空撮を中止。カルデラ内を望める城山展望所へ向かった。到着してびっくり。なんと、カルデラ内が雲海に覆われていたのだ。地震のことも忘れ、カメラ2台を抱えてビューポイントへ。雲海越しの阿蘇五岳(左:根子岳、中央:中岳、右:杵島岳)を、夢中でカメラに収めた(撮影:谷あい)。

6-b.根子岳

 熊本県を東から西に流れる白川は、阿蘇五岳のひとつ・根子岳を源頭にもつ。つまり、阿蘇カルデラ内の水を一手に集めて流れるのだ。その源頭を見ようと国道265号経由で北上。途中、月廻り温泉から北に根子岳を望むと、稜線の荒々しい姿が印象的だった。そして、さらに根子岳の麓へ接近すると、思っていた以上に複雑な形状であることがわかった。この火山は阿蘇五岳のなかでも古く、14万〜12万年前に形成された安山岩からなる。光線状態もほど良く、根子岳の複雑な立体感をとらえることができた。

第5回へ続く。

Author Profile
北中康文(きたなか・やすふみ)。1956年大阪府生まれ。東京農工大学農学部卒業。スポーツカメラマンを経て、1993年より自然写真家として活動。全国1600ヶ所の滝をカメラに収めるなど、水をテーマとしていたが、水の器としての地質の重要性に気づかされる。2019年DUIDA認定ドローン操縦ライセンス取得。その後、3年半を費やし全国109一級河川を空と地上から撮影。日本の川の多様性に驚かされる。主な著書に「日本の地形地質」(共著)「日本の滝①②」「滝王国ニッポン」「風の回廊~那須連山~」「シャッターチャンス物語」「LE TOUR DE FRANCE」など。2007年「日本地質学会表彰」受賞。



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