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散策的な、あまりに散策的な3

フランケンシュタインの正体


「冬来たりなば春遠からじ」という言葉を聞いたことのある人は多いだろうが、この言葉の出典を知る人はほとんどいないのではないだろうか。実はこれ、イギリスの詩人パーシー・ビッシュ・シェリーの詩の一節なのである。と、勿体ぶって言ってみたところで「誰だそれ?」と言われることはわかっている。しかし、彼の妻メアリー・シェリーであれば、その名を知る人は世界中にたくさんいるはずだ。それというのも、彼女は小説『フランケンシュタイン』の作者だからである。

 フランケンシュタインといえば、多くの人が思い描くのは20世紀の映画のキャラや、漫画『怪物くん』のフランケンのイメージだろう。しかし、こうした怪物像は原作とはちょっと違うのである。そこで今回は、その原作に描かれた怪物を紹介しようと思う。

 まず、正しておきたいのは、フランケンシュタインというのは怪物の名ではなく、怪物を創り出した若き天才科学者の名であるということ。怪物には名前はない。スイスの名家に生まれたヴィクター・フランケンシュタインは、ドイツの大学で自然科学を学んでいたが、その間に生命の秘密に気づき、くだんの怪物を創り上げる。しかし、あまりの醜悪さに落胆して帰郷してしまう。一方、放置された怪物は生き抜き、何とか人として生きようとするが、その醜さゆえに人間には受け容れられない。そこで怪物はフランケンシュタインを訪ね、あることを要望する。一旦は請け合ったフランケンシュタインだったが、思い直してその約束を反故にしたために怪物の復讐が始まる・・・・・・というのが物語のあらましである。

 さて、その怪物であるが、巨漢、怪力、醜悪、鈍重、低知能というのが大方の人が思い描くイメージではないだろうか。ただ、初めの三つは合っているが、後の二つは違う。彼は類稀なるスピードとパワーを併せ持つ超人であり、高い知性を備え、人間の心も持っている。そしてその精神と知性ゆえに苦しむことになるのである。

 小説『フランケンシュタイン』が後世にもたらしたもっとも大きな現象はフランケンシュタイン・コンプレックスであり、これは生命を創造する欲求と、その被造物に自分(人類)が滅ぼされるのではないかという恐怖が入り混じった感情である。SFの大家アイザック・アシモフが、その作中で提唱したロボット工学三原則もそこから生まれた。しかし、この作品には他にも、神と人間の関係、差別、同族が存在しない絶対的な孤独など、さまざまなテーマを見出すことができる。この小説が出版されたのは一八一八年、今から二百年も前に、弱冠二十歳の女性がこのような優れた発想の、豊かなテーマ性を備えた小説を書いていたというのは驚くべきことだ。世界の文学史上、最初のSF小説とも言われる『フランケンシュタイン』だが、これは、古典の名作のひとつに他ならない。

(I)


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