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第5回 紙魚(シミ)とティッシュと水分

シミが届いた

ある日、普段からお世話になっている業者さんからエサ用のコオロギと一緒に、マダラシミと書かれた紙袋が届きました。事前に「コオロギのサイズがいつも送っている個体より大きくなってしまいそうなので、秘蔵のマダラシミを送ります」といった旨の連絡を受けていたのです。いつもは飼育している昆虫に合わせて、小さいコオロギをお願いしていたのですが、今回は大きなコオロギしかいないらしく、小型であるシミをコオロギの代わりにエサとして送ってくれたのです。大きな空きケースを用意してハサミで開封してみると、中から大小さまざまなシミたちが出てきました。

マダラシミたちが紙袋から登場。紙袋は食べないのか?

シミは漢字で紙魚と書きます。紙の上を魚のようにスルスルと動き回る姿から、「紙魚」になったそうです。昆虫なのに魚とは、面白い名前です。また、シミは紙を食べることから本に害をなす虫としても知られています。ただ、私はこれまでに数回しか見たことが無く、そこまで身近な虫ではないように思いますが、私が見ていないだけでいるところにはたくさんいるのかもしれません。
おしりには三本の毛のようなものをもっていて、ハネはもっておらず、全身が鱗粉という鱗のようなもので覆われています。マダラシミは名前の通り、体全体がまだら模様です。

マダラシミ。どことなく愛嬌がある姿をしています。ぬいぐるみがあったら大人気になりそうな予感がします。売れなくても責任はとれませんが……

飼い方を調べてみると、意外にも飼っている人がたくさんいることを知りました。シミは紙やティッシュ、熱帯魚のエサ、コオロギのエサなどを食べるようです。
一応コオロギの代わりなので、エサ用(※)として来ているのですが、飼ったことのないマダラシミを前に「飼育したい欲」が沸き上がる悪い癖が出てしまい、エサにしてしまうのをためらってしまいます。悩んだ挙句、結局飼育することにしました。
早速、もう一つケースを用意して、飼育環境を整えることにします。

※(昆虫公園では両生類や爬虫類、他の昆虫などを食べる昆虫類も飼育しているため、エサとしての昆虫もたくさん飼育しています。ちなみに一番個体数多く飼育しているのがショウジョウバエです)

虫に使ってはいけない、毒ティッシュとは?

シミは乾燥した環境を好むようなので、ケースの床には何も敷かず、足場となる紙製の卵パックを組み合わせて入れ、そこにティッシュを入れます。しかし、どんなティッシュでもいいわけではありません。生き物好きが恐れる「毒ティッシュ」を入れてしまうと、最悪の場合虫たちが死んでしまいます。「毒ティッシュ」とは、昆虫と一緒に入れるとなぜか死んでしまうティッシュのことです。

以前、西表島という島で体長約5ミリの極小ゴキブリ、ミヤコホラアナゴキブリを採った時のことがフラッシュバックします。何時間もかけてようやく見つけられたミヤコホラアナゴキブリを大事に1匹ずつ小さなケースに入れ、足場になるようにと宿にあったティッシュを湿らせてから入れておいたところ、数時間後に見ると全個体が死亡または瀕死状態に。結局、全個体が死亡してしまったというトラウマが私を襲います。どんなティッシュがダメなのかはよくわからないのですが、飼育にティッシュを使うときは安全なティッシュを使わねばなりません。人間には無害でも、昆虫からしたら命を脅かすような何かがあるのだと思います。昆虫公園でいつも使っている商品は今のところ他の生き物で異常が出ていないので問題ないと判断し、丸めてケースにいくつか入れました。

口から飲まず、おしりから水分を吸収!?

乾燥を好むシミですが、水はまったくいらないのかというとそうではなく、水分も必要とします。シミは水を口から飲むことはなく、おしりのほうから空気中の水分を吸収するらしいのです。水を張った容器を入れるのではなく、水が蒸発するような水場作りが必要です。そこで、フタつきのクリアーカップに水を入れ、フタに十字に切り込みを入れて安全なティッシュを突っ込んだ簡易的な水場を作りました。ちょうど小学生の理科実験で使ったアルコールランプのような感じです。これをケースの端に入れておきます。

また、産卵する場所として脱脂綿を入れておくといいようなので、これも何枚か重ねてケースの端に入れました。エサは、入れたティッシュも食べますが、念のため粉状のコオロギのエサをパラパラと卵パックの上にふりかけのようにかけておきます。
これでケースは完成です。マダラシミたちを投入すると、持ち前のスルスルした動きで隠れていきました。

贅沢! シミだけの特別仕様の部屋

しかしここで問題が発生します。シミは温度が高い環境(30℃以上)が好きとのことなのですが、昆虫館のバックヤードでそこまで高い温度の場所はありません。せいぜい25~27℃です。どうしようかと考え、一室だけ、ほとんど物置になっているエアコン付きの部屋があるのを思い出しました。あそこを片付けて、高い温度の部屋を作ろう。そう考えました。
早速、部屋の荷物をある程度片付け、エアコン始動。小さい部屋なのですぐに30度を超えました。他にも30度以上で飼育したいと思っていた生き物がいたので、ちょうどいいタイミングです。マダラシミのケースを置き、様子を見ることにします。他の生き物たちの引っ越し準備が整うまで、とりあえずはマダラシミだけの部屋です。贅沢!

少しして見に行くと、水場に多くの個体が集まって脱脂綿におしりを向けています!シミの水分補給です。あまりにたくさんの個体が同じ格好をしているので面白くて笑ってしました。

水飲み場に集まるマダラシミたち。撮影する時に少し衝撃を加えてしまったので別方向を向いている個体もいますが、最初はみんなティッシュのほうにお尻を向けていました。

正直、そこまで行ったのなら口から飲んだ方が早いのでは? と思ってしまいます。ですがこれが彼らの生き方。「みんな違ってみんないい」です。
よく見てみると、ティッシュにかじりあとがあります。「本当に食べるんだ」と感動しました。

安全なティッシュだ。安心してお食べ。

それから数か月間、温度や環境が良かったのか、マダラシミたちは元気に活動し、卵や幼虫も見られるようになりました。

マダラシミの卵。なにやら表面に凹凸が見えます。
マダラシミの孵化して間もない幼虫。尾毛や尾糸は短いです。まだ白っぽく、ティッシュにくっついていると気づきません。とんでもなく小さいです。
どのくらい小さいかというと、このくらい。いてもほとんど気づきません。

途中、水が切れてしまっているのに気づかず(私の監督不行き届き。ごめんなさい)、数が減ってしまいましたが、業者さんから追加で少し分けていただき、今は安定して飼育できています。飼育を始めてから、シミという昆虫を野外や屋内でたまに見かけるようになりました。これまで数回しか見たことがなかったのは、もしかしたら私がシミという昆虫を見つける「シミの目」ができていなかったからかもしれません。
シミは身近なところにもたくさんいるのでしょう。もしかしたら皆さんのおうちにもいるかもしれません。ぜひ「シミの目」で探してみてください。

現在の飼育環境。すごく人工的で虫を飼っているような環境には見えませんが、これでうまく飼育ができています。

柳澤 静磨(やなぎさわ・しずま)
東京都八王子市出身。幼少期からゴキブリが大の苦手だったが、2017年に西表島で出会ったヒメマルゴキブリのゴキブリらしからぬ姿に驚き、それ以来ゴキブリの魅力に取りつかれた。現在はゴキブリストを名乗ってゴキブリの展示や講演会などを通してゴキブリの魅力を伝えている。磐田市竜洋昆虫自然観察公園職員。ゴキブリ談話会世話役。著書に『ゴキブリハンドブック(文一総合出版)』『「ゴキブリ嫌い」だったけどゴキブリ研究始めました(イーストプレス)』『学研の図鑑LIVE 新版 昆虫(学研:分担執筆ゴキブリ目担当)』などがある。
HPゴキブリ屋敷:https://www.gokiburiyasiki.com/

「昆虫館のバックヤード」過去記事
第1回 あのゴキブリ狩りバチを飼ってみた
第2回 カイコの飼育、気づいたらクワ畑を作っていた
第3回 美しいカタツムリが食べる意外なもの
第4回 コオロギ? キリギリス!? ひたいに日の丸をもつ虫

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