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Hello, Goodbye「金曜日の挑戦」

当講座の企画「金曜日の挑戦」が終了する。2021年1月22日にはじまって約2年半、全87回の出題をしてきた。残り3回、全90回をもって終えることにした。初回のツイートはこちらであった。

5件の「いいね」が付いている。そのうち2件は弊社の販売部と企画編集室によるので、実質は3件ということになる。見方によっては「たったの3件」「回答はゼロ」だが、こんな唐突な、しかも応答したところで何のメリットもない問いかけに反応をいただいた「中の人」は、密かに小躍りしていた。(ちなみに初回の答えは「深く考え抜かれたあとの句読点のように、あるいは宿命が与えたほくろのように」)

「金曜日の挑戦」をはじめた理由について、実はよく覚えていない。アカウントの存在に気付いてもらうきっかけになればいい、ということぐらいは考えていたけれども、なぜ比喩を扱うことにしたのかは覚えていない。しかし、覚えていないというのはいいことだと思う。「何となく」はじまった出来事は香しく、愉快なのではないか。

一般的に、企業公式の「中の人」は物事をはじめるにあたって、とかく理由やメリットを求められがちだ。それ自体は致し方ないことだと思うが、「なぜ比喩を扱うのか」と詰められると困るのもたしかである。そうなれば、理屈と膏薬はどこへでもつくと開き直って、ビジネス用語を付け焼刃で並べては質問者を煙に巻き、押し通るしかないのだが、幸いなことに「金曜日の挑戦」は「何となく」はじまったのだった。

下記のとおり第1回から出典を並べてみて、村上春樹さんより森見登美彦さんの作品を多く採用していたのは意外だった。村上作品の魅力のひとつは独自的かつ多用される比喩表現であるが、私自身は森見作品に見る比喩のほうが好みなのだろう。このほか、三島由紀夫の作品からは3回しか引用していないことや、直近の<特別編>から早一年が経とうとしていることも意外だったが、何より驚いたのは第26回をすっ飛ばしていることである。誰も気がつかなかったのは誰も困らないからに他ならないが、当方としては気持ちが悪すぎるので、「残り3回」という前言は撤回させていただき、90回分を全うしてから終幕としたい。

01 村上春樹『1Q84 Book1』
02 村田紗耶香「しろいろの街の、その骨の体温の」
03 川端康成『雪国』
04 富岡多恵子「花」
05 沼田真佑「影裏」
06 木崎みつ子「コンジュジ」
07 長嶋有「猛スピードで母は」
08 中村文則「土の中の子供」
09 佐木呉羽『神様とゆびきり』
10 青木淳悟「ふるさと以外のことは知らない」
11 川上未映子『ヘブン』
12 須賀敦子「コルシア書店の仲間たち 銀の夜」
13 山田詠美『風味絶佳』
14 村上龍『イン・ザ・ミソスープ』
15 山田詠美『ぼくは勉強ができない』阿刀田高「靴の行方」
16 奥泉光『死神の棋譜』
17 アガサ・クリスティー『春にして君を離れ』
18 フョードル・ソログープ『小悪魔』
19 村上龍『五分後の世界』
20 カミュ『異邦人』
21 太宰治「走れメロス」
22 村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』
23 京極夏彦『姑獲鳥の夏』
24 三浦しをん『風が強く吹いている』
25 多和田葉子『献灯使』
26 
27 又吉直樹『火花』
28 村田紗耶香『コンビニ人間』
29 星野智幸『呪文』
30 <特別編>
31 絲山秋子『沖で待つ』
32 吉田修一『パーク・ライフ』
33 間埜心響『ザ・レイン・ストーリーズ』
34 いとうせいこう『ノーライフキング』
35 村上春樹「めくらやなぎと眠る女」
36 磯﨑憲一郎『鳥獣戯画』
37 川上未映子『ウィステリアと三人の女たち』
38 村上春樹『1973年のピンボール』
39 万城目学『偉大なる、しゅららぼん』
40 森見登美彦『夜行』
41 森見登美彦『四畳半神話大系』
42 瀬戸内寂聴『花に問え』
43 朝井リョウ『正欲』
44 原田マハ『楽園のカンヴァス』
45 三島由紀夫『金閣寺』
46 ウィリアム・ゴールディング『蠅の王』
47 小坂流加『余命10年』
48 アーネスト・ヘミングウェイ『勝者に報酬はない』
49 三国美千子『いかれころ』
50 村上春樹「双子と沈んだ大陸」
51 川端康成『少年』
52 三島由紀夫「時計」
53 又吉直樹『劇場』
54 朝井リョウ『桐島、部活やめるってよ』
55 エドガー・ヒルゼンラート『ナチと理髪師』
56 エドガー・ヒルゼンラート『ナチと理髪師』
57 小坂流加『生きてさえいれば』
58 奥泉光『ノヴァーリスの引用』
59 佐木呉羽『おもひばや』
60 安部公房『箱男』
61 山田詠美『ぼくは勉強ができない』
62 <特別編>
63 年森瑛『N/A エヌエー』
64 磯﨑憲一郎『往古来今』
65 村上龍『69 sixty nine』
66 阿刀田高「靴の行方」
67 麻野涼『死の刻』
68 フワン・ラモン・サラゴサ『煙草 カリフォルニアウイルス』
69 森見登美彦「魔」
70 磯﨑憲一郎『往古来今』
71 森見登美彦「果実の中の龍」
72 伊藤計劃『ハーモニー』
73 綿矢りさ「亜美ちゃんは美人」
74 深緑野分『ベルリンは晴れているか』
75 西加奈子『漁港の肉子ちゃん』
76 山田風太郎「誰も私を愛さない」
77 三島由紀夫『獣の戯れ』
78 森見登美彦『ペンギン・ハイウェイ』
79 深緑野分『ベルリンは晴れているか』
80 宇佐美りん『かか』
81 森見登美彦『夜行』
82 森見登美彦『新釈 走れメロス』
83 多田尋子「体温」
84 多田尋子「単身者たち」
85 多田尋子「秘密」
86 奥泉光『石の来歴』
87 ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』

「金曜日の挑戦 その十」あたりから今日に至るまでコンスタントに参加してくださったのが、佐木呉羽様新橋典呼様まのしおん様である。「金曜日の挑戦」を最後まで後援していただき、感謝に堪えない。また、常連となってくださった佐嶋様Quouq様なっきーまま様こだま419号様みかな様tomo様や、「その三十三」で企業公式の初参加を飾ってくださったイチイグループ様、名珍回答で大喜利のように盛り上げてくださった福小町醸造元・木村酒造【公式】様にも、心より感謝申し上げたい。

かつて、本企画の主眼を次のように説明していた。

伏字の黒丸を中心として、衛星的に思考の軌跡を描いていただくこと。

挑戦者たちに、引用文のコンテキストや作家の文体を足がかりとして、あれかこれかと思案していただくことが企画の主眼であり、原文と符合するかどうかは二義的なことと考えている。そしてまた、その思案を通して作家の直喩的イメージの豊かさやユニークさ、意外性、工夫などに関心を抱いていただけたなら本望である。

「金曜日の挑戦」について|小説創作で学ぶ文章の技術 (note.com)

あるいは、伏字の黒丸はブラックホールに似ている。銀河の中心には超大質量ブラックホールがあるという。黒丸を中心点として思案してくださったすべての方(参加者に留まらない)が恒星となって形成していたのが「金曜日の挑戦」という銀河であった。淡い光の帯に見えるその天体の集まりは、比喩的に「天の川」と呼ばれる。

この記事を書いている今日は七夕である。子どもの頃に短冊に何を書いたか忘れてしまったし、歳を重ねるごとに願い事は抽象的になっていった気がする。それは、欲深くなったということか、無欲になったということか。願わくば、という表現で今後の展望について語るのはやめようと思う。「何となく」はじまったものは「何となく」終わるのがいい。気持ちいいうたた寝は、目覚まし時計で中断されないものである。

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