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お兄ちゃんのこと。

今日のnoteは、ちょっと長い家族の話。昨年ご心配をおかけした、お兄ちゃんの話です。

***

10ヵ月入院して、無事に退院

遠くに住む兄が倒れてから、一年が経とうとしている。

当初は桐谷部屋化した自宅にぶったまげつつ、保険証を何時間もかけて探したり、役所でのさまざまな手続きに戸惑ったり、家賃や光熱費などを口座振替にしていないがために未納分の支払いや請求書の送り先変更の手続きをしたり。手続きや病院に荷物を届けるために、九州から何度往復しただろう。あれから一年なんて、時の早さを実感している。

兄は昨年の暮れにようやく退院したものの、片麻痺で介助が必要な生活になった。実家には絶対帰りたくないと言い、今までと変わらず遠方で一人暮らしをしている。せめて実家の近くに住まないかと説得を試みたが、無理だった。

シャワーでの入浴やトイレは、リハビリの甲斐あってできるようになったが、一人での外出は難しいのが現状。買い物はヘルパーさんにお願いし、訪問リハビリと訪問クリニックのお世話にもなっている。

久しぶりの自宅で起きたできごと

退院した日、10ヵ月ぶりの外出のせいかお兄ちゃんはぼんやりしていた。姉が「病院からもらった書類で、今のうちに手続きが必要なものはないのか?」と尋ねたが、「うん」と言ったきり。本当に手続きが必要なものはないのだろうか。

私と姉は一週間ほどホテルに滞在して、退院前に住まいの掃除、退院後には役所の諸々の手続きや相談、食事の準備、買い物、洗濯などをして過ごした。お兄ちゃんは、自宅へ帰って来た途端に「前の方がきれいだったと思うけど」と、ブツブツ。お、お前……。寝るスペースつくるのに、どれだけ苦労したと思っとんねん。そう言いたいのを堪えていたら、「業者の人が用事で来たときも、散らかっていて作業ができないなんて言われたことないし」と言いやがるのである。

そ・れ・は! みんな仕事だから、文句言わずに作業してるんだよ! 大荷物のせいで、ベランダに出るだけでもひと苦労なんだよ!!

そうだ、この人は昔から屁理屈を並べるタイプだったと、そのときなんとなく思い出した。

荷物と荷物の間をくぐり抜けて窓を開けたら、網戸が無い。外されてベランダに放り出されていた。ここで驚愕の事実が判明。自力で救急車を呼んだお兄ちゃんはそのまま意識を失くし、救急車が到着した際に玄関は施錠されたまま。そのため、ベランダ側からの救出劇だったらしい。鍵を開けてから意識を失ったのだとばかり思っていた。桐谷部屋の大荷物を飛び越えて助け出してくれたレスキュー隊には、感謝と申し訳なさでいっぱいになった。

それから、退院前に病院から「部屋に用意してくださいね」と言われたにもかかわらず、本人が「脚立があるから必要ない」と頑なに拒否したため用意できなかった椅子について。お兄ちゃんは、帰宅後すぐに「この脚立、お尻が痛くて座れんわー」と言い出した。

当たり前じゃないか。だってそれは椅子ではないのだから。

部屋まで車椅子を押してくれた介護タクシーの運転手さんが、「椅子は無いんですか?」と困惑気味。そしてしつこいけど、片付けたとはいえ桐谷部屋なのである。まさか脚立に座るつもりだとは思っていなかったようで(そりゃそうだよ)、まるで用意しなかった私が悪者のような雰囲気に。そこで「いや、自分がこれでいいと言ったから」とは言わず、「これじゃ座れんわー」と訴えるお兄ちゃん。

お、おのれ……。

「椅子を用意したいんだけど、どんなのがいい?」と何回も聞いたじゃん。そしてそのたびに、君は拒否したじゃん。

私と姉は、すぐ近くのリサイクルショップへ向かったが、あいにく今は椅子がないとのこと。周辺にはホームセンターもなく、結局私がア〇ゾンで購入し、届くまでの数日だけ我慢してもらうことになった。

そんな感じで一週間過ごし、私たちがそろそろ帰ろうかというときに、お兄ちゃんがゴソゴソと書類を出してきた。なぜ帰る間際になって出してくるのか。

ううう。

慌ててまた役所へ行き、金融機関へ走った。もうヘトヘトである。

新幹線の中で受け取ったメール

新幹線に乗り込んでようやく落ち着いたので、「新幹線に乗りました」とメールすると、返事が来た。退院の手続きやら掃除やらのお礼か? 私は善人ではないので、“ありがとう”のひとことぐらい欲しいんだが。しかしそのメールは、想像のずいぶん斜め上を行く内容だった。

「入院する前に換金し忘れていた宝くじ、換金期限が来月なんだわー。どうしよう?」

なんだって!?
なぜ今それを……。なぜ今なのか。

「ちなみにいくら当たってるの?」
「11万円」
私の住むまちなら、バイトで14日働かなければ稼げない金額だ。

「あとひと月で、バスに乗って換金に行けるようになりたいんだけど……」
そういう意味でリハビリを頑張れるなら、まあいいか。(違う!)

実は、お兄ちゃんの趣味は自転車とナンバーズ。それを知ったのは、桐谷部屋に足を踏み入れたときだ。ナンバーズの数字を記録したノートがあって驚いた。考えてみれば、彼は子どもの頃からオセロや将棋、ルービックキューブなど、いくつも先を読む遊びが大得意だった。まさか、あの部屋に当たりくじが潜んでいたとは。

1ヵ月後に電話したら、自宅前までは自力で出られるようになっていたため、タクシーを呼んで換金してきたとのことだった。また、もともと持っている電動自転車に乗れないか試してみたが、乗れなかったとも。入院していた病院のリハビリ室には、自転車があったのだという。目下の目標は三輪電動自転車に乗ることらしい。

「三輪電動自転車、22万するんだわー」(お兄ちゃんのぼやき)

最近は、「もしかしてこの人が頑なに実家暮らしを拒否するのは、母親と暮らしたくないからではなくて、超田舎の実家の近くでナンバーズが買えないからでは?」と思い始めている。お兄ちゃん! ナンバーズはネットでも買えるで!!

「ちゃんとご飯食べてる? 塩分計算しながら食べてる?」と尋ねると、「米とサバ缶と納豆があるから大丈夫」という答えしか返ってこないので不安でたまらない。その一方で、本人が好きなように生きたいなら仕方ないのかなと諦めの気持ちもあって、複雑だ。

共通の会話のない兄妹を救う2時間ドラマ

あまりスムーズな関係とは言えない私とお兄ちゃんだけど、先日電話したら2時間ドラマの話になった。現在ほとんど自宅にいる彼は、平日の昼間に再放送されているのをよく観ている模様。確か、桐谷部屋にも西村京太郎や内田康夫の本が並んでいたっけ。

何を隠そう、私も2時間ドラマ大好き人間。30年ぐらい前に観た「浅見光彦シリーズ  高千穂伝説殺人事件」なんて、出演していた天本英世さんのただならぬ佇まいが頭にこびりついちゃっている。

そんなわけで、お兄ちゃんとドラマ談義になった。

「”おかしな刑事”は面白いよな」
「年末の新作観たよ! ”十津川警部シリーズ”のファイナルも観た!」

他にも『狩矢父娘シリーズ』『タクシードライバーの推理日誌』などなど、30分も語り合ってしまった。

その翌日、『赤い霊柩車シリーズ』がファイナルを迎えるというニュースが飛び込んできた。このタイミングでこのニュースはすごい。

早速メールすると、「橋爪功の"旅行作家茶屋次郎"、中村梅雀の"釣り刑事"も面白いぞ。釣り刑事は、奥さんが益戸育江から原日出子になるんだよね」と返ってきた。

「え、あれって、市毛良枝じゃなかった?」
「原日出子だよ」

いい歳の兄妹で、再び2時間ドラマについて白熱のメール交換。

とりあえず私にできることは、こんなファンキーでマイペースなお兄ちゃんの観察、もとい“見守ること”を、今後も続けること。どうか元気でいてほしい。

おまけの家族の話

昨年の暮れ、とうとう私も流行りの病にかかったことを以前noteにつづった。兄の退院にあわせて県外に出たのは姉も同じなのに、かかったのは私だけ。兄のところから戻り、実家にひと晩泊まって翌日こちらに帰ってきたが、母に感染することはなかった。

先月、姉が職場のクラスターによってついに感染した。報告を受けた私はまず、姉と同居している母も感染しているのではないかという不安に駆られた。しかし検査を受けた結果、陰性。その後、姉は自室にこもって療養し、食事は紙コップと紙皿という生活に突入した。自宅療養が解除になっても、職場でPCR検査を受けると陽性になる日が続き、朝仕事に出かけては2時間後には帰ってくるという日々。結局2週間も仕事を休むことになったそうだ。

兄は退院の3週間前に院内感染し、数ヵ月の間に兄弟姉妹がリレーのように感染したわが家族。ご想像通り(?)母は感染することなくピンピンしている。「わが家で一番長生きするのは母ではないか」という予想が、現実味を帯びてきた。いや、私はまだ生きていたい。

#家族 #兄弟 #赤い霊柩車 #エッセイ #スキしてみて  

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