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帆船 Stad Amsterdam 航海記 その1 瀬戸内海編

■フリーランスに自由はない

普段はフリーランスの舞台照明デザイナーという仕事をしています。
お芝居やコンサートの照明のディレクションをしたり、設営や本番の操作をする仕事です。
とは言ってもイメージしにくいでしょうが、今回のポイントはそこではありませんので気にせずに。

お話ししたいのは「フリーランス」という仕事のスタイル。
なんでしょう、自分のペースで仕事ができたり、やりたい仕事を選んで充実した仕事をしてるみたいなイメージがありませんか。
いやいやいやいや、フリーランスに「自由」なんてないんですよ。

ずいぶん昔、フリーランスになってすぐのことです。
それまでいた会社が割とブラックだったので、これからはマイペースで仕事がしたいと思ってました。
なので、仕事関係者にもあまり積極的には独立したことは伝えませんでした。

とはいえ、数ヶ月後には独立がそこそこ知れ渡り、ありがたいことにお仕事を振ってくださる方も増えました。
で、どうなったかというと…、休みがなくなりましたw

一番ひどい時には、90日間で87日稼働、というのがあって、さすがにこの時は倒れるかと思いました。
しかし、自分で組んだスケジュールなので誰にも文句を言うこともできず。

業界の義理的にも、また売上的にも、断ってもいい仕事はいくつかあったのですが、フリーランスという立場だと、いつ仕事がこなくなるのか不安で仕方がないので、ついつい全部受けてしまい、結果、自分で自分を超絶ブラック状態に追い込んでしまったのです。

フリーランスに仕事を選んだり、好きなタイミングで休みを取れるような「自由」は存在しない。
それが独立して数ヶ月で得た気づきでした。
そして、いきたいイベントや見たいお芝居は、いつも仕事と被るということもわかってしまいました。

そんなブラックフリーランス生活を通じて学んだのは「スケジュールが空いてたらGO!」でした。
参加費が高い。
開催地が遠い。
弾丸じゃないと間に合わない。
いやいやいや、今回たまたまスケジュールが空いてるだけで、次のチャンスなんてないかもしれないんだよ。
なにより貴重なのは、時間が合うこと。
予定が合うってきことは、神様が行ってこいって言ってるんだよ。

この行動規範は50歳を過ぎたいまでも変わってません。
だから Stad Amsterdam の航海に参加した理由はなんですか?って聞かれたら答えは一つです。

「たまたまスケジュールが空いてたから」

■神様が行ってこいとおっしゃるので

日頃から、海外帆船のSNSはいくつかフォローしていて、その動向はチェックしていました。
別に仕事でもなければ、その情報を自分で拡散したりするわけでもないので、あくまで個人的な興味の範囲内。
日常のSNSチェックのなかでなんとなく見てるというレベルでしかありませんが。

Stad Amsterdam もそれほど興味があったわけではありませんでした。
2000年のセイルアムステルダムで就航したばかりの Stad Amsterdam に会ってはいますが、「走ってない船、乗れない船には興味がない」タイプのオタクなので、思い入れもそんなにはありません。
オランダの帆船なら、2002年のセイルコリア、帆船レースで一緒に参加した「Europa」の方が気になっていました。
毎年一月に催行している南極航海は、3年くらい気になり続けていました。
(スケジュールと予算の都合で毎年涙をのんでいるのですが…)

そんなわけで Stad Amsterdam が日本に来ることを知ったのはそれほど前のことではありません。
時期としては4月の20日頃。たまたま流れてきたFacebookの投稿を見てのことでした。
世界一周航海を行っていることは以前からなんとなく知っていましたが、日本に来ることまでは把握していませんでした。

AISで見守っていた日々

海外の帆船、それも民間の「乗れる」帆船が日本に来るのはかなりめずらしいので、一応、ゲストを募集しているかをチェック。
そして神戸から上海までのコースがあって、しかもぼくのスケジュールは調整できることが分かりました。
お金とか、英語とか、いろいろ気掛かりはあったのですが、「予定が空いているなら細かいことは考えずにGO」という行動原則に基づいて、即日申込みしたのです。

■5/26 1日目 乗船日

あっという間に一ヶ月が過ぎ、5月26日、乗船の日が来ました。
実は神戸は中高の6年間を過ごした街。
また、去年まで働いていた帆船「みらいへ」の母港でもあり、なんというか、あんまり新鮮な感じはないですねえ。

またぼくのマザーシップ「あこがれ」が大阪が母港ということもあって、関西には帆船関係の知り合いが大勢います。
今回は集合時間が17時と遅かったので、乗船前に帆船関係の知り合いに会ってきました。

「あこがれ」のボランティアクルー仲間で、24年前に一緒に大西洋横断航海に参加した人とその奥さん。
奥さんの方も「あこがれ」ボランティアクルーで、昔はよく一緒に航海してました。
じつはふたりに会うのは20年ぶりくらい。
ぼくが東京在住なので「あこがれ」がなくなってからは、なかなか会う機会がありませんでした。

喫茶店で一時間ほど、昔話やら近況報告やらで話が弾み、そのままみんなで Stad Amsterdam が待つ港へ。
港にも帆船界隈の知り合いがお見送り。
いろいろ話しているうちに乗船時間になったので船内へ。

友人と 20年前からやってることが変わらない

まずはクルーがキャビンに案内してくれるので、部屋に荷物を置きます。
船内には14個のキャビンがあります。基本はツインルーム。
ぼくは日本人の男性と同室でした。

この航海、乗客は24名。
ほとんどが欧米系。
日本人はぼくを含めて、男性2名、女性1名の3名でした。
もうひとりの男性とは初対面。女性は以前「みらいへ」の航海に参加したことがあり、ぼくも面識のある人。

今夜はは港に停泊したまま過ごします。
17時半からディナー。
ディナーは「Lomgroom」と呼ばれる、詰めれば50人ほどが入れる部屋でいただきます。
パンやサラダ、パスタなどが用意されていて、好きなものを取って食べるビュッフェスタイル。

以前、イギリスの帆船で食事があまりおいしくなかったので心配していたのですが、 Stad Amsterdam の食事はなかなかのもの。
9日間、食事をいただきましたが、毎日、食べるのが楽しみでした。

ロングルーム
この日はデザートも

夕食後、19時から全員でブリーフィング。
キャプテンから今後の予定の説明と、サービススタッフを統括しているホスピタリティーマネージャーから船内での注意事項などの説明。

上海までのコースですが、申込後にオフィスから送られた資料には、神戸から南に下がって四国沖の太平洋を西に向かうと書かれてました。
しかし、数日前に南シナ海に台風1号が発生して日本に近づいていたのです。
距離が遠いのでそこまでの影響はなさそうなものの、太平洋を進むと雨とかうねりとかいろいろきそうな感じ。
で、ブリーフィングで予想通り、最終決定は明日の朝だけど、おそらく瀬戸内海経由で進むだろうとの説明がありました。

そんなこんなで一時間ほどのミーティングでこの日は終了。
少しデッキから神戸の夜景を眺めてから部屋に戻り、同室のヒロさんとお酒を飲みながらよもやま話で夜は更けていきました。

いつもの夜景

■5/27 2日目 雨の神戸を出港

いよいよ出港の日ですが、朝からあいにくの雨。
朝食後に船に係官がやってきて出国手続き。
普通にはあまり手に入らないKOBEのスタンプをゲット。

スムーズに終わったので、予定は変わらずに10時離岸。
そしてやっぱり瀬戸内経由の航海となりました。

お見送り隊も

ちなみに、日本と中国は時差が一時間あります。
時差の修正はいろんなやり方があるのですが、今回は出港した瞬間に中国時間に合わせました。
日本の方が一時間進んでいるので、9時に時計を戻します。
航海の前半、なんか暗くなるの早いなと何度か思ったのですが、時差のことが頭から抜けがちでちょっと混乱してました。
この記事でも、ここから時間の表記は船内時間(中国時間)に統一します。

小雨を降ったり、雲の隙間から太陽がのぞいたりと落ち着かないお天気のなか、船は西へ。
11時ごろ、少しモヤが出てきたタイミングで明石海峡を通過。
ちなみに明石海峡にかかる橋は世界一長い吊り橋だったけど、2年前に新しい橋ができて追い抜かれたとのこと。

雨の明石海峡大橋を越えて

ランチの後の1時くらいに、神戸に向かう帆船日本丸とすれ違い。
みらいへですれ違ったことは何度もありますが、オランダの船で日本丸と出会うのはなかなかない体験でした。

日本丸とすれ違う

天気がよくないのと、船の多い瀬戸内海を進むのでこの日はセイルは張らず。
時々、ステイスルやヘッドセイルを上げたり、下ろしたりする。
なんと、手動のキャプスタンも使っていた。
昔、「あこがれ」にもあったけど、ほぼ使わないので撤去されたやつ。
この辺は、クラシックな復元船っぽい。

風は弱いし、瀬戸内は地形が複雑なので、弱い風は方向も変わりやすいので、帆を張ってもあんまり推進力にはならない。
なので、上げ下げしてるのは、クルーの練習なのではないかなと推測する。

キャプスタンプも普通に使います

この日は瀬戸大橋に近い、香川県の坂出沖にアンカー。
瀬戸内海なので波やうねりもなく、穏やかな一日でした。

■5/28 3日目 ヨーロッパの人は寒くても海に入る

早朝、錨を上げて出航。
昨日と同じような小雨模様。

雨の瀬戸大橋

海面にはモヤがかかっていて景色も楽しめないし、セイルも張らないしで割と退屈な時間。
雨なので、デッキからロングルームに退散。
談笑する人、読書する人、などそれぞれが思い思いに時間を過ごしている。

あまりに暇なので、日本人女性のサコさんと、ロングルームの隅にボードゲームやカードゲームが積んであったのをいくつかひっばり出してみる。
パッケージで面白そうなのがあったけど、ルールが複雑そうなのと、説明がオランダ語なので撃沈。

パッケージが全てオランダ語…

うだうだしていると、アメリカ人のおっちゃんがやってきて、簡単なトランプゲームを教えてくれる。
三人で初めてみると、意外と面白い。
いい時間潰しになった。

午後は船内見学。
普段は入ることのないクルー居住区やバックヤードを案内してもらう。
Stad Amsterdam では、ゲストは普通に活動している限り、バックヤードを目にすることはない作りになっていて、この辺りも、客船として作られてるのがわかる。

錨を巻き上げるウンドラスも見せてもらったが、客船のように上屋の中に設置されていて、これもお客さんからは見えない。
ただ、ウインドラスを操作する場所からはアンカーが見えないので、アンカーの上げ下ろしの時には、表のデッキからクルーがトランシーバーで指示を飛ばしてた。

ウインドラス

他にもギャレイ(厨房)、エンジンルーム、医務室、ランドリールームなどを見学。
長い航海なので、お医者さんがひとり乗っているけど、どうもボランティアでの乗船らしい。
まあ確かに、医者に普通のフィーを払うのは難しいだろう。

医務室
お薬とか

また Stad Amsterdam には専任のハウスキーパーさんがひとり乗っている。
年配の女性で、もう20年この船で働いているらしい。
船内の清掃、クルーの衣服の洗濯、航海中の船から提供されるハンドタオルとバスタオルの線地区と補充、などなど細かい仕事が山積み。
ぼくの居室も、航海中にさりげなくゴミが回収されたり、トイレが掃除されたりしていた。

船内で提供されるロゴ入りタオル

ランドリールームには洗濯機と乾燥機が数台稼働している。
先ほど触れた、ハンドタオルとバスタオルをはじめ、クルーの個人的な洗濯ものもここで洗ってもらえる。
ゲストも多分、頼めばやってもらえるっぽいけど、ぼくは今回、日数分の着替えを持ってきていたのでお願いしませんでした。

ランドリールーム

昼食後、来島海峡を通過したっぽいけど、ぼくはお昼寝していて見過ごしました。残念。
来島海峡はたくさんの船が通るのに航路が狭くてカーブしている、瀬戸内海でも有数の難所。
船は右側通行が世界共通のルールなのですが、ここは潮の流れによって通行帯が逆になるという、世界でも類を見ない運用がされています。
ぼくは小型船で自分が操船して通ったこともあるのですが、小さい船でも航路が狭くてドキドキしますね。

この日、ぼくが少し働いていた帆船「みらいへ」が門司から神戸に向かって出港したそうなので、昨日の日本丸みたいにスライドできないかと、SNSでそれとなく情報を流してみました。
まあ、タイミング的に難しいかなと思ってたのですが、向こうの船長さんからも「ちょっと間に合わないです」ってコメントが来たので断念。
まあこちらも予定より早く来島を抜けて南へ下がったので、明るいうちにすれ違うのは無理でしたね。

この日は松山沖にアンカー。
松山観光港の真ん前でした。

予定よりも少し早い時間の到着。
アンカー地点が近づいてきたころ、デッキ上でクルーの動きがなんとなく慌ただしくなってくる。
アンカー準備ではなく、なぜかタラップの用意をしてるっぽい。

?何やってるの?

?っと思っていると船長からの船内放送が。
「アンカーしたら海水浴するから、みんな泳げる格好で集合ね(意訳)」
はっ、まだ5月なんですが、なんの冗談?と思ってましたが、アンカーしたらクルーのほとんどが水着で出てきた。

結構立派なスイミングステップが設置され、デッキから普通に階段で海まで。
そしてスイミングステップで浴びられるように、仮説の簡易シャワーまであるじゃないか!
えっ、この人たちどれだけ泳ぐことに本気なの!

泳ぐことに本気すぎる人々
まだ5月です

以前、オランダのビーチに行った時、8月でしたが風も強く、日本人の感覚だと少し肌寒いお天気なのに、オランダ人のみなさんは海に入り、ビーチで体を焼いていました。
ヨーロッパは全体に緯度が高く、冬が長いし太陽がのぼっている時間も短いので、太陽が恋しいのかと思ったことがありましたが、ヤバいですね、その情熱。

ぼくも若い頃は、船から飛び込んだりとかしてましたが、まあ流石になあ…って感じでデッキから微笑ましく見てました。
いよいよ明日は関門海峡を抜けて、東シナ海へ!


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